第2話 平和なら大歓迎
「ふわぁ……」
大きなあくび。
ハッ!とした。
魔人襲撃からまだ数日も経っていない。
ポーターが気を抜いてると怒られるな。
……大した問題ではないのだが、パメラ・ピュリファイアと〝知り合い〟になったのは良かったのか悪かったのか悩むところが無いわけではない。
世界は個人とは比較にならないほど広い。
酷い現実てものを何度もなん度も見たさ。
だから、ゲームであり、ヴァンパイアオーバーロードの世界であるからして本編に影響が出るなんて微塵も考えてはいない。
考えてはいないが……〝個人同士〟は別。
パメラ個人にどんな影響を与えたかは心配だ。彼女の前で魔人を爆散させて血塗れな俺が立っている。普通の世界であればトラウマものだ。ケアはした。PTSD対策と同じだ。何が起きたかを時間を置いて冷静に分析させて、どう対応するべきだったか具体的に肩を並べて一緒に考え、同じ事件を共有した仲間意識を持たせて、しっかり睡眠を取れるよう安心させて寝かしつける。
まあ、それだけだな。
パメラは平気だろう。
さすがというべきか。
驚く程に耐性がある。
人間としてどうなのとは思うが……。
あれがヴァンオーのメインキャラか。
精神構造が常人とはまったく違うのかもしれない。人間ではないとは言わないが、巨大で恐ろしい魔人が襲う瞬間、その魔人が吹き飛んで肉片と血の海を撒き散らした瞬間、パメラは冷静だった。
俺は、異常な事態を目撃して、現実性を拒絶したからだと考えていた。何人か、魔人との事件では、ポーターや経験の浅い傭兵がそうなることがあるのだ。殺されかけているのに、子猫にでも話しかけるような現実逃避でもって、死ぬ瞬間を拒絶する、パーになることがある。
パメラ・ピュリファイアは違う。
フラットな精神性というか……。
パメラ・ピュリファイアは、ヴァンパイア・オーバーロードのゲームでは比較的に初期から仲間へ加入して戦闘へ参加していく。
……ゲームの世界の設定をそのまま現実と当て嵌めると酷い目にあうというのは経験済みだが、参考にはなる。
パメラは主人公チームに合流する〝ユニット〟で、中盤以降では苦戦する器用貧乏だが、序盤でチーム編成を満たせないような環境ではその何でも屋気質の能力は不足する回復役、不足する攻撃役、不足する盾役を柔軟にこなしてくれる。少なくとも強いユニットではないが、いると使いようはある能力が、彼女にはある。
ビジュアルは好みだしな。
紺色の髪、インナーに水色が差してあって、パッチリした目はやや赤さの強い赤銅色。闊達で自由気ままな自信に溢れているが、大きなお尻に隙が多い。
パメラの実物を思い出して顔がゆるむ。
本物のパメラ〝も〟美人だったな。何よりも、凄く眩しかった。ぶっちゃけてしまえば、ダークファンタジーでわけもわからず不条理の理で死ぬようなのが俺なわけだが、その点、パメラは太陽のようだ。
お嫁さんに欲しい。
そんなことを思う。
まあ、パメラ・ピュリファイアは主人公と結ばれる、ヒロインの1人なんだがな!……嫉妬で世界を救う勇者の背中を刺しそうだ。考えるのはやめておこう。
さよなら、俺の初恋の人。
俺には俺のやるべき事だ。
──と、割り切っていた。
まったく現実は嫌な部分で残酷だ。
「そこの貴方ー!」
聞いたことのある声に反射していた。
体の筋肉が勝手に引っ張って声のほうへと振り向かせていた。条件反射というやつである。焼いたヤカンに触って考えるよりも速く、指が離れているのと同じだ。
何度も聞いたことのある声だ。
同時に〝初めて聞いた〟声だ。
「ピュリファイアさん?」
「……おぉー、よく名前知ってたね……」
パメラ・ピュリファイアが、インディゴの髪を風に揺らしながら、変わらぬ、自信ある胸を張っていた。
これが主人公のヒロインか……。
「探したよ。門を全部見てきた」
パメラがツカツカ近づいてくる。
「助けられたお礼がようやくできるわ!」
パメラが喋るたびに雪玉とか枕を投げつけられるような圧に押される。根本的に俺とは人種が違うんじゃないか?声は問題を起こす商人のおっさんほど大きくはないが、圧力はあんまり変わらない。
怒ってる?
「お……お礼ですか」
「自己紹介はいらないわね。パメラ・ピュリファイアよ。貴方、ポーターのトラビス・コンクラードね!」
「あッ、はい」
「そういえば」
ピュリファイアさんは世間話を始める気軽さで進める。
「なんで私の名前を知ってるのかな?」
純粋な興味。
子犬の目線。
そして鋭利な刃物のような値踏み。
なるほど、これがピュリファイア。
「ピュリファイア家といえば有名ですので。私はこれでもポーターとして仕事をしています。有名人の顔くらい覚えていないと痛い目にあいますから必死で覚えているんですよ」
嘘ではないが〝大嘘〟がペラペラでた。
ピュリファイア家は貴族は貴族なのだ。貴族と平民には身分の違いがあり、身分の違いとは、会社の役職の上下以上に厳しいものなのだ。〝青い血〟とはよくいったもので貴族と平民では人種が違う……というのが一般常識だ。
「私は仕事上立っていますがピュリファイア家の令嬢まで同じように立たせて話を続けるわけにはいきません。どうぞお腰掛けください。頭の高さはご容赦を」
折り畳み椅子を出す。
暇な子供が来るのだ。
見学の子供がポーターに憧れてくれれば、俺の仕事が楽になるということで一席を作っているのだが、いまのところ勧誘に成功したら人数はゼロだ。
「ご好意に感謝を」
ピュリファイアさんはカーテシーで挨拶すると、椅子にちょこんと腰掛けた。
門前の詰所で、ピュリファイアさんが腰掛けているというのもなんだか変な光景だな。
「コンクラードを見つけるのは苦労した」
「苦労したって、探しておられたので?」
「命の恩人だから」
「まあそうですか」
俺は自分の声が貴族らしくない、青くない、無関心な色だったことにギョッと驚いた。不遜と捉えられても仕方がない言い方だったからだ。幸い、ピュリファイアさんは気にしていないが、油断していたな。
「魔人を倒してくれたお陰で生き延びた」
「偶然ですよ。魔人との戦いで私は仲間を失いました。あの夜だけ会った夜警の人達もです。運が良かったのです」
「それは……」
ポーター仲間も夜警も死んだ。
死んでいるという話題に、ピュリファイアさんは言葉を詰まらせる。根本的に優しいし人なのだろう。
好印象だ。
俺は……感じなくなってしまった。
「お気の毒でした」
「気にしないでください」
「あの……」
ピュリファイアさんはまるで勇気を振り絞りながら話す。
「……コンクラード、さんは魔人との戦いに経験があるのですか?」
「コンクラードと呼び捨てでかまいませんよ。敬語も不要です」
と、俺は断りを入れながら話を続ける。
「えぇ、何度か魔人の侵入はありましたので。ポーターの数は少ないんです。ですから市民から募った夜警隊から急遽編成して、比較的訓練を受けているポーターを軍曹として魔人討伐になるんですよ。軍曹としては3、40回程、魔人と戦いました」
「そんなに……」
ピュリファイアさんが驚きの顔をする。
まあ場数は踏んでる。死ななかったな。
「騎士でもそこまで戦えた人間は少ない。もしかしてコンクラードは〝元勇者〟か何か?」
ピュリファイアさんのおかしな疑問に、俺は吹き出してしまった。未来の勇者の仲間に「お前は勇者なのか?」なんて訊かれる日がくるなんて想像もしていなかった。
地獄に行った時の手土産にしよう。
「私は領主様ではなく、評議会の予算で雇われている人間ですよ。ほぼ傭兵みたいなものです」
「だったらお行儀の良い傭兵だね。凄い好感がもてるよ。傭兵てみんな乱暴だから」
「まあ否定は難しいですね」
傭兵てのは戦場で役に立つのかは五分、自前で武装した集団だから平時は野盗だし、通行料をがめるほぼ犯罪者が傭兵なのは……まあ事実だ。
とはいえ俺も同じ穴のむじな。
評議会の金で雇われた兵隊だ。
「何にせよ勇者から遠いですね」
顔見知りの商人が町を出ようとしている。
顔を確認して記録しつつ、荷を検分する。
商人も慣れたもので手早く見せてくれる。
「道中気をつけてくださいね。あぁ、そうだ、安全祈願に」と、俺は商人に、差し入れで貰っていた干し菓子を渡して見送る。
「私の仕事は〝これ〟ですから」
「もったいない。魔人を倒せる実力があるのに門番なんてことに使うなんて。勇者の力になって協力するのが一番良いよ」
俺は苦笑していた。
たぶん悪気はない。
ピュリファイアさんは本気で、実力のある人間は、魔人討伐に出ることが、とても素晴らしいことだと考えておるのだろう。
凡人だとか天才だとかじゃない。
できることだが、やりたくない。
そういう人間の意思てやつもある。
魔人を倒す力があるだけでは、勇者にはなれないもんだ。ピュリファイアさんは俺の実力を買っているが──俺は、魔人が怖いよ。恐ろしいと思ってる。
「そうだ!コンクラードにお礼を伝えに来たのに、まだ言ってない!」
「お気持ちだけで十分ですよ」
「私の気が済まないんだよ!」
ピュリファイアさんは元気だなぁ。
ヴァンオーとはまた違った印象だ。
これは、何かお礼をしないと終わらないぞ。押しが強いピュリファイアさんなこって。俺自身があんまり押して行くタイプじゃないから、嫌いじゃないけど。
子犬とかと似ているんだよな。
アレはうるさくてやんちゃだ。
「コンクラード!私にして欲しい事は!?」
子犬だったら可愛い子だよな。
ふにゃと笑ってくれたら尚丸。
腹を見せろーて転がして……。
そういやうちじゃ〝ちんちん〟じゃなくて〝パンツ〟て言って芸をさせてたな。なんでパンツなのかは知らんが。
「……パンツ」
「え………?」
いかん、あまりにも懐かしすぎてた。
思わず犬に言うように「パンツ」と!
ピュリファイアさんの目は、可愛いからと何度も何度もオヤツをあげるフリをしてお預けをくらわされている、半分キレている狼犬のようだった。




