相席にて
これは昔の話なんですがね――。
わたくし、実はそれなりに優秀な人間だったのですよ。
何をしていたかって?
細胞生物学者ってやつです。
ほら、結構前だけど話題になりましたなんちゃら細胞……そういうのを研究していたわけですわな。
研究が成功すりゃ、多くの人を救えた可能性もあったわけです。
いえ、むしろそのために研究していたんですよ。
日夜寝る間も惜しんで。
友達も恋人も作らずに。
何度も何度も実験しましたよ。
僅かな違いを求めてね。
どんな些細な物から世界が変わるかなんて分からないから。
ですが、結局何にも見つけられませんでした。
わたくしは朝も暗い内から起き出して、夜も明るくなってから寝るような生活を何年も続けました。
丁寧に。
とっても丁寧にね。
――ですが、何にも見つけられませんでした。
あぁ、さっき言いましたかね。
で。
ある日、私の同僚が『それ』を発見しました。
そいつはね。
適当な人間だったんです。
昔から適当な人間だったんですよ。
女のくせにね。
いや、今の時代に『女のくせに』は多少危ないか……。
あぁ、嫉妬じゃありませんよ。
本当に適当でした。
陰で努力していたとかもなくってね。
そもそも基本も出来ていないんです。
知識がそもそも怪しいですし、動きだっておぼつかない。
使った道具は丁寧に片づけないし、保管もしっかりしない。
そんな奴が発見しちゃったんですよ。
悔しかったですよ。
え?
気持ちは分かるけどそれは嫉妬じゃないかって?
……違うんですよ。
嫉妬なんかしていません。
わたくしはほんっとうに悔しいんですよ。
そいつが『それ』を見つけることが出来たのは偶然なんかじゃなかった。
わたくし達が求め続けていた物の発見に最も必要なものがあったんです。
何かって?
…。
……。
………。
汚れです。
汚れなんです。
詳しい成分こそ言えませんがね。
要はそいつが適当に扱っていた道具に付着していた『汚れ』に必要な物があったんですよ。
笑っちゃいますよね。
――本当に。
愚痴を聞いてくれてありがとうございました。
わたくしはそろそろ帰ります。
しばらく家を空けていたもんだから家の中が心配なんです。
妻は片づけが下手ですからね。




