第53話 RE:STAGE
「ジェス!」
天使の1人であるモカが天使化をする。天使化とは今まで制御していた力を解放することであり、天使細胞を活性化させ、特殊能力を全開で使えるようにする形態でもある。
天使化をせずともそこらへんの能力者よりも強い体ではあるが、今行われている天使同士の戦いではその強い体も意味をなさない。
さらに相手は天使を統括するジェスだ。全力を出さなければ一瞬で負けてしまう。
モカは羽を広げ、ジェスに突撃する。
しかしジェスは一向に天使化しようとはしない。
それでも手加減無用。舐められているのならばその隙をつけばいいとばかりにモカは突進した。
拳を握りしめ、思いっきり振りかぶる。
「うん、綺麗だ」
ジェスはその拳を天使化せずに人差し指で受け止めた。
さらに余裕そうに笑いながら、モカに話しかける。
「やはり君の天使化は素晴らしい。近くで見ると尚更そう思う。最高だよ、モカ」
「っ・・・!」
モカは羽をはばたかせ、大きくジェスから距離をとる。
再び速度を上げ、そのままジェスに突撃する。だが、それもまた人差し指で止められてしまった。
「天使は今まで何人もいたけれど、君みたいに背中の羽だけじゃなく、頭にも小さな羽が生えている天使は見た事がない。そしてその頭の輪。輝きが他の天使とは比べ物にならない」
ジェスはモカを褒める。
だがモカは油断しない。そのセリフが全て心からの称賛、とは思えないのだ。
「だからこそ、残念だよ。ここでそんな天使が消えてしまうなんて」
笑いながらそう言う。
事実上の勝利宣告、そしてモカに対する敗北宣告だった。やはり舐められている。モカはそう直感する。今まで閉じていた目を開き、ジェスを見る。
その瞳は赤く、他の天使とは違うものだった。
「なぜ、天使化しないのですか」
「天使化ってさ、疲れるじゃん。ほら、なんでわざわざ能力を制御するのっていうと理由は疲れたり、能力が暴走しないようにっていうことでしょ。だから僕は使わないよ。僕はここで全力を出すだけの理由はない。今後のために力をとっておく必要がある」
モカはまた羽をはばたかせ、大きく距離をとった。
次は両拳を握りしめる。すると拳が白く輝きだし、光が集まって行く。天使細胞の活性化。それを自分の意思で行っているのだ。
「それにさ、僕の万物をあやつる力はあやつるか、あやつらないかの2択だから制御とか普段からしていないんだよねえ」
とはいえ、体的にはやはり天使化した方が強い。
モカを舐めていることには変わりないのである。
先ほどから人差し指でモカの拳を止めているのも能力であった。万物とはそのまんま全てのこと。この世の全てをあやつれるジェスはモカの拳の威力をもあやつっているのだった。
「その身にふさわしい綺麗な能力だよね、モカの能力って」
対するモカの能力は自らの意思で天使細胞を活性化させること。活性化させることによって強靭な体を得る事ができる。すなわちモカの能力はそのまんまパワー、力なのだった。
「一番頭がよさそうなのに能力が筋力系だなんて面白い」
「そうやって笑っていられるのもいまのうちですよ」
モカはまた加速する。背中の羽と頭にある小さな羽をはばたかせ、ジェスに突進する。両手は活性化により光り、天使の輪と同じ輝きを発している。
モカは片方の拳を振りかぶるとそれをジェスにぶつけた。
「無駄だよ」
それをまた人差し指で止める。
威力を能力によって完全に殺された拳は光を失い、そこらへんの子供でも止められるような威力へと変化させられていた。
モカはまた距離をとるわけではなく、もう片方の拳をぶつけた。もちろんこれも止められる。
しかしその拳をぶつけている間に先ほど止められた方の拳は活性化により、光を取り戻している。
それをぶつける。
そう、ラッシュだ。
相手に息つく暇を与えず、片方が止められたら、もう片方、そしてもう片方と信じられないスピードで相手にぶつけていく。
ジェスはそれを見て、1つ1つ人差し指で止めていたのだが、相手に絶望感を与えるその止め方に限界が来たのか次第に掌でその拳を止めるようになっていた。
「へえ・・・」
ジェスは感心したようにそう呟く。
ジェスは手を伸ばし、モカの手首をつかもうとする。
一瞬、ジェスの目つきが変わったのを見てモカは大きく距離をとった。
「・・・・・」
「私はあなたと共に長い間いました。そんな私があなたの弱点を知らないとでも思いましたか?」
モカは大きく羽を広げ、前を見る。
ジェスは未だに天使化をしていないものの、先ほどあった余裕の顔はもうなく、モカのことを睨みつけているが如き目つきになっていた。
「あなたの能力は確かに強いですが、それには制限がありますよね」
「・・・・・」
「掌、手、あなたはその手に触れたものにしか能力を働かすことができない」
モカはそう告げる。
実はこの時モカはこの弱点に対して半信半疑だった。だからこそ声を出し、相手に伝えることでその反応を見ようと思っていたのだ。
しかし、半信半疑とはいえ、確かな自信があった。
先ほどの戦いのとき、ジェスはわざわざ手を使ってモカの拳を止めていた。最初は人差し指を使い、圧倒的能力差を見せつけて絶望させるため、ともとれたのだが、途中からその余裕はなくなり、掌を使うようになった。
それこそモカの活性化した拳のラッシュをわざわざ1つ1つ受け止めていたのだ。
思い返してみても、そうだったのだろう。あの学校での戦いのとき、ジェスは爆発する際地面に手を触れていた。
「モカ、今更だけどさあ。僕たち天使にはやるべきことがあったよね。世界中を正の力で満たし、楽園を作るっていう目的がさあ」
「えぇ、アンジェなんかはそれをどうでもいいと思っていたらしいですが、私はあなたのその目的に賛成でした。誰も苦しまずに過ごせる世界の素晴らしさを味わってみたかったのも本当です」
モカはジェスを赤い瞳で見る。
「なら、アンジェを殺された恨みよりもそちらを優先すべきじゃないかなあ」
「命乞いですか?私はアンジェが殺されたことそのものにも怒っていますが、一番気に食わないのはその死は無駄だったことです。あそこでアンジェを殺す必要はなかったのではないですか?」
「・・・・・」
「それに、あなたは無駄が多すぎます。モーラ・ルーレトの能力が継承されたことを知っていて放っておいているのでしょう?もしそれが本当にあなたにとって命取りになるかもしれませんよ」
「・・・・」
「返事はなし、ですか」
モカはジェスの手を赤い瞳で思いっきり睨みつけた。
ジェスの手が先ほどのモカの手のように光り輝き始める。天使細胞の活性化だ。
「これは、なにかな?」
「あなたにも言っていない私のこの赤い瞳の能力ですよ」
それだけ伝えて説明はしない。
モカの赤い瞳の能力は自分の能力を相手に遠隔で移すというものだった。それだけではジェスの手を活性化させ、強くさせるのでは?という疑問が残る。
「おや?」
しかし次の瞬間、ジェスの手が崩れ始める。
血が出るでもなく、ただただ手としての形を失い、どんどん崩れていく。これがモカの狙い。天使細胞の活性化による、副作用だ。
一時的に天使細胞を活性化させる能力は細胞そのものにとてつもない負担がかかる。だからモカはある程度の休憩をはさみつつ、使っているのだ。
両拳を交互に叩きこんでいたのも片方の手を休憩させる時間を作るためである。
もし、休憩せず、永遠に天使細胞が活性化したら、細胞の形が崩れ、静かに壊れていく。
「これであなたの手も使えませんね」
ジェスの能力は常時開放しているわけではない。ジェス自身のあやつるという意思で発動するものだ。よって攻撃そのものを認識できなかった場合は意味がない。
今のこの瞳による能力のテレポートは有形的ではないため、ジェスはそれを認識することができなかった。まだこの能力がモカにあると分かっていれば対策できたかもしれないが、ジェスに対してすら秘密だった能力はジェスの手を蝕んでいく。
「終わりです」
羽を広げ、加速する。
先ほどと同じ突進かと思いきや、モカの全身が光り輝いている。拳だけではなく、全身の天使細胞を活性化させているのだ。
そのはやさは同じ天使といえでジェスにも見る事が出来ない。
認識出来ない攻撃はジェスも無力化できず、その拳を体に思いっきり受けた。かなりの距離を吹き飛び、近くにあった柱のオブジェクトにぶつかり、ようやくその勢いを止めた。
「確実に・・・当たりましたね」
モカは拳を開き、全身の活性化を止める。
止めた瞬間、急激な疲労を感じ、膝をついた。肩で息をする。
「私・・・1人では計画を成功させることは出来ませんし・・・この計画は一度中断ですね・・・」
モカがなんとか息を整え、立ちあがる。
天使化をとき、ジェスが行っていた計画を中止しようと考えていたのだが。
「その必要はないよ」
静かで凛とした声が響く。
モカは思わず振り返った。
(今の声は・・・!)
疲弊している体を無理やり起こし、天使化する。
これだけでかなり天使細胞に負荷がかかっているが気にしている場合ではない。あの声は。聞き間違いでなければ・・・。
その考えは的中していた。先ほどぶつかることによる土煙を起こしていた柱のオブジェクト。その近くに元気そうに立っている天使の姿があった。
「ジェス・・・!」
「さすがに驚いたよ。僕の手が崩れるとは思わなかった。その綺麗な瞳はそのためにあったんだねえ」
天使には1人につき1能力。
しかしモカのその目は元々あったものではなく、他の天使から移植されたものだった。だからこそ驚いたものの、ジェスはその目の能力を把握していたのだ。
「その能力知ってるよ。確か戦いによって瀕死に追い込まれた天使が君に託したものだよね」
ジェスは全天使の統括。
ほとんど全ての天使の能力を把握している。
すでにジェスの手は元に戻っていた。
「もし、それを防げたとしても私の拳は防げなかったはず・・・!なぜ・・・!」
ジェスが認識できないほどの速さの拳。
手で受け止められなかったはずだ。それでは能力を発動できないため、無傷でいることなんか確実に不可能なはずである。
「うーん、君のさっきの仮説、面白いけど惜しいよ。君がその瞳を隠していたように僕も君たちに隠していたのさ。まるで手を使ってでしか能力を発動できないかのように見せかけてね」
ミスリードを誘うため。
そのためだけに普段からそこまで不便なことをしていたらしい。モカも瞳の色がバレないように普段から目を閉じているのも相当ではあるが。
「最後だし、どうせ言っても君にはどうすることも出来ないから言うけどさ」
ジェスはにこりと笑う。
「能力の発動は僕の体に触れた時点だ。手じゃない、僕の体全てどこでも発動することが可能なのさ」
そのセリフにモカは目を見開く。
それでは・・・無敵と同じではないか、と。
そんな攻撃も体に触れることによって行われる。モカの拳も相手にぶつけなければ意味がないし、遠距離攻撃だとしてもその攻撃が体に触れることによってダメージを与える。
ある意味毒だって飲み込んだ時点で体のどこかに触れているはずだ。
無敵。
どんな攻撃も受け付ける、無敵の体。
まず、拳で攻撃するモカには勝てないだろう相手だった。
「攻撃を認識しなきゃいけないけれど・・・それって要するに常に能力を発動してればいいだけだし、問題はないよね」
ジェスは大きく手を広げる。
「ということで君の攻撃は僕に通用しないんだけど、君の全てをもう見てしまったわけだし、このままにするのはつまらない。だから君もアンジェと同じくここでさよならだ。安心してよ、計画は必ず叶えて見せるからさ」
と、ここで何かに気付いたのかそうだそうだ、とジェスは言った。
「さっきの解答、なんで邪魔な継承者を殺さなかったのってことだけどさ、つまんないじゃん。僕は計画を叶える目的を達成するまでの過程も楽しみたいんだ。もし、それが原因で計画が叶えられなかったとしても僕は笑顔でそれを受け入れるよ」
計画を叶えてもジェスは喜び。
もし叶えられなくても、自分の計画を阻止した相手がいたことに喜ぶ。
この戦い、ジェスに負けはない。
「それにしてもさすがの僕も疲れたよ。明日からやろうと思ってた侵略も少しお預けかな。冥土の土産も渡したし、それじゃあね、モカ」
子供のような無邪気な笑顔を見せた。
○
「ランドバハドか・・・」
地球。
そこは森のような場所であり、木々が生い茂っている。街から少しだけ外れた場所だ。
錬金術師はそこにいた。初めて志野野辺たちと話し合ったときからすでにもう3か月近くが経過している。この森も志野野辺たちを強くするために選んだ場所だった。
1か月前からランドバハトに異変が起こったとの報告を受けていたのだが、まだ現実の被害はなかった。だからこそ、修行中心に行っていたのだが、とうとう敵が動き出したらしい。
「敵は天使か?」
錬金術師はトランシーバーのようなもので話している。機械的なアイテムだが、中身は魔法など様々な能力が絡み合う複雑なアイテム。異世界とも交信できる代物だった。
「天使じゃない・・・?では一体・・・・!・・・・・胴体に正の文字のあるロボット・・・。了解。今直ぐそちらへ向かおう」
トランシーバーの電源を切る。
錬金術師は上を見た。
「死霊使い、いるんだろ」
「うん、まあね」
誰もいないかに見えた上からは少年のような容貌をした死霊使いが降りてくる。ネクロマンサー。霊をあやつる能力者だ。
「ランドバハド・・・お前の故郷だろ?」
「うん、でもそこはどうでもいいよ。僕たちはどっちみち計画を達成しなきゃいけないんだから」
死霊使いは笑う。
故郷だから救いたいとかそんな気持ちは少しもないのだ。
「今から俺たちでランドバハドに向かおう」
「あの子たちはどうするのさ?」
「教えられる事は全て教えた。後は教えたことを毎日こなせばいい。だから俺たちが多少離れたとしても大丈夫だろう。・・・・・移動のために真苗未央のテレポートを使うが大丈夫そうか?」
「うーん・・・天使細胞率90%いくかいかないかぐらいかな。恐らく、異世界にテレポートを一回する程度じゃどうにもならないよ。それに、ここで躊躇ってたら本当にいずれ世界中の人達が死んだも同然になってしまう」
厳しいがそれしかない。
真苗未央を呼ぶ事、志野野辺たちに説明することを全て死霊使いに任せ、錬金術師はトランシーバーを握りしめる。またランドバハドにかけて状況を確認し、どこにテレポートすればいいのかをはっきりさせるのだ。
「少年・・・お前は今、どこで何をしているんだ」
誰に言ったでもないその言葉は静かに空中で霧散していった。
サブタイトルがとうとう造語みたいになってきました。
このまま最後まであまり間をあけず、書いていけたらと思います。
ではまた次回。