母達の乞う願い
広いリビング。
テーブルの両サイドに大きめのソファ。
その片側に、成人女性が二人。
テーブルを挟んで向かい側のソファには、まだあどけなさの残る少年と少女。
「ごめん、母さん。全く理解できない」
少年が頭を抱えながら正面向かいに座る女性……母親に言う。
「えー。言った通りなんだけどなぁ」
「よし、もう一回、順を追って最初から確認しながら聞こうか」
少年が提案する。
「わかったわ。まず、お母さんたちは、恋人同士なの」
母親が答える。
「いや、だからもう、そこから理解んないんだって」
「なんでよ」
「母さんたち、二人とも女だよね?」
「そうよ」
隣に座るもう一人の女性もうんうん、と頷いている。
「それで恋人同士って、おかしいだろ?」
「むぅ。DEIが理解されていない! 今の時代、多様性、公平性、包括性が重視される時代なのよ? 性別や年齢、出自、そんなものに囚われる時代じゃないの」
DEIって何? と、少年は一瞬思うが、母の言葉からおおよその概念を理解する。
概念は理解できても、母の言う事は相変わらず理解不能。
ただ、これを認めない事には、話が先に進まない。
「……とりあえず、それはヨシとして、で?」
「わたし達、愛し合ってるから、もっと一緒に居たいの。だからこの家で一緒に暮らしたいのよ」
「同棲したい、ってことだよな」
「そうそう、同棲、同棲。どうせなら、同棲。なんちゃって」
母親のこのノリにさらに頭を痛める少年。
「だから、あなた達にも迷惑かける事になるんだけど、お願い、ね」
母同士が同棲することになれば、その子供達も一緒に住む事になる。
「一緒に住めば家賃とか生活費とか諸々節約できて、あなたたちのお小遣いもアップできるかもよ?」
「そこも色々と突っ込みたいトコがあるけどさ。さっき、それ以上に訳のわかんないこと言ってなかったか?」
「うんうん。そっちが本当のお願い。あなたち二人、結婚して、わたし達の孫を作って欲しいの」
少年も少女も絶句するしかない。
しばらくの沈黙の後、ずっと黙り込んでいた少女が口を開く。
「お母さん、理由を話してくれる?」
「おぃ」
理由など聞くまでもない、と言いたげに少年が少女を睨む。
しかし少女は「お母さんに聞いてるの。貴方は黙ってて」そう言って少年を遮る。
少女の母親が語る。
「私達、いくら愛し合っても子供を設ける事ができないのよ。それに今の日本の制度上、女性同士での結婚も難しい。でも、あなた達が結婚して、子供が出来れば、私達は本当の家族になれる……私達が愛し合った証を、残せるのよ……」
「だから、お願い」
母二人、ソファから立ち上がり、少年と少女のソファの脇に土下座をし、声を合わせて訴える。
「結婚して、わたし達の孫を作って!」