夜闇の告死天使
夜はアンヘリカのものだった。月の光さえ届かぬ深い闇に溶け込み、彼女は息を潜める。心臓の鼓動すら消し去る隠密魔法は、彼女を幽鬼のように街の裏路地に溶かした。王家の汚れ仕事を担う暗殺者として鍛えられた技術は、完璧だった。だが、彼女の心はすでに別の飢えに支配されていた。
アンヘリカの刃は、もはや王の敵にのみ向けられるものではなかった。彼女の内なる獣は、純粋で無垢なものを欲した。子どもたちの叫び声、恐怖に歪む小さな顔、それが彼女の魂を満たす唯一の蜜だった。
最初の犠牲者
その夜、首都の貧民窟に住む少年が消えた。名はトム、10歳。みすぼらしい毛布にくるまり、路地裏の木箱で眠っていた少年は、アンヘリカの影に気づかなかった。彼女は音もなく近づき、少年の口を布で塞いだ。目を見開くトムの瞳に、彼女の冷たい微笑が映る。
「静かに、ね」アンヘリカの声は、まるで子守唄のようだった。だが、その手は容赦なかった。彼女は少年を廃墟の地下室に連れ込み、錆びた鎖で縛り上げた。薄暗い燭台の光が、彼女の銀色の短剣に揺れる。
少年の怯えた息遣いが、湿った石壁に反響する。アンヘリカはゆっくりと短剣を少年の頬に滑らせた。冷たい刃が皮膚をかすめ、血が一筋流れ落ちる。トムの小さな体が震え、喉からくぐもった嗚咽が漏れた。
「怖いかい?」彼女は囁いた。「怖がるのはいい。恐怖は君を美しくするよ。」
彼女は時間をかけた。急ぐ理由はなかった。少年の指を一本ずつ折り、骨の砕ける音を味わった。トムの叫びは、地下室の厚い壁に吸い込まれ、外には届かない。アンヘリカの目は、恍惚に濡れていた。少年の命が消える瞬間、彼女は初めて完全な充足感を覚えた。
堕ちゆく魂
アンヘリカの同僚たちは、彼女の変化に気づいていた。かつては冷徹で完璧な暗殺者だった女が、夜ごとに姿を消し、翌朝には血の匂いをまとって戻る。彼女の瞳には、任務を超えた狂気が宿っていた。
「アンヘリカ、あまり深入りするな」年長の暗殺者ガレンが警告した。「王家の仕事は汚いが、限度を超えると誰も守ってくれないぞ。」
彼女は微笑んだだけだった。「心配いらないよ、ガレン。私はただ、夜を楽しんでいるだけ。」
だが、彼女の「楽しみ」は止まらなかった。犠牲者は増え、首都の貧民窟から子どもたちが消え続けた。親たちの慟哭が街に響き、闇の中で囁かれる「チャイルドキラー」の名が広がった。10人目の犠牲者が発見されたとき、王家はついに動いた。
「アンヘリカを粛清しろ。」命令は冷たく、明確だった。
夜闇の逃走
同僚たちはアンヘリカを追った。ガレンを含む五人の暗殺者が、彼女の隠れ家を包囲した。だが、アンヘリカはすでにそこにはいなかった。彼女の隠密魔法は、まるで夜そのものと一体化するかのようだった。追手が踏み込んだ瞬間、彼女は闇に溶け、姿を消した。
「くそっ、どこだ!?」ガレンが叫んだが、返事は風の音だけだった。
アンヘリカは首都を離れ、国境地帯の猥雑な街に身を隠した。そこは無法者や流れ者が集まる混沌の坩堝だった。誰も彼女の過去を問わず、誰も彼女の血に塗れた手を気にしなかった。だが、彼女の飢えは収まるどころか、ますます激しく燃え上がった。
悪魔
新しい街で、アンヘリカは再び狩りを始めた。最初の犠牲者は、市場でパンを盗もうとした少女だった。名はリナ、8歳。細い腕と汚れた髪の少女は、アンヘリカの目に完璧な獲物だった。
彼女は少女を路地裏に誘い込み、優しい声で囁いた。「お腹空いてるんだろ? 私についておいで。いいものあげるよ。」
リナが疑う間もなく、アンヘリカは少女の手を握り、廃墟の倉庫へと連れ込んだ。そこは彼女の新しい「聖域」だった。錆びた鉄の匂いと、湿った土の臭いが漂う場所。少女を縛り上げ、アンヘリカは再び刃を手に取った。
リナの目は恐怖で濡れていた。彼女は叫ぼうとしたが、アンヘリカの手が素早く口を塞いだ。「叫んでも無駄だよ。誰も来ない。」
アンヘリカは少女の小さな体に刃を這わせた。皮膚を浅く切り、血が滴るのを見ながら、彼女はリナの怯えた瞳を見つめた。少女の震える息、喉から漏れる嗚咽、すべてが彼女の心を満たした。ゆっくりと、彼女は少女の腕に刃を深く突き立てた。リナの体が痙攣し、命が消えていく。倉庫の闇に、少女の最後の息が溶けた。
歴史に刻まれた名
アンヘリカの名は、恐怖の代名詞となった。国境地帯の街から街へと彼女の噂は広がり、「チャイルドキラー」の伝説は闇に生き続けた。追手は幾度も彼女を追い詰めたが、誰も彼女を捕らえることはできなかった。彼女の隠密魔法は、まるで夜の神に祝福されたかのようだった。
彼女は子どもたちを狩り続けた。10人、20人、30人。犠牲者の数は増え、彼女の心はさらに深く闇に沈んだ。だが、彼女は決して満たされることはなかった。殺戮のたびに、彼女の内なる獣は新たな血を求め、彼女を次の獲物へと駆り立てた。
ある夜、アンヘリカは丘の上で立ち止まり、遠くの街の灯を見つめた。彼女の手には、血に濡れた短剣があった。風が彼女の髪を揺らし、彼女は静かに笑った。
「夜は私のものだ」と彼女は囁いた。「そして、子どもたちの魂も。」
彼女の名は歴史に刻まれた。恐れられ、呪われながらも、決して忘れられることのない殺人鬼として。