第60話 INVASION⑦
「井野宮くん・・・!」
「錬金術師のおっさん、委員長と梨菜の手当て頼む」
「人使いが荒いなあ」
そうぶつくさ文句言いながら委員長と梨菜の手当てを受け持ってくれる。ではこの場で俺のやることは1つだけだった。そう、目の前で笑っている天使を倒す事。
委員長の傷を見た、梨菜の傷を見た。
志野野辺のところまではまだいっていなかったみたいだが、死霊使いかおっさんが上の階にいると思われる志野野辺に伝えてくれるだろう。
そう、後は俺の戦いなのだ。
「やあ、やっと会えたね、井野宮天十くん」
「俺はもうお前に会いたくもないけどな」
そう言って黒い羽を広げ、前に走る。
笑顔でいるジェスに対して、大声で俺は叫んだ。
「『吹き飛べぇ』!」
言霊はその声を聞いた瞬間に攻撃となる能力。その能力は聞いた瞬間にはすでに攻撃になっているため、ジェスであろうともすぐに消せるようなものではなかった。
もちろん真後ろへ飛んでいく。
しかし本来どこかの壁に激突するまで止まらないそれは徐々に減速し、そして壁にぶつかるも一切音も上がらず、軽く当たった程度で終わってしまった。ジェスはほとんど無傷だ。
吹き飛ぶというのは天人のように吹き飛んだ末、どこかにぶつかることによって相手にダメージを与える。しかしぶつかる瞬間はジェスにも認識できた。
「『斬』!」
今度はジェスの体に切傷が出来ている。
血が噴き出す。それでもジェスは笑っていた。
「やっぱり君のような負の力は僕と相性が悪いや。耳を塞いでもいいけれど・・・そうすると今度は肉弾戦になったときに不利だからね」
「・・・・・」
目的を優先するのか、それとも自分の命をとるのか。それとも自分の命を捨てるのか。こいつは最後の最後まで何をするのか分からない。
だからこそ不気味だった。
目的のためには命を捨て、命のために目的を捨てる。今回は何を取捨選択するのか。
「さて、と」
そして今度はジェスが白い翼を広げる。
呟くのはあの言葉。
「『天使化』」
聞きなれた言葉。
神々しい光が集まり、白い翼が広がる。頭に浮かぶはよく見る光の輪。まるで想像上の存在かのような姿だが、それが想像だけではないということを知っている。
「ジェス・・・モラルの仇だ・・・・・!」
そして俺と決着をつける気だったアンジェの。
能力を使い体を酷使した梨菜の。
傷だらけになっていた委員長の。
俺のために修行してくれた志野野辺の。
しょうがないとはいえ、人間ではなくなってしまった真苗の。
「俺がここでお前を倒す!」
これがきっと最後の戦いだ。
いや、正確にはこの後もあの正義ロボをどうするのかという問題もあるのだが、そっちはガノンたちに任せるとして、俺は戦闘員として目の前のこいつを倒す。
ジェスは大きく羽を広げ、こちらに向かってくる。
「『斬』」
ジェスはその身に傷を受けながらも突き進んでくる。
そして拳を握りしめ、思いっきり腕をふるった。
「『吹き飛べ』!」
近付かれたその距離を大きく離すためにそう言霊をのせたが・・・・・。
もちろん振るわれたその拳は俺に当たる事無くまたしても大きく後ろに吹き飛んでいった。しかし、その拳は空気に触れたため、その空気をあやつることに成功していた。
そう、空気の塊が俺を襲う。
「ぐっ・・・!」
思いっきりなぐられたような衝撃がきた。
もちろん見えないため防ぎようもなく、そのまま俺も後ろへ吹き飛んでいく。
「『浮かべ』・・・!」
その言霊のおかげでこちらまで壁にぶつかることはなかったものの、腹にきた空気の塊は確実に俺にダメージを与えていた。こういうのはいくら受けても慣れない。痛いのだ。
体勢を整えて前を見るとすでにジェスはこちらに向かって来ていた。
相手に触れるのはまずい。それこそ触れたものの命すらも操るのだろう。
「『打』!」
ジェスが殴られたように真後ろに吹き飛ぶ。
打は相手に打撃を与える言霊だ。
先ほどから全てこちらの言霊が一言なのは、長い言霊では防がれる可能性が高いからだ。相手は攻撃と認識したものは言霊であろうと操れる。
長い言霊だと言霊を言っている間にその効力を消される可能性がある。
「いたた・・・。どこから攻撃を来るのか分からないっていうのは辛いなあ。反射させることも難しいや」
「なら、降参してくれるか?」
「じゃあさ、例えば僕が降参したら君は僕をどうするんだい?許してくれるのかい?」
「いや、悪いがお前を許すことはできない」
もしかしたら少し前の俺だったらそのまま許してしまったのかもしれない。
でも、もう違う。
俺は数カ月の間、地獄に行っていたんだ。それに・・・あいつはモラルの命を・・・!
「じゃあ、僕を殺すということかな?」
「そんなことはしない。色々と話を聞かせてもらうとは思うけどな」
「僕から話すことなんて何もないと思うんだけどなあ」
「俺には聞きたいことがたくさんあるんだ」
俺は再び、黒い翼を広げる。
だがその蝙蝠のような翼はそのまま形を変え、ジェスを襲った。1つの槍のように尖り、相手に迫る。この翼も俺の体の一部のようなもの、形を変える事だって出来る。
「それは甘いね」
しかしジェス、その羽でさえ触れてしまっては意味がない。
不意を狙ったとしてもさすがにジェスには通用しなかった。俺は途中で羽の動きを停止させ、元の羽の形に戻す。
「・・・・・」
本当は触れられた方がいいんだが・・・そこまで楽に触れられるわけではないらしい。
俺の狙っていることはただ1つ。こうしてわざわざ悪魔の姿になったのは簡単な理由だ。この悪魔の負の力を相手に流すことにより、相手の能力を封じる事。
天使の能力は正の力によって行われる。それを負の力を流し込むことによって相殺させるのだ。
それを行うためにはとても濃い負の力が必要で、そのためには相手に直接触れた方がいいと判断できる。しかし触れた瞬間に発動するあの能力が邪魔でしょうがない。
「難しいな・・・」
相手の触れたら発動する能力を封じるために相手に触れる・・・なんというか色々と矛盾じみていて、おかしい感じだが・・・。
それでもやらなければいけない。
ジェスは輝く細胞を纏い、またしてもこちらに突っ込んでくる。
「触れたら終わり。精いっぱい頑張ってね」
「くそ・・・!めんどくさい!」
両手で細かいパンチを繰り返し打って来るジェスの手を1つ残らずかわしていく。左。右。左。左。右。上。下。右。上。
あまりのはやさに言霊をのせて話すこともできない。少しでも気を抜いたらかすってしまうかもしれない。かすることすら俺には許されない。
羽を変形させ、俺の脚の代わりに地面に突き刺す。その羽をばねのように動かし、その力で大きく後ろに移動、距離をとった。
「井野宮くん、君はどうやら僕を殺さないように気を付けているみたいだけど・・・僕にはそんな制限なんかないんだ。君を殺したって構わない。それが今の君の弱ささ」
そう言って輝いている羽を広げまたしてもこちらに突き進んでくる。斬や打で応戦するもまるでひるまず、吹き飛べでもほんの少しだけの距離しか吹き飛ばない。
それでも向かってくる。
傷つくことを厭わない行動に思わず怯む。
思いっきりふるわれた拳をなんとかかわし、そして相手に何か言霊を・・・そう思って前を見るとジェスは地面に手をついていた。
そう、あのときのように。
「本当はあの教室でやりたかったんだけど」
あの時のように淡々と。
「元から僕は何に対しても手加減する必要がないんだよね。君の傷ついた仲間は今もこの校舎内にいるのかな?それとももう逃げ出してるのかな?」
「お前・・・」
「そういえばまだ上にも仲間がいるんだっけ?その人も逃げたかな?試してみようよ、僕はさ悲しいことが嫌いだから逃げた方に賭けるよ。それで・・・・・君はどっちにする・・・?」
「『やめろ』!」
「そんな抽象的な言霊は僕には効かない」
恐れていたことが起ころうとしている。
今まではこいつの気まぐれでなんとか無事だった部分、すなわち第3者が傷つけられるということだ。
一瞬あの時の光景がフラッシュバックする。
モラル・・・!
あのときのように触れたものを操り、爆発させ・・・また誰かを奪うつもりなのか。
もう一度あの惨劇が・・・!
「じゃあ、いくよ・・・」
そして爆発が起こる、もしくは校舎が崩れる・・・はずだった。俺は情けなくも焦ってまともな思考ができずひたすらその場に棒立ちだったのだが、そんな俺の目の前でジェスが殴り飛ばされていたのだ。
能力なんてない、ただ、純粋な木刀で。
「志野野辺・・・!」
「よう、久しぶりだな」
そこにははちまきを巻いて、白い特攻服のようなものを身に付けた志野野辺がいた。
しかしその格好は・・・まるでシルバーウルフのものではないか。
「お前・・・その格好・・・」
「聞きたいことはたくさんあると思うけどさ、俺からも聞きたいことがたくさんあるんだ。だから全部またあとでにしようぜ」
そうして殴られたジェスの方を見る。
しかし天十は志野野辺の行動を止めるつもりだった。今のは完全な不意打ちだったからこそ攻撃と認識されずにたまたまダメージを与えられただけだということを知っていたから。
しかしジェスの驚いたような顔を見て天十は言葉を失う。
今のジェスは天使化している。要するに感覚に関しては手加減のしようがなく、全力なのである。
そんなジェスが後ろから接近してくる素人の存在を気付いていなかったとでもいうのだろうか。それに・・・それに。
「なんだ・・・・・?」
ジェスの頭からは光の輪が消え、そして輝いていた羽もいまでは元に戻っている。そう、天使化が解かれているのだ。
なんだ・・・。もしかしてまだ俺たちのことを舐めているのか・・・?
一応、俺はジェスにダメージを与えている。天使化を解かれるまで舐められているとは思いにくいが。
しかし何を考えているか分からないやつだ。油断はできない。
「君は・・・なんだ?」
しかしそのジェスは逆に志野野辺に問うた。
「何か・・・僕の知らない能力者か・・・?」
「能力者?何言ってるか分からないが・・・お前がみんなが言っていた悪者というわけだな」
ジェスは何を思ったか笑いながら立ちあがる。
「まあ、そうだね。僕は君たちの敵の天使だ」
そう言って今度こそ光輝く拳を志野野辺にぶつけようとする。
だが、その光は早々に消え、戦い慣れしていないような人間の拳へとなってしまっていた。
「はああああああ!」
志野野辺はそのまま木刀を握りしめ、顔面を思いっきりぶん殴る。
その行動をあっさりとれるあたり、志野野辺もなかなかに場数を踏んでいるように見えた。しかしそんなことはどうでもいい。
「な、なぜ・・・僕の能力が発動しない!」
あの焦りよう。
恐らく演技ではないだろうし、ここでそんな演技をする必要はない。すでに相手の方が優勢だったのだからここで不利な演技をすることはないだろうと考える。
本当に能力が発動しないと見ていいんだと思う。
「さっきから能力だかなんだか知らないが・・・俺は見たぜ、委員長が血を流して倒れているところを。梨菜ちゃんが苦しそうに呻いているのを。今のが梨菜ちゃんの分。そして・・・」
「お前・・・まさかラーエイの時の・・・!」
ジェスは何かに気付いたみたいだったが、体の動きは鈍く、迫りくる木刀をかわせない。これではまるで人間同士の喧嘩だった。
「これが委員長の分だ!」
そして顔面に思いっきり木刀をぶつけ、あのジェスを吹き飛ばしたのだった。
これぐらいじゃ相手は倒れてくれない。そう思って志野野辺に注意しようと思ったがジェスは起き上がる気配を見せない。
近くに行くと完全に気を失っている。
あの天使が木刀の一撃で・・・?
あっけないというレベルではない。あれでは本当に人間みたいではないか。天使細胞があるはずの天使なのに。
そこで天使だけでなく、俺の翼も出ていないことに気付いた。もちろん、悪魔化を解いた覚えもない。
「で、井野宮。これなんの騒ぎなんだ?」
「ああー・・・」
理解した。
俺たち悪魔や天使はその存在を信じている者にしか能力を発動できない。そして身体は人間の身体にまで低下してしまうのだ。天使化したときの神々しい姿や派手な能力は天使と思われなくともあれは人間ではない、という恐れを抱かせるだけで効果がある。
錬金術師のおっさんが説明した段階で委員長や梨菜は人では無いものと戦うと思っていたから効果があったのだが・・・この志野野辺、馬鹿ゆえか何1つ話を理解していなかったらしい。
「確かにジェスの能力は見た目的には地味だが・・・」
それにしたってあの姿で、おっさんの説明があって、あの時爆発だってあった。
「とりあえず、終わったな」
「まさかお前の攻撃で終わるなんて思ってなかったよ・・・」
予想以上の馬鹿だということなのかもしれない。
今回はそれに救われたから特に文句も言えないが。
俺はとりあえずジェスを連れて下の階へ移動しようと考えるが・・・その前に錬金術師のおっさんがこの2階まで上がって来ていた。
息を切らし、何やら慌てている様子である。
「おっさん・・・?」
「ジェスを倒したのか・・・」
一瞬だけ驚いた顔、そして嬉しそうな顔を見せた後、すぐにいつもの険しい顔に戻ってしまった。
「く、詳しい説明は後にするよ。それで何かあったのか・・・?」
おっさんは静かに頷くと、トランシーバーのようなものを取り出し、どこかと連絡を取りながら、こう言った。
「どうやらあの正義ロボ、ついさっきから負の力を圧縮し、排出しているらしい・・・」
「それは・・・ガノンのおっさんがそうしたんじゃないのか?」
「違う、元々そういう構造だったんだ。俺たちにその解決策の1つである力の転化に気付かせた上で、自ら正の力から負の力に転化する・・・」
「で、でもそれをガノンがまた正の力に変更させれば・・・」
錬金術師は静かに顔を横に振った。
「あの鍛冶師が用意していたのは正の力を負の力に転化する方法。その逆は今からでは間に合わない」
「じゃ、じゃあ・・・」
「そうだ。このままではどんなことが起こっても不幸だと感じる負の世界が出来あがってしまう・・・!」
俺たちは最後の最後に大きな壁にぶつかることになった。
何気に後1話で本編終了、そしてエピローグでこの作品は完結します。やや最後のほうは早足だったかなという気もありますが、あまり長く続いてもあれかな、と思いまして。
ところどころ後々加筆する可能性がありますが、まずは楽しんでいただけたらと思います。
その本編最後とエピローグは恐らく同時に投稿すると思います。
ではまた次回。