あんまん
冬の帰り道はとても寒い。
帰宅部の僕はまだギリギリ夕陽が見える時間に帰る。
部活動をしている君を思うと、まだ帰りたくないんだけどなぁ…。
しかし恋人でもなければ友達になったばかりでもない。
異性の幼なじみという中途半端な立ち位置の僕に君を待ち伏せする理由などなくて。
僕は後ろ髪が千切れそうなほど引かれながら学校を出た。
よっちゃんは隣に住んでる双子の妹さん。
昔から家族ぐるみで仲良くて、よっちゃんとも双子のお兄ちゃんともよく遊んだ。
でも中学になってよっちゃんが部活動に忙しいのもあって遊ぶことは徐々に減っていった。
本当はもっと一緒にいたい。
それは一緒に積み木をしていたあの頃とはちょっと違った感覚だ。
出来ることならこの腕に強く抱きしめたいけれど、思春期というやつは厄介で
なかなか僕を大胆にしてくれない。
帰り道には君が喜びそうな事がたくさんある。
道端に君が好きそうな淡いクリーム色の花が咲いてたり、
スーパーの軒先で君の大好きなトマトが安売りしてたり、
コンビニに寄れば君が集めてるあのアニメのフィギュアがあったり。
様々な物が僕に『君を迎えに行く理由』を作ってくれる。
でも勇気のない僕はなかなか踏み出せない。
この間思い切って君の好きなあんまんを持って学校へ戻ってみたけど、
僕の知らない友達と学校から出てきたのを見て慌てて帰ってしまった。
そんな失敗があるから尚更だ。
家に着いた時、あんまんは僕の手の中で待ちくたびれて冷たくなっていたけど、
大好きな君の笑顔を見た僕の頬は熱く火照っていた。
今日もきっと僕は君を迎えに行くことなく家に着いてしまうんだろな…。
徐々に夕陽も顔を隠し、更に寒さが増す。
僕は首をすくめて手をすり合わせた。
手袋をつけてない僕の手は赤くかじかんでいる。
君もあのキレイな手をこんな風に赤くして寒がってるのかな…。
突如自分の手を見ていた僕の前方でガッシャーンと激しくおじさんが自転車で転倒した。
おじさんはすぐに起き上がってたけど、なにやら不満げだ。
「なんだ、凍っちまってるな…。」
おじさんは地面を恨めしげに見て自転車に乗らずに押して行った。
そういえばお昼休みにたくさん雪が降って、運動部の友達が嫌がってたな。
まだ凍ってるんだ…。
ぶつけたお尻をさすりながら歩くおじさんの後ろ姿を見ながらふと思い出した。
「あ…。」
よっちゃん、自転車通学だ。
夕陽は完全に姿を消して辺りは暗い。
このままでは何も知らずに自転車に乗ったよっちゃんが転けてしまうかもしれない。
携帯で時間を確認すると、18時を回ったところ。
よっちゃんの所属する合唱部もちょうど終わったところだ。
時間を確認してそのままよっちゃんのメモリを呼び出す。
まだ1回ぐらいしかかけたことない番号。
一瞬躊躇したけど、思い切って通話ボタンを押した。
携帯を耳に当てる。
熱くなった耳に無機質な携帯がヒンヤリ冷たかった。
コール音より早まる自分の鼓動がうるさい。
3コール目で出なかったら切ろう。
プルルル…
プルルル…
安堵感に似たため息を吐き出す。
が、
プルル「もしもし?れーちゃん?」
よっちゃんだ。
弦楽器のように優しいよっちゃんの声が僕の名前を呼んだ。
最近喋ってないから、随分懐かしかった。
「どうしたの?電話なんて珍しいね。」
よっちゃんが不思議そうに訪ねる。
きっと電話の向こうでは、少し細い目を丸くさせているんだろうなぁ。
「あ、実はさ、帰り道自転車でこけてる人を見て、よっちゃん自転車通学だから…」
言いかけて急に恥ずかしくなった。
いくらおっちょこちょいのよっちゃんだって校舎から出れば気づくだろうし、
そもそもたったそれだけでわざわざ電話するなんて、「あなたが好きです」と
言ってるようなもんじゃないか?!
「…ふふふ」
黙ってしまった僕によっちゃんはおかしそうに笑った。
「れーちゃんてば相変わらず優しいんだね。」
僕の頬がポッと音を立てて赤くなった。
「ありがとう。気をつけて帰るね。」
「う、うん…。」
よっちゃんの笑顔が目に浮かぶ。
元々細い目を更に細める優しい笑顔。
これを逃したら、また見つめるだけの日々になってしまう。
よっちゃんに、会いたい。
「あのさっ」
勢いだけで発した声。
「なぁに?」
柔らかいよっちゃんの声。
なにか、なにか会う理由を見つけなきゃ!
「うー、あのさ…!」
コンビニに入って携帯を耳に当てたままキョロキョロしていた僕に、
良い理由が湯気と共に飛び込んできた。
「よっちゃんあんまん好きでしょ?一緒に食べて帰らない…?」
まるで永遠のような沈黙。
以前渡しそびれたあんまん。
今度こそ、2人で。
「うん。一緒に食べよ。」
「やった!!」
電話から聞こえた声に思わずガッツポーズ。
「え?」
「あ、いやっなんでもないよ…。」
「そぉ…?」
恥ずかしさのあまり語尾とガッツポーズが情けなくすぼんだ。
「もうすぐ着くから、もうちょっと待っててね。」
「うん。」
「じゃあまた後でね。」
「うん。また後で。」
よっちゃんが電話を切ったのを確認して、携帯をポケットに直した。
「また後でね、かぁ…。」
待ち合わせして帰るなんて、思春期真っ盛りの僕にしたらまるで恋人同士みたいだ。
スキップしてしまいそうな足を押さえて、至ってクールな表情でコンビニでよっちゃんを待つ。
あまりにガラスに映った自分を気にし過ぎて、店員さんに変な目で見られた。
間もなくしてよっちゃんがやってきた。
コンビニの前に自転車を止め、マフラーに口元をうずめたまま小走りに店内に入ってきた。
「よっちゃん。」
僕が声をかけると、よっちゃんは細い目を更に細めた。
「待たせてごめんね。」
「ううん。大丈夫だよ。」
僕が言うと安心したように、また目を細めた。
あんまんを買って、僕と自転車とよっちゃんと並んで歩く。
寒い日は好きじゃないけど、できたてのあんまんと、美味しそうにあんまんを
頬張るよっちゃんのおかげで僕は心も体もぽかぽかだ。
「…でも、知らなかったな。」
他愛ない話が途切れた時ふいによっちゃんが呟いた。
「れーちゃんがこんなに好きだったなんて…」
少し伏し目がちなその表情にドキッとする。
各駅停車だった僕の恋がまさかここにきて超特急に?!
「コンビニのあんまん。」
「……へ?」
「だってれーちゃんミルクレープ好きでしょ?だから洋菓子の方が好きだと思ってた!」
「はぁ……。」
あんまんが和菓子なのかそもそもお菓子なのか僕は知らないけど、よっちゃんの
真剣な顔に何も言わないことにした。
まだまだ僕の片思いに終点は遠いみたいだ。
初投稿小説です。
特別な日常ではないけれど、一度は味わったことあるような
甘酸っぱい気持ちを描いてみようと思いました。




