第58話 INVASION⑤
時間は少しだけ遡る。
アークラセル。
地球、ランドバハドと同じ並びである異世界の1つだ。ランドバハドが近代っぽいSFチックな世界だったのに対し、アークラセルはまず、中心となる都市に城があり、街には犯罪を取り締まる憲兵のようなものもあり、人々は能力を使って空を飛んだり、それを職業にしたりとファンタジー色の強い世界だった。
ランドバハドや地球にある会社員や公務員などの概念もない。人々は自分のもっている能力、すなわちジョブで仕事をして生活しているのだ。
街も裕福そうなところから貧民街のような場所まで様々である。
そんなアークラセルの中心都市、城の目の前に全く合わず、雰囲気ぶち壊しなロボットが1体降り立っていた。ずんぐりむっくりとした愛嬌のある形をし、背中のパイプから煙を吐き続けるロボット。
正義ロボ。
それがこのアークラセルの地にも降り立ったのである。
○
「あそこはたぶん城の近くにある森だな」
正義ロボを見て、錬金術師が一言。
この中で詳しいものはアークラセル側の人間である錬金術師のおっさんただ1人。自然と案内役もおっさんになってしまっていた。
真苗のテレポートを使い、さっそくアークラセルへと着いた俺たちを迎えたのは天人だった。予想通り今まで戦ってきた天使たちの能力を引き継いだ天人たちに苦戦するかと思いきや、やはり劣化天使といった感じで特に苦労する事無く倒してしまった。
そんな護衛すらなくなった1つのロボット。
しかし油断はできない。あのロボット、放っておいても正の力を垂れ流すのに、壊しても中に内包された正の力が噴き出すという仕組みなのだ。
「ガノンから通信はあった?」
「いや、少年。まだないな」
鍛冶師ガノン。
機械に強いランドバハドの住人に今、ランドバハドにある正義ロボの解析をお願いしている。なんとかして正の力を噴出させずにロボットを取り除きたいのだ。
錬金術師のおっさんに指摘された通り、俺に焦りはない。世界の終わりが見えているのに全く焦りはなかった。もし正の力が蔓延しても俺が世界の狭間に飛び込めばいい。
そう、ルナのように。
錬金術師のおっさんにはそれが見透かされていたようだが。
「でも、これだと地球を後回しにしてアークラセルに来た意味がないよね」
後ろの方でだるそうに死霊使いが答える。
先ほどまでは地球に行こうとしていたのだが、どうにも地球に正義ロボは現れず、とりあえず目下のアークラセルに来たのだった。
来たところで天人を倒すことしかできず、こうしてロボットを眺めることしかできない。
「・・・・・・」
正義ロボ。
正義軍の所有していたはずのロボットは今、ジェスに使われている。
昔倒したはずの正義軍ではあるが、やはりどこかで生き延びていたメンバー、残党がいたらしい。正義の残党とはなんだか悲しい響きである。
そんなことを思っていると、錬金術師のおっさんのトランシーバーのような機械が音を出す。どうやらガノンからの連絡のようだ。
『よう、元気か』
さっき会ったばかりなのにこの挨拶。
やはりどこか陽気でシリアスにはなり切れない人物である。
トランシーバーをスピーカーモードにして、ここにいる死霊使い、俺にも聞こえるようにしてくれる。気にはなっていたのだが、あの機械なんなんだろうか。
『とりあえず調べ上げたぜ』
「・・・・・はやいな」
錬金術師のおっさんが驚いている。
しかしトーテムや俺は驚かない。ランドバハド側の住人にはそんなこと周知の事実であるからだ。ガノンは仕事がはやいという事実は。
「というか人生全てで今までそれしかやる事なかったみたいだし、それぐらい出来なきゃおかしいレベルだけどね」
普通に認めるのは癪なのかトーテムが文句を言う。
『さて、あの正義ロボだが中を見るとやはり前見た正義ロボが基準になっているみたいだな』
「前見たって言うと・・・」
恐らく昔。
数年前、俺が正義軍と戦ったときのことだろう。その時、置き去りにされていたまだ動くロボットの解析をガノンに頼んだのであった。
頼んだというか、ガノン自ら解体したいと申し出たわけだが。
構造的に似ているからということも仕事が早かった理由の1つなのだろう。
『とはいえやはりパワーアップはしている。前のロボットにはない機能がたくさんあるからな。そして主な機能の空気中の正の力を圧縮し放出する機能だが、やはりこれが問題になっている』
空気中には適度な正の力と負の力がある。
それぞれが相殺しあって、人間の体には影響がないようになっているのだが、それを吸いこみ、正の力を放出、そして負の力をロボットの内部で完全に消す。
それを繰り返すことによって空気中には正の力で溢れることになる。過度な正の力は人間に影響を与え、どんなに悪い事が起きてもそれがいいことのように捉えられてしまうのだ。
転んでもよかったね、死んでもよかったね、殺されてもよかったね。
そんな世界は狂っている。
そんな世界を作り出すことがジェスの目的なのだった。
理由は恐らくそんな正の力に翻弄される人間を見たいというそれだけなのだろう。
『だが、この機能に似た機能は前にも見た事がある。俺が少しいじればその逆、「正の力を排除し、負の力を噴出する」機能に変えることが可能だ』
「ほ、本当なのか・・・!」
『まあ、落ち着け。逆にするぐらいなら可能だ。この機能そのものを止めることはできないがな』
それでも問題解決になるだろう。
すでに世界には正の力が蔓延し始めている。ここで負の力を放出すればうまい具合に相殺できるのかもしれない。
『そのことなんだがな・・・中の調整がまた絶妙でな。今から負の力を放出し始めると、この世の中が負の力で蔓延することになる』
「?・・・じゃあもう少し正の力を放出させておいて、相殺できる量になるまで蔓延させたらいいんじゃないの?」
死霊使いが言う。
『いや、その頃にはすでに正の力の蔓延により、正の力で溢れることの何がいけないのか、正の力で溢れてよかったね、という世界になっているのさ』
「なっ・・・!」
それじゃあ、ジェスの願いが叶うのと同じ事ではないか。
『具体的な打つ手は今のところない。相殺出来る一歩手前までなら負の力を放出させることが出来る。問題はその一歩分をどうやって相殺させるかだ』
「・・・・・・」
その状態になってしまっては俺にも何も出来ない。
俺は負の力を放出することしかできないんだ。
「ガノン、その逆にする修理ってどのぐらいで終わる?」
『いや、すでにランドバハドのロボットの修理は終えてるよ。あとはボタンを押すだけだ』
「そうか・・・アークラセルの修理もお願いしていいか?それと、ボタンを押す指示を俺に任せてほしいんだ、おっさん」
「少年・・・」
そう、正の力を相殺することは可能だが、負の力はできない。
最後の最後、もう打つ手がないときに頼る手ではあるが、その最後の手を消すわけにはいかなかった。だから、俺が行かなくても安心できるような状態になるまで、待ってほしかったのだ。
「おい・・・」
錬金術師のおっさんが話しかけてくる直前、死霊使いのトランシーバーのようなものが音を出した。どうやら地球からの連絡らしい。
「もしもし」
『うぉお!本当に携帯で繋がった!あ、俺は志野野辺だ』
その声を聞いて、俺は思わず一歩前に踏み出していた。
ランドバハドから直接真苗の能力でアークラセルに来たので、地球のみんなとはまだ会えていない。そして志野野辺の声を聞くのは本当に久々だった。
『トーテム、待機と言われてたから学校で待機していたんだが、どうやらジェスとやらがこちらに向かっているらしいんだ』
「!?・・・ジェスが!?」
なぜジェス本人が地球に来る。
それこそロボットに任せればいい話ではないか。地球はファンタジー要素なんかない。だからこそ俺は昔憧れていたわけだが、確かにロボットという見慣れないものが現れれば他の2つの世界より混乱するだろう。でもそんなことジェスには関係ないはずである。
『あーそれなんだが・・・』
声が聞こえたのはおっさんのトランシーバー。
ガノンだ。
『ランドバハドにある正義ロボの中身には天使2人の天使細胞があった』
「天使細胞が・・・!?」
ガノンには一応天人の分析もお願いしている。どうやらその天人にも移植されていた天使細胞が正義ロボにも内臓されているのだそうだ。その細胞がありえない攻撃や、ありえない機能を現実にしていたらしい。俺らが倒した天使たちは殺してまではいなかったはずだ。
だが実際その天使たちの細胞はばらまかれている。すでにジェスによって何らかのことが起こされているのだろう。
そしてそれは目の前にあるアークラセルの正義ロボも同じはずだとガノンは考えた。
「この正義ロボの運行には2種類の天使細胞が必要だということか・・・」
「錬金術師、まちなよ。今、この時代にいる天使はラーエイ、アルミトルス、アンジェ、モカ、モラル、そしてジェスの6体のはず。3つの世界それぞれにロボットを送ることだってできるはずじゃ・・・」
「違う・・・」
俺は呟く。
「ジェスはモラルの細胞を持っていないのかもしれない!モラルはそうなる前から逃げ出したんだ。そして俺たちをかばって・・・。だからジェスはモラルの細胞を持っていないはずなんだ!」
「じゃ、じゃあ・・・地球はあいつ自身の手で正の力を放出するつもりなのか・・・!」
そのことに気付いた死霊使いはトランシーバーに叫ぶ。
「志野野辺・・・!今直ぐ木野白たちを連れて退避するんだ!このままでジェスと戦うことになってしまう!はやく逃げろ!」
死霊使いたちの修行は、ジェスに勝つためと称した生き延びるための技術だった。
戦わず、もし戦わなければならなくなっても、相手に勝たなくてもいい。逃げて生きていればいいという技術。真苗以外最初から巻き込むつもりなんてなかったのだ。
しかし・・・。
『心配どうも。でも俺たちで出来る限りのことはしてみたいと思う。俺と木野白はまだしも梨菜ちゃんなんかは能力を得た自分の責任みたいに思っているらしいし』
「志野野辺!」
俺は思わず叫ぶ。
しかし死霊使いのトランシーバーはどうやらスピーカーモードになっていないらしく俺の声は届かない。志野野辺たちは最初から自分達を巻き込まないということを知っていたのだろう。
その上であえて何も言わず、そして自分達から巻き込まれようと考えていたのかもしれない。
「当たり前・・・か・・・」
錬金術師が呟く。
「勝つための技術と生き残るための技術は大きく違う。要するにこちらの勝つとはジェスを倒す事で、その過程で仲間が死のうと関係ないという捨て身の技術だ。あいつらも人間の中では異質な方だし、気付かれて当然ということか・・・」
人間の中で異質という単語に引っかかったものの、梨菜が能力の残滓を受け継いでいると聞いていたのでそのことかと思い、とりあえず納得する。
トランシーバーは切られ、無音になった。
ガノンにはアークラセルに来てもらってそちらも修理してもらうという話で一度切る。
「正の力とは天使にとって生命力のようなものだ・・・それを放出するなんてまるで自殺じゃないか・・・。急いで地球に戻らなければな」
悪魔ルナは死という概念のない世界の狭間にいる。だからこそ放出し続けていても死なないし、疲れもしない。永遠に生きたまま負の力を放出し続けているのだ。
錬金術師が真苗と連絡を取る。
いくら真苗といえどもテレポート連発は辛いはずだ。少し時間を置かなければテレポート出来ないのかもしれない。死霊使いは何回も地球とコンタクトをとっているも応答はない。
もしかしたらすでに戦い始めているのかもしれない。
俺はここで初めて焦りを感じた。まずい。このままで友達が全員・・・!
「地球の時間ではもう深夜か・・・」
そう言った錬金術師の言葉を最後にしばらく誰も話さなかった。
○
学校2階。
ここも深夜ということもありまだ真っ暗だった。電気なんか点いていない。ただ外にある月の光が唯一の光となって学校に差している。そして光源がもう1つ。
ジェス自身の正の力がうっすらと輝いていた。
先ほど、梨菜を引き上げた鎖は上の階にいったはずだ。だからこそこうしてジェスは2階に来ているのだった。
「・・・・・」
笑顔はまだはがれない。
口から血を吐き、ナイフを刺されてはいるものの、平然と歩いていた。あれから少し時間が経ち少しずつ傷が治ってきているのだ。
ナイフは一応次来るであろう刺客にバレないようにつけているが、理由の半分ぐらいに記念というものもあったりする。梨菜が嘘だと判断したのは本当のことだったのだ。
まだジェスという狂気を梨菜は知らなかったのである。
「・・・・・っ!」
ジャラジャラという音。
それと共に小さな鉄球が先端についた鎖が2つ襲いかかる。恐らくあの鉄球が重りの代わりになっており、体などに巻きつきやすくしているのだろう。
その鎖のうち1つはジェスの腕に綺麗に巻きつき、もう1つはそのままジェスを殴打するためにまっすぐ伸びてくる。
ジェスはなんのこともないかのように能力を発動し、まっすぐに迫る鉄球鎖を無力化、そして巻きついた鎖もすぐに外れ、地面に落ちた。
相手に絶望を与えるために歩みを止めず、ジェスは前に進む。
プツン。
また糸の切れた感覚。
次の瞬間には上から槍やナイフなどの武器が一気に落ちてくる。
それも無力化。ジェスの体に触れた瞬間、それらの武器が向きを変え、全てが前へ、刺客のいるらしき方向に向かって発射。
「・・・・・・」
しかし刺客はそれを1つ残らず鎖で叩き落とした。
この深夜の暗さから相手の姿は見えない。それに相手はどうやら黒い服装をしているらしく、さらに見えにくくなっていた。
(どこかで見た服装かと思ったら・・・さっきの女の子の服装、あれ暗き蝙蝠とかいうここらへんで流行ってた不良グループの服装だったかな)
そして目の前にいる刺客もまた似たような格好をしているのだろう。
しかし先ほどと違うところは戦い慣れているということだった。
(まさか全ての武器を叩き落とされるとはねえ)
ジェスは先ほどの攻撃でこの戦いを終えるつもりだった。
それこそ能力か何かがあればどうこうされるかもしれないという考えはあった。しかしそんなものと関係なく全て武器で叩き落としたのだ。
(そういう系統の能力ということも予想できるけど・・・どっちでもいいか)
こうして2階の廊下でも天使との戦いが始まっていた。
読んでいただきありがとうございました。
一応、これの過去編というものも1話だけ書いているのですが、その1話含めて新しく書こうと思っています。要所だけの短いものになりそうですが、それもよろしくお願いします。
ではまた次回。