第61話 INVASION⑧
『まさか俺が踊らされていたとはなあ』
夜の学校の教室。
その1つに俺たちは集まっていた。教室の隅にはジェスがいる。まだ目が覚めていないのか分からないが動く気配はない。動いたところで志野野辺がいるため能力は発動できないのだが。
そして今、俺たちに降りかかる悲劇。
それは今トランシーバーで聞こえてくるガノンの声からも溢れていた。
『道理でいじりやすいわけだ』
俺たちは踊らされていた。
正の力を噴き出し続ける正義ロボ。唯一その正義ロボに対してできるあがきが力の転化だった。排出するものを正の力から負の力にすることによって今まで排出していた分を相殺する。
しかし綺麗に相殺できる量を調節しなければ失敗する賭けのようなものだった。
「それが・・・全てジェスの思い通りだったということか」
正義ロボは勝手に力の転化を行い、このままでは空気中に排出された正の力より多くの負の力が排出され、世の中はどんなことが起こっても不幸だと感じる世の中になってしまう。
「ジェスはあえて負の力に転化しやすいような構造で正義ロボを作り、こちらの時間をその修理のために消費させ、直前で勝手に転化させる・・・してやられたな」
錬金術師は冷静にそう言った。
今から負の力を正の力に転化させる手段を探す時間はない。ガノンは今も作業をしてくれているらしいがどう計算しても間に合わないのだそうだ。
そして俺たちに出来ることはない。
「・・・・・」
俺は思わず歯がみした。
そう、最後の手段。俺が世界の狭間にいき、永遠に負の力を放出して相殺させるという手段がこれでは使えない。相殺するには正の力を使わなければならないのだ。
そのことに気付いたのか、真苗が小さく呟いた。
「私が世界の狭間に行けば・・・」
「それは駄目だ!」
かぶせるように俺が叫んだ。
それに対応するかのように錬金術師や死霊使い、志野野辺が頷く。ちなみに委員長と梨菜は病院へと移動しているはずだ。梨菜の怪我は完全におっさんに任せっぱなしだったが一命をとりとめたらしい。
「真苗未央、君が犠牲になる必要はない。そもそも君は僕たちに巻き込まれたんだ。君がさらに自分を犠牲にするというのはあまりにも酷だと思うけど」
「それにだ」
死霊使いの言葉を受けるように錬金術師が言う。
「俺は少年にその手段を禁じていた。君は少年がその狭間に行くと言ったら止めていただろう。それと同じ事を今しようとしているんだ」
「はい・・・」
真苗は下を向く。
しかし、だからといって手段はない。死霊使いや錬金術師は先ほどから黙っている。きっと何か最後のあがきがないか考えているのだろう。
そこらへんにあまり詳しくない俺や志野野辺、真苗は先ほどからどうすればいいのか分からない。
沈黙が続く。
そんな沈黙を破った声は。
「悩んでるみたいだね」
笑顔のジェスだった。
咄嗟にみんな動き出し、一定の距離を取る。俺は真苗をかばうような形で立ちあがった。
志野野辺はきちんと視線を外さず、ジェスを見ている。
「怖がらなくていいよ。そこの少年がこちらを認識していると僕は能力はおろか、天使としても自分を保てなくなる。それに僕は何もするつもりはない」
「そのセリフを信じろって言うのか」
すでに無力化されているはずなのにここまで恐ろしいとは。
みんな警戒している。
「信じてよ。だって僕はもう何もしなくても僕の目的は達成されたみたいなものなんだからさ」
「ぐ・・・」
言葉に詰まる。
実際その通りだった。このままジェスが何もしなくてもこの世界は滅んでいく。何を考えているか分からないやつではあるけれど、人の不幸に執着していることだけは分かる。
「でもこのままじゃつまらない。だから君たちにもまだ出来ることがあるということだけは教えておくよ。僕のこれは慢心じゃない。目的が叶わなくても楽しめればいいんだ」
「俺たちにまだ出来ること・・・」
なんだ。
何をすればいい。俺たちは後、何が出来る。
思わず、黙る。
しかし、そのことにはやく気付いたのはまたしても真苗だった。
「そうだ・・・」
小さくそう呟いたのである。
そして、その真苗を見てジェスは少しだけ笑みを消した。またすぐにいつもの笑顔に戻っており、わずかな違いではあったが俺は気付いていた。
「なるほど、君がモーラ・ルーレトの力を受け継いでいる元人間か。やっぱりあの時にモラルごと消しておけばよかったかな」
そう言った。
そしてそのセリフは真苗が思いついたことが正しいということの証明に他ならない。
「えっとおじさんにトーテムくん」
「おじさんではない」
「僕を子供扱いするな」
「お前らこんなときぐらいそれは控えておけよ・・・」
いつものようなやり取りに若干場がなごみつつも、真苗は質問の続きを言った。
「この世界はその正の力で溢れてるんだよね」
「ああ、だがすぐに負の力で溢れる事になってしまう」
「そうじゃなくて・・・」
真苗は首をぶんぶん振る。
「その前の話、そもそも井野宮くんと昔一緒にいたルナさんって子が正の力で溢れていたこの世界の均衡をとるために今も世界の狭間で負の力を放出してるってことですよね」
数年前。
この世界は正義軍というやつらの正義ロボにより今と同じ状況になっていたことがある。あの時はロボットを破壊すればいいだけだったが。
そのロボットが排出した分の正の力はルナが世界の狭間に行き、負の力を放出し続ける事によって均衡を保っている。
すなわち、この世界はすでにそうしなければ正の力で溢れかえっていることになっているのだ。
「だから・・・世界の狭間からルナさんをこちら側に移動させてしまえば、元々溢れていた分の正の力と今溢れそうになっている負の力が相殺されないかな」
そのセリフにみんなが顔を見合わせた。
もしかしたら可能かもしれない。しかしそれは可能性を見つけたに過ぎない。
「いい案だが真苗未央。悪魔ルナをどうやって狭間から・・・」
「そこは・・・私がテレポートで移動させます」
そう言い放った。
しかしそれはすぐに否定される。
「真苗、世界の狭間は広い。それこそ広さの概念なんかないほどに。いくら天使の能力とはいえ、そんな無限の世界の中でルナを移動できるはずがないんだ」
テレポートにはある程度距離の目安がついていなければならない。
相手がどこにいるのか、テレポート先はどこになるのか。それらの制約を乗り越えてようやくテレポートできるのだ。
世界の狭間というどこにいるのか分からないルナを探すことはほぼ不可能。
しかし・・・。
「井野宮くん、現状はきっとそれしかないんだよね。だったら私は虱潰し戦法でいくよ」
「それって・・・」
要するに世界の狭間1つ1つ出来る範囲でテレポートさせ、あてずっぽうでやっていく作戦だ。
「そんなことをしたらお前の体が・・・」
「大丈夫、私自身が世界の狭間に行くより、みんな生き残る確率はこっちのほうが高いよ」
そう言って笑ってみせた。
強がっているのが見え見えだ。自分だって本当は怖いのだろう。
でもいつだって真苗はこういうやつだった。のほほんとしているように見えて誰よりも現状を把握し、問題点を見つけることができる。
だからこそみんなからの信頼もあつかった。
そんな笑顔に俺は思わず言葉を失った。
「おじさん、世界の狭間ってどこにあるの?」
「場所はお前が知っているはずだ。でかいテレポートの際はその世界の狭間を経由して行うからな。逆にいえばテレポート能力保持者のお前しか知らないということでもある」
「ありがとうございます」
そう言って集中し始める。
真苗の体は輝き、光って行く。何度もみた、あの光景を。
懐かしさすら感じるこの光景を。
モラル、お前の能力は今、こうして受け継がれているぞ。
「『天使化』」
真苗がそう呟いた途端、白い大きな羽が生え、頭には光の輪が出現する。
真苗の天使化は見た事がなかったが、とても綺麗だった。
「お、おい・・・真苗・・・」
「私は大丈夫。だから安心して待ってて、井野宮くん」
またしても笑うと、今度はさらに体が輝きだした。
天使細胞の活性化。
それが目の前で行われている。もうすでに真苗は人間ではなくなっていたのだ。
「少年!ぼーっとするな!」
その錬金術師の一言で目を覚ます。
校舎の外には天人たちがいた。計4人。俺たちが戦い、気絶だけしていたやつらが目を覚ましこうしてここまで追ってきたのだ。
もちろんジェスを守るために。
その4人の天人はその場で別れる。俺たちの戦力も分散するつもりなのだろう。
「志野野辺少年はここでジェスの監視をしているんだ。真苗未央を守ってくれ。残りの俺たちで天人4人を食い止める!」
そう叫んで錬金術師と死霊使いが飛び出していった。
残りの俺たちの中にはもちろん俺も入っている。俺もいかなくてはならない。
けれど。
真苗が心配だ。
無茶をするんじゃないか。
もしかしたら死んでしまうんじゃないか。まるで自分の事のように恐怖が襲う。
志野野辺もジェスを見ていなければいけないし、真苗のことばかり気にかけている余裕はないだろう。
では誰が真苗を気にする。
俺しかいないんじゃないのか。
そうすると・・・錬金術師のおっさんとトーテムに多大な負担をかけてしまうことになる。
「ごちゃごちゃ悩んでいるのはどうも似合いませんね」
そんな俺の元に降り立ったのは1人の天使。
モカ、だった。
天使化しているものの、羽の片方はなく、傷だらけ。満身創痍という見た目だがそれでも天使細胞は綺麗に輝いていた。
「お前・・・」
「はい、生きていました。そこにいる天使に情けをかけられまして」
情けをかけられたにしてはひどい傷だが、それでも言葉を話せるほどには元気らしい。
「井野宮天十。天人は私に任せてあなたは真苗未央に付添うといいです」
「え・・・・でも」
「私が信用できませんか?」
そうではない。
もしモカが裏切ろうとしていても、この満身創痍の姿ではすぐにあの2人にやられてしまうだろう。それほどまでに弱っている。
だからこそ、天人と戦ってしまったら死んでしまうのではないか。そういう不安が俺にあった。
「大丈夫です、私は天使ですから」
そう言って飛び出してしまう天使。
俺は大きく深呼吸をした。
どうして俺のまわりのやつらというのはこういうやつばかりなのだろうか。
とても・・・ありがたい。
俺は真苗のそばにいき、近くの椅子に腰かける。
「真苗、安心しろ。俺が見てる。何もしてやれないかもしれないけど、俺が」
「ありがとう」
そう言った瞬間、目の前の空間に亀裂が、そしてそこに世界の狭間の入り口が現れた。
○
ジェスは1人思っていた。
これがモラルの力を受け継いだものか、と。
あいつは昔から悪い事というのは大嫌いで、今回も利用されると思ったから天界から逃げ出し、井野宮天十に助けを求めた。
そして自分は井野宮天十、そしてその仲間たちにやられてしまった。モラルの行動は正しかったのだ。
(少しだけ悔しいけど、そればかりは僕の負けかもしれない)
そう思う。
だからジェスは立ちあがった。いや、飽きたのだ。この戦いが。自分でまいた種ではあるものの、もうその目的すらどうでもいい。
今はただただ目の前に開いた世界の狭間に目を奪われていた。
(これが世界の狭間・・・!)
悪魔ルナが飛び込んだ世界。
終わりのない、永遠という名の地獄。
「お、おい」
ジェスが立ちあがったことに気付いた志野野辺が止めに入る。
それに気付いた井野宮も同様に立ちあがった。
「心配しなくていいよ。どうせ僕の能力は井野宮天十、君の負の力でほとんど出せなくなっている」
ジェスはそう言いながらも歩いて行く。
井野宮と志野野辺が真苗をかばう形で前に出た。その様子を見てジェスはにやりと笑う。
「真苗未央。君は同族を感じることが出来るかい?」
「・・・・・うん。なんとか、他の世界にいても」
天使細胞同士の引きつけ合い。
それにより、どこの世界、どこの場所にいても同族の位置は分かるようになっている。しかし同族ではない、悪魔のような強力な力を発するものは同じ世界にいなければ存在が分からない。
真苗はテレポートと共にそれに有用な敏感な五感も手に入れている。それでも悪魔ルナを探す事ができないのはそういうことなのだ。
しかし。
「では僕が探そう」
ジェスはそう呟いた。
「僕が中で悪魔を探してくる。そしてその近くに僕はいるからそこを感じ取り、まるごとテレポートさせるんだ。ああ、僕はテレポートしなくていいからね」
そういうジェスに疑惑の目を向ける井野宮と志野野辺。
「安心しなよ。向こうも生きているんだ。僕がこの能力の出せない状態で彼女を襲えば返りうちにあうし、正の力だってほとんど出す事ができない。世界の狭間には時間という概念がないからね、このまま飛び込めば僕は永遠に何も出来ないだろう」
それと、と区切る。
「僕はこの世界の狭間に興味が湧いた。隅々まで見てみたい気分だ。だから真苗未央、僕の邪魔はするなよ。それに君たちにとっても僕がいなくなるんだ、お互いいい事だらけじゃないか」
「ジェス・・・」
何かを心配するような井野宮の一言にジェスはめったに表さない感情を表に出した。
叫ぶように。
「井野宮天十、君は何か勘違いをしている。僕は君たちを助けるためにやっているんじゃない。そもそもこうなったのも僕のせいだし、モラルを消したのも僕だ。君は何も考えず僕を恨み、僕を殺せなかった自分を呪え。それでようやく僕も笑える」
そう言って静かに世界の狭間の前に立った。
「こういうのをなんというんだっけかな。そうだ・・・自業自得、だったよね」
笑って世界の狭間へと落ちて行った。
そして・・・・・。
少し時間的にはやいですが、投稿します。
この後、すぐにエピローグも投稿する予定です。
感謝などを含めた色々なこの後のエピローグのあとがきで書こうと思っています。よろしくお願いします。
ではまた次回。