夫が亡くなって路頭に迷ったので娘を玉の輿に乗せようとしたら、伯爵家の末息子が求婚してきて大成功⋯⋯と思ったら、違うのですか? え? お求めになりたいのは、わ・た・し?
「お母さま、今日のスープ、少ししょっぱいですわ」
「あら、ごめんなさいね。涙が入ったのかもしれませんわ」
……というのは冗談である。
けれど、しょっぱくなるほど涙を流したのも本当なのだ。
なにしろ、昨日、我が家は破産した。
夫が亡くなって一年。
頼みの綱の投資が見事に外れ、残ったのは古い屋敷と三人の娘。
上から十八歳のセシリア、十七歳のルチア、そして五歳のミミ。
働いたことのない公爵夫人がどうやって暮らせというのだろう。
「そうだわ、娘を玉の輿に乗せればいいのよ!」
夜中にベッドで閃いた私は、勢いよく跳ね起きた。
長女と次女は美人、末娘は天使のよう。
どの娘だって王子様を射止めてもおかしくない。
だったら、婚活戦略を立てるしかない。
翌週、ない袖を振りまくって金を用意しドレスを整え、私と娘たちは社交界の舞踏会に久々に顔を出した。
狙うは伯爵家、侯爵家、できれば公爵家の独身男子。
髪をきっちり結い上げ、胸元にパールを飾り、上の二人の娘を両脇に侍らせて入場する。
「まあ、公爵夫人! お久しぶりですわねぇ」
「おほほ、夫を亡くしてから引きこもっておりましたの。でも娘たちも成長しましたし、そろそろ良縁をと思いまして」
笑顔の裏で必死に計算する。
あちらは侯爵家の次男、あれは遊び人で駄目。
向こうの若い子は……うん、見た目はいいけど家が傾いてる、却下!!
——そんな中、ひときわ目を引く少年がいた。
整った顔立ちに、深い紺色の瞳。
まだあどけなさを残しているが、育ちの良さが一目で分かる。
彼の名はエリアス・グランチェスター。
伯爵家の末息子で十六歳らしい。
⋯⋯十六歳!?
さすがに若すぎるのでは?
と思ったが、彼の方から声をかけてきた。
「初めまして、公爵夫人。以前、お父上とお会いしたことがありました。とても……素敵なご家族ですね、羨ましいです。僕は父母と兄たちを早くに亡くしたので」
まっすぐな瞳が切なげに瞬きをする。
私は胸がキュ〜ンと苦しくなった。
⋯⋯なんて礼儀正しくていい子なのかしら。うちの婿に欲しいわ!
彼は娘たちとダンスを踊ってくれた(なぜか私とも踊ってくれた⋯⋯)
それから数日後。
パートタイムで数時間だけ雇っている(見得のためだ)使用人が慌てた声で駆け込んできた。
「奥様、大変です! グランチェスター家の使者が、正式に“求婚の申し込み”にいらっしゃいました!」
「まあっ、セシリアに!? それともルチア?」
「⋯⋯いえ、“公爵夫人殿”に、とのことです」
「⋯⋯は?」
私は笑顔のまま凍りついた。
「ちょ、ちょっと待って。娘ではなくて、わ・た・し⋯⋯?」
「はい。エリアス様は、“夫人こそが理想の女性”と」
末っ子で五歳のミミが、お人形遊びの手を止めて不思議そうに私を見上げる。
「おかあさま、結婚するの?」
「し、しないわよ!? たぶん⋯⋯」
数日後、なんと本人が訪ねてきた。
若い——いや、少年と言っていい年齢だ。
それでも彼は、精一杯背筋をぴんと伸ばしてはっきりと言った。
「公爵夫人。僕は、本気です」
「わ、⋯⋯わたしは娘たちを養わねばなりませんの。あなたのような若い方が、こんな老いぼれに」
「僕に必要なのは、家を守り、子を育てる女性です。あなたはとても気高く生きていらっしゃった。僕の理想です!」
その瞳に宿る真剣さに、私は言葉を失った。
この胸の鼓動はなんだろう⋯⋯。
翌朝、鏡の前で髪を整えながら、私は小さく呟いた。
「まったく、⋯⋯人生、何が起こるか分からないわね」
そして数ヶ月後——。
私は純白のドレス(2度目だ)を身にまとい、祭壇の前で神に永遠の愛を誓った。
隣には、あどけない笑みを浮かべた十六歳の夫——エリアス。
まるで親子にしか見えない年の差婚に、参列者のざわめきが止まらない。
でもこれでいい。
何よりも娘たちも幸せそうに拍手しているし。
これで路頭に迷う心配はなくなったのだから。
そして夜。
いわゆる——初夜、である。
もちろん私は処女ではない。
けれどこれはこれでものすごーく緊張するではないか⋯⋯。
「たぶん彼は初めてなんだから、私がしっかりリードしなくては」
覚悟を決めて天蓋付きの巨大なベッドによじ登ると⋯⋯、
「これで僕たちは家族ですね」
エリアスはにっこり笑い、そして——。
「え?」
すやすやと眠ってしまった。
手にはなんとテディベアを握っている⋯⋯!
「もう寝たの? もしかして、これって⋯⋯?」
そう——。
もしかしてもなにも、これってつまり、エリアスが欲しかったのは『家族』だったのだ⋯⋯。
「⋯⋯そういうことね」
なんだか妙に納得して、私はそっと彼に毛布をかけてやった。
こうして我が家は5人家族になった。
母の私と、3人の娘、そして夫という名前の息子⋯⋯。
でもまあ、いいじゃない?
大きくて美しい屋敷で、とっても賑やかで、みんなが笑いあう温かい暮らし⋯⋯素敵じゃない?
「さあ、朝ですよ。みんなちゃんと朝ごはんを食べて! ほら、ミミ、ニンジンを残さないの! エリオット様、ミルクも飲みましょうね」
さてママ……じゃなくて妻として、今日も張りきって生きていきましょう!
終わり




