0.3°cのサバイバー(正月が消えた国の冷凍王舎城)…世界が静かに崩れる前夜
✦0.3℃のサバイバー:正月が消えた国の冷凍王舎城
― 世界が静かに壊れる前夜 ―
………
世界は、ある日突然壊れたりしない。
壊れる前に、必ず「まさか」がある。
阿闍世は、
その「まさか」で覚醒した。
………
★目次
■1. 引きこもりの25年
■2. まさかの67歳相談役
■3. 4億人が目を覚ました日
■4. 日本が買い負けする理由
■5. 2026年 正月が消えた
■6. 冷凍が優秀すぎた国
■7. 冷凍倉庫という現実
■8. 0.3℃を守る仕事
■9. 上り坂・下り坂・まさか
■10. 2年後の阿闍世/2年後の日本
■11. サバイバーの正体(冷凍王舎城)
あとがき
………
★1. 引きこもりの25年
阿闍世(38歳)は25年間、
人生が止まっていた。
働いていなかったわけではない。
ただ、生きている実感がなかった。
ただいま求職活動中…。
昨日まで引きこもりだった。
彼が、希望通り就職できたとしても――
月給は最高で30万。
手取りは23万。
家賃8万、光熱費2万、通信費1万、
保険と年金で4万。
残るのは8万。
食品・雑費を引けば、
ほとんどお金は残らない。
それで「普通に生きろ」と言われても、
何をどう普通にすればいいのか
分からなかった。
前の職場は食品の品質管理だった。
数字を見る仕事。温度、湿度、時間。
その仕事だけは嫌いじゃなかった。
だけど、ブラック企業ゆえ心が折れた。
「どうせ、俺なんか…」
彼の夢は、5時になれば帰る。
残業はしない。
「人生を楽しみたい」
責任を背負うのが怖かった。
だから、力んでも、なぜか力が入らない。
病気ではない。
だけど心の奥で、
「このまま終わる」という恐怖だけが
膨らんでいた。
失われた25年。
「こんなに苦しんでるのは
父さんのせいだ」
★2. まさかの67歳相談役
その男は67歳。
元商社の営業統括の取締役。
今は、地方の冷凍食品倉庫会社の相談役。
彼の人生は、上り坂、下り坂、
そして「まさか」。
原油ショック。
アジア通貨危機。
リーマンショック…。
すべてを現場で見続けた。
彼には、お金も名誉も、もう必要なかった。
「転んでいる人のそばには
神さまがいる?」
「本当だろうか?」
欲しいのはただ一つ。
その疑問を確かめたい。
困っている人のそばに、
ただ寄り添いたかったのだ。
「君は、数字を見る目がある。
それは天声だよ」
初めて会った日、そう言った。
「人生はな、
上り坂、下り坂、まさか、
この3つなんだよ。」
「多くの人は上り坂と下り坂しか見ない。
でもね、いいかい?
君が本当に学ばなくちゃいけないのは
3つ目の坂――“まさか”を生きること…」
彼は言った。
「人は上り坂で学ばない。
下り坂で慌て、
まさかで全てを失う」
阿闍世は黙って聞いていた。
「このじいさん、何言ってんだろう?
全く意味がわからん…」
★3. 4億人が目を覚ました日
相談役は紙に数字を書いて、真剣に阿闍世に訴える。
インド14億人。
中国14億人。
東南アジア7億人。
そのうちの10%。
約4億人が、これから豊かになるという。
「この貧しい人たちが、
いよいよ肉とコーヒーとビールを
飲み始めたわけ…」
「君がどうでもいいと思ってる
当たり前の日常、
彼らにとっては天国。
だから君と同じことがしたいだけ…」
「彼らはこれから豊かになる。
今まで食べたこともない、
うまいものに舌鼓を打つ…」
「だけど残念なことに、
君の給料は上がらない。
彼らがその代役として活躍するから…」
「だからこそ逆転の発想。
食品冷蔵庫の管理――やってみないかい?」
彼は自信満々に語る。
「みんな知らないんだよね…
牛肉1kgを作るのに、
飼料がなんと10kgも必要。
豚肉1kgで3kg。鶏肉1kgで2kg。
家畜の胃袋はすごいだろ?」
「4億人が毎日100gの肉を食べる。
それだけで、
地球から穀物4億kgが消える。」
そして淡々と、怖いことを言った。
「彼らが欲しがってるものを
冷凍倉庫に在庫として寝かせておく。
これが当たり前になる…」
「この“まさか”に賭けてみないか?」
阿闍世は疑う。
「そんな話、怪しいよね。
食糧危機なんて日本には関係ねえ…」
★4. 日本が買い負けする理由
ところで、円は確実に安くなっている。
1ドル150円突破。
ドルだけじゃない。全ての通貨に対してだ。
輸入業者にはすべてが不利。
日本の消費者は言う。
「肉はまだある」
「魚もある」
「スーパーの棚にはたくさんある」
「何と言っても新鮮だしね」
だけど、それは冷凍のマジックなのだ。
半年、1年前の肉。
2年前に獲れた魚。
冷凍温度:-60℃。
解凍後も赤く見せる技術。
日本の冷凍技術は世界一。
相談役の目が鋭くなる。
「前の仕事は食品の品質管理だったんだよね、
阿闍世くん…」
「日本の食料品の等級は
着実に下がってきている。
食料に等級があること、
君ならわかるよね。」
例えば、日本が買い付ける肉は、
最高級のA5ではない。A4でもない。A3?
最近の等級はおそらくA2…だろう?
だけど見た目は赤い。
味も悪くない。
だけどそれは、技術の勝利であって、
国力の証明ではない。
しかも、最先端の技術で、
日本人の舌は劣化してる?
「嘘だと思うなら、
自分の舌で確かめてごらん」
「日本人にとって、
まさかの味がするよ(笑)」
★5. 2026年 正月が消えた
「まさか」は、ニュースじゃなく、
正月に来た。
2026年の正月前。
世界は“儲け主義”で一つの方向に吸い込まれた。
アメリカのデータセンター建設ラッシュ。
ありとあらゆる電子部品がアメリカに向かう。
半導体不足。
電子部品不足。
それが“表面化”した瞬間、連鎖が始まった。
便利な商品の部品がない。
壊れた家電が修理できない。
部品待ちが
3週間、6週間、3か月――当たり前になる。
物流が滞る。
電力・ガス・水道が止まる。
「止まる」理由はいつも曖昧で、
人々は“原因不明”という言葉に慣れていく。
そして本格的なインフレが始まる。
正月に向けて、
いろんな「…離れ」が一気に表に出た。
おせち離れ。
餅離れ。
お酒離れ。
お年玉離れ。
嫌いになったんじゃない。
高すぎて手が出せないだけだ。
おせち料理――予約が全く入らない。
大量の餅。かまぼこ。お屠蘇。
余り始める。
「エビを1万匹仕入れても売れない」
そんな業者が出る。
ステンレスだらけの業務用冷蔵庫に、
エビが詰め込まれる。
冷蔵庫の中身はおせち材料だらけ。
他の食材が入らない。
弁当も仕出しも回らない。
忙しいのに儲からない。
そして倒産。
買い負けは商社だけじゃない。
一般の消費者も買い負ける。
スーパーの棚は“あるように見えて”、
実は“買えるもの”が減る。
極めつけは住宅だった。
見積もり3000万の家が、6000万になる。
建材高騰でトラブル。工務店と揉める。
家が建たない。
年を越せない。
未完成の家が、街に立ち並ぶ。
円安。
金利上昇。
住宅ローン返済不可。
物価高騰。
そして、世界と大きく違うのは
――給料が上がらないこと。
世界は2桁の賃上げ。
日本はスズメの涙の数%。
アメリカでは、
生活保護世帯年収が400万円と言われている。
だが阿闍世の未来は、
年収360万円のまま動かない。
その夜、相談役が言った。
「ほら、正月が消えただろ。
これが“まさか”の入口だ。」
阿闍世は笑えなかった。
笑ったら、壊れる気がした。
★6. 冷凍が優秀すぎた国
続いて魚の話になる。
マグロは船上で瞬間冷凍。-60℃。
解凍すれば刺身になる。
世界一の技術のせいで、
日本人はこう思ってしまう。
「この寿司屋のネタは最高。
食糧危機なんて大嘘さ。
めちゃくちゃうまい…」
その上り坂体験こそが実に厄介だ。
寿司屋の魚も、
実は冷凍されたまま店に入ってくる。
相談役は言う。
「技術が優秀すぎるとね、
人は“危機”より先に
“錯覚”を買うんだよ。」
阿闍世は、前職で食品の品質管理をやっていた。
だから、ちょっとだけ腹落ちした。
「もう一度、人生やり直してみるか…」
★7. 冷凍倉庫という現実
阿闍世はポリテクセンターでCAD/CAMを学び始めた。
図面。
設備。
配管。
冷媒。
「冷凍食品倉庫。
そこで働いてみようかな?」
冷凍倉庫は、ただの箱じゃない。
温度を0.3℃単位で制御する。
電力を止めれば、全損。
倉庫稼働率は80%。85%。90%。
上がっていく数字は、現実の圧力そのものだ。
67歳の相談役は嬉しそうに寄り添う。
「冷凍食品倉庫が満杯になる時、
それは世界が壊れ始める時…
それが“まさか”だ」
「デフレ生活に慣れた日本人は在庫を嫌がる。
維持費が大変だって。だけどね…」
「4億人のインフレがやってくるなら、
在庫を抱えるコストは値上げに転嫁できる。
全く問題ない」
「しかも、
それを見越して在庫を預ける人が増える…」
「お客様の数と量がめちゃくちゃ増える。
冷凍食品会社は大儲け。
君の給与は減ることはない」
「君の人生、もう振り返る必要はない。
前を向いて歩くだけ。
わかるよね、この理屈?」
阿闍世は静かに頷いた。
★8. 0.3℃を守る仕事
「0.3℃!」
それは誤差じゃない。
その差で肉は腐る。魚は臭う。
何十億円が消える。
阿闍世は気づいた。
ここには逃げ場がない。
だから逆に、ここに残れば生き残れる。
相談役が言う。
「ただの倉庫の会社ではダメだ。
冷凍食品を扱える倉庫が日本に不足するだろう。」
「日本の時間軸をずらす冷凍倉庫。
時間を稼ぐ会社。
これは国策として国も支援してくれるはず…?」
阿闍世は決めた。
コスパ重視、定時至上、責任回避。
それだけでは生き残れない。
彼はポリテクセンターに残り、
宿題を家に持ち帰り、
0.1℃単位で改善する技術を習得することにした。
「なんか、ちょっとだけ…
嬉しいよ」
★9. 上り坂・下り坂・まさか
2026年。
阿闍世は冷凍食品会社に就職した。
倉庫稼働率98%。
相談役の読み通り、
どこも受け入れを強化し始めた。
円安:1USD=160円台。
小麦価格:5年で約2倍。
牛肉輸入価格:3年で約1.8倍。
表面上、スーパーの棚は埋まっている。
しかし、中身は変わっていた。
等級は下がり、加工は増え、
味は「慣れ」で誤魔化されていた。
しかし、阿闍世にとって
これは“まさか”じゃない。
“まさか”は、ここからだ。
世界は、2027年に向けてAIだらけになる。
全てがAIだらけになって、
仕事が来なくなる。
AIが代わりにやってしまう。
2026年はその入れ替わりの年。
「来年のおせちはロボットが作る」
だし巻き卵を作る動画を一度見せれば、
ロボットは学習して“いつでも”作れる。
パートタイムの職が消える。
単純作業が奪われる。
人べらしが本格化する。
そんな時代に、冷凍倉庫の役員はこう言う。
「なるべく安値で。
無理をして倉庫をいっぱいに。」
だけど阿闍世は反対した。
現場で、阿闍世は冷凍技術の真実を知った。
-18℃:家庭用
-40℃:業務用
-60℃:超低温
色々あるけど、本当の勝負は――
**解凍後の0.3℃**だった。
0.3℃を外すと細胞が壊れ、価値が落ちる。
彼はここに自分の居場所を見た。
「0.3℃を守れない量は断るべきです。」
「温度を守る会社こそが
消費者に信頼され、そして生き残ります。」
就職して初めて、彼の判断が採用された。
その瞬間、阿闍世は理解した。
“儲け主義”の世界は残酷だ。
でも残酷だからこそ、
ルールを握った者が生き残る。
0.3℃――それは、ルールの芯だった。
★10. 2年後の阿闍世/2年後の日本
2027年。
阿闍世は現場責任者になっていた。
月給は40万。
手取りは30万。
だけどそれ以上に、
自分の判断が日本社会を止めなかった
という事実があった。
冷凍倉庫は「ただの箱」ではない。
電力。
水。
温度制御。
物流。
すべてが止まれば、
都市は48時間で機能不全に陥る。
冷凍倉庫は見えない国家インフラになった。
――しかし、日本はさらに“まさか”を引く。
フランスで起きたDDoS攻撃。
郵便局が狙われ、QRコードが読めない。
配送が止まり、人々が現金に戻り、
それでも追いつかない。
その“手口”が、ついに日本をターゲットにした。
日本の郵便局。
ヤマト運輸。
運送会社。
そこへ攻撃が始まる。
物流が止まる。
冷凍倉庫の中には、
人々が“めちゃくちゃ欲しがってる食材”が
詰め込まれているのに、
運べない。
欲しいものがあるのに、届かない。
届かないのに、倉庫は満杯。
満杯なのに、街は空腹。
肉は高い。
魚は少ない。
小麦は不足。
酒は抽選。
正月は、もう正月じゃない。
“正月の儀式”が高すぎて、できない。
消費難民が街に溢れる。
「日本が食料危機になるなんて」
しかし、
阿闍世はもう逃げなかった。
毎日同じ温度で。
ただそれだけの毎日だった。
しかし、それができる職人は、
この国では減っていた。
そして阿闍世は、ふと気づく。
冷凍倉庫の中身は、宝物のように高いまま、
人が食べることもなく、永遠に眠っていく。
ここは
――現代版の王舎城だ。
冷蔵庫の王城だ。
阿闍世は、現代版王舎城の冷蔵庫で、
宝物をただ一人管理している。
食品冷凍職人の達人として。
しかしながら給料は、
アメリカで言うところの生活保護者、
年収400万円を上回ることがない。
それでも彼は、温度を守る。
なぜなら温度が壊れた瞬間、
この国の“最後の食べ物”が腐るからだ。
★11. サバイバーの正体(冷凍王舎城)
さて、67歳の相談役は、
実は静かに冷凍食品倉庫の株を買っていた。
阿闍世が再就職した時のお祝いに。
そして誰にも言わずに…
「儲けたいからじゃない。
生き残る会社を、
日本の将来を信じたんだ」
「阿闍世のそばにいる神さまに
寄り添っただけだよ」
阿闍世は知った。
世界は拝金主義で動く。
だからこそ
“まさか”を準備した者だけが生き残る。
でも、笑いが込み上げてくる。
「結局、あのじいさんも
儲け話に乗ってるだけなんよな」
相談役は遠くで笑う。
「いつの時代も…
猿でも反省するのに
人間は“まさか”を反省しない(笑)」
冷凍倉庫は止まらなかった。
止められない。止めたら終わる。
電力が揺れても。
物流が詰まっても。
攻撃でシステムが濁っても。
阿闍世は、0.3℃を守る。
そして、倉庫の奥で眠る“宝物”を見て思う。
この世界は、儲け主義で回る。
だからチャンスがある。
そしてチャンスの形は、
いつも“正月が消える音”でやって来る。
★あとがき
もし今、あなたが未来に不安なら
…それは正しい。
順風満帆ほど暗礁は近い。
世界は戦争前夜だ。
だけど、その前夜に動いた者だけが
朝を迎えられる。
0.3℃を守れる職人は、
どんな時代でも必要とされる。
拝金主義の時代であっても。
阿闍世の物語は、特別な才能の話じゃない。
転ばぬ先の杖と日本の先人は語る。
日本の若者は、今の話なら一瞬でわかるが、
先のことはさっぱりわからない…。
だから、冷静になって数字を見ること。
それは真実を見ることなのだ。
そして逃げないこと。
それは真実を見守ることに他ならない。
実りの多い年ほど、なぜか鳥が集まる。
ただそれだけの、不思議な話である。




