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“It's OK.”が重ならない

作者: 各務 史
掲載日:2026/05/04

 ママが嫌いなわけじゃない。けど、カッコ良くないんだもんうちのママ。

だから、授業参観にも来て欲しくないんだよね。

ななみちゃんのママは、いつもスーツがビシッと決まってる。

うちのパパみたいに会社でお仕事してるんだって。

お化粧もバシッと決まってて、とってもカッコイイ。

ひまりちゃんのママは、保育士さんだから、先生だよね。いいな、カッコイイな。

もえちゃんちはレストランで、パパもママもお料理を作ってるんだって。

もえちゃんのママは、スイーツを作る人なんだよってもえちゃんが教えてくれた。

どのママもお仕事頑張っててカッコイイ。なのに、うちのママはずっとおうちにいる。

お仕事しないで、ただお掃除したり、洗濯したり、お買い物行ってご飯作ったりするだけ。

その上、ちょっと太めで、動き方もシャキシャキしてない。

今もほら

「ちさちゃん待って~。そんなに走んないで~。まだバスに間に合うよ~。」

ぽてぽて走ってくる。言葉も間延びしててカッコ悪い。

「ママッ、そんなおっきな声で呼ばないでっ。ちょっと先にバスターミナルに来ただけじゃん。」

私はプリプリしながら言う。

「え、あ、声大きかったかな?ごめんごめん。でも、先にどんどん行っちゃうから。」

ふわふわした笑顔でママが言う。ああ嫌だ。このどんくさい感じが嫌なんだよな。

優しいママだし好きなんだけど、ただ、お友だちに私のママだよって言うのが

ちょっとだけ、恥ずかしいだけ。


 走って汗をかいたのかママがバッグからハンカチと取り出そうとしたそのとき

ママのスマホが鳴った。ママは「?」の顔をしながら、画面をシュッとスワイプした。

ママの目が大きく見開かれた。すっと背筋が伸びて、さっきまでのふわふわした感じが消えた。

「I'm afraid you have the wrong number. 」

え?ママ?

「No, this is not the number. There’s no one here by that name. 」

多分だけど、発音きれい。日本語喋ってるときのおとなしい感じとは

違うはっきりした声。芯のあるきりっとした喋り方。

「It's OK. No problem. 」

タップして電話を切ると、ママはまた元のふにゃっとした顔になって

「あ~、ビックリした。久々だったから、驚いちゃったね~。」

とさほど驚いた様子もなく言った。

「ママって…英語しゃべれるの?」

今見て分かっているのに、そんな言葉が出た。

「え?ああ、昔お仕事で使ってたから。」

何でもないことのようにママが言う。

お仕事で使ってた?英語を?このぽてぽてしたママが?嘘でしょ!?

「あ、バス来たね。」

今度こそ取り出したハンカチで顔を押さえながらママがバスのステップに立った。

私はその後についてバスに乗り込んだ。

「汗かいたね~。帰ったらシャワー浴びようね~。」

いつもののんびりした調子でママが言う。

さっきの「It's OK. No problem. 」と全然重ならないまま。




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