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旅立ち ~もうひとりの冴子の物語~

作者: しまうまかえで

これは……ファンタジーの世界に行く事ができなかった“もう一人の”冴子さんの悲しい物語です。



不定期更新ゆえ、1話完結物にしております<m(__)m>

イラストはタバコを咥えたまま思わず涙する冴子さん。


挿絵(By みてみん)




 昨夜、強い雨に叩かれていた応接室の窓からは朝の陽ざしが燦燦と差し込んでいる。


 そう、確かに……雨は激しく窓を叩いていた。

 まるでそれに押されるかの様に

 私は社長を抱いた。

 考えてみれば……

 人と肌を合わせたのは

 あかりと愛を確認した“あの時”以来だ。


 (すぐる)さんには何度も()()()

 戯れの冗談にしてじゃれ付きもしたけれど……

 キス止まり。

 でも、それで良かったのだ。

 だからこそ!

 他の男と寝ると言う“不実”で……

 私が英さんの電話番号を着拒にした様に

 私の事を英さんに“着拒”させる事ができる。


 私の事を……今も逞しい両腕で包んでくれている社長……


 彼の……「俺なら何の躊躇いもなくお前を守れる!」との言葉に……嘘は微塵もないのだろう。


 実際私は……“お仕事”の時とはまったく違って……燃えるカラダに“社長”を何度も何度も受け入れた。

 彼が私に与えてくれる“掛値の無い愛”を貪り尽くした。

 そんな私はなんと業の深い女なのだろう!!

 その熱い鋼の様な愛を

 ただ、あかりを産む為だけに!!

 利用したのだ!

 頭の中に

 英さんの顔を思い浮かべながら……

 そして今も

 私を愛してくれる社長の腕の中に居ながら……

 英さんの家業の……和菓子のお仕事にお役立てできない事を無念に思っている。

「もしかしたら私は和菓子を作る事ができたのかもしれない」と……


 この言葉が頭に浮かんだ時、

 私はザワザワと鳥肌立った。


 そうなんだ!

 私はそんな繊細な事ができる人間では無かった筈なのに!!


 ジグソーパズルのピースがはまる様に、()()()()重い鍵をカチリ!と回せた様に……

 今、私は気が付けた!


 この“力”はあかりから受け継いだのだ!!


 あの……たった一度だけのあかりとの夜伽で彼女は自分について語ってくれた。

「私は代々続く“家”を存続させる為に……他人のあらゆる能力を喰らう夜叉の責を負わされたのだ」と

 あかりの……その優し過ぎる気質は……自分に関わって来る他人を犠牲にしてその能力を自らに取り込んでしまう“(ごう)”を持つ自分自身を許す事ができず、自死を選ばせた。


 あかりが身を投げる前日、

 彼女と私は一つになった。

 だってあかりはもう一人の私

 私はもう一人のあかりなのだから……

 彼女の“力”と“業”は

 私に引き継がれたのだ!


 だったら!!


 私の歩く道はただ一つ!!


 私こそが夜叉となって!!

 この世の中で

 生き続けてやる!

 “津島家”と言う大木が永久に生き永らえる為に必要とする能力を

 他人から全て食らい尽くしてみせる!!

 そうして

 私と言うフィルターを通し

 業を全て洗い流した上で

 得られた能力を託して

 あかりを産めば……

 あかりは苦しむ事無く、津島家に対しての責を果たす事ができる。

 その時こそ!

 私は幼いあかりの手を引いて津島のお家へ帰り

 彼女を在るべき所へ戻してあげられる。


 そしてこれは私自身の贖罪の旅でもある。


 男を抱き、その能力を我が身へ取り込む度に

 私は……風俗嬢だった私に最も相応しいやり方で

 愛する英さんから一歩ずつ身を引く事ができる。

 この世で愛する唯一人への罪を重ねると言う断腸の思いが

 せめてもの私の贖罪となる。


 だから私は……私を愛してくれる人の傍には絶対に居てはいけない!!


 ありがとう社長……


 あなたの“能力”もあかりに受け継がれるよ。


 でも安心して!

 私はすぐあなたから離れるから

 あなたを“食い殺す”事は無い。


「もしも」なんて言葉を“鬼である私”が使うのは、とんだお笑い草だけど……

 あかりにも英さんにも出会わなかったら……

 私はあなたを好きになっていたのかもしれないね。


 スヤスヤと子供の様に寝ている社長……

 そんな深い眠りに落としてあげているのも

 私の能力なのかもしれない。

 だったらどうか

 私があなたの腕を逃れて

 旅立つまで

 眠っていて欲しい。



 そうやって

 裸のままソファーの上から抜け出した私は

 色んな“後始末”をして

 それらを真っ黒いゴミ袋へ封じ込めた上で、大判の一般ゴミ袋の中身に混ぜ込んだ。


 それから

 ケミカルジーンズに白いシャツを羽織り、ポケットからタバコを出して火を点ける。


 咥えタバコで歩き回って『佐藤冴子』の名刺や『まろやか音(まろやかね)』の商材でキャリーバッグをパンパンにする。


 最後に


『新規開拓へ出ます。完全歩合で構いませんから成功報酬を下さい』


 とのメモを残し会社を出た。


 表通りでタクシーを拾い、二つ向うの駅名を告げる。


 差し当ってどこかの街のホテルでシャワーを浴び旅立ちの準備をしよう!


 目指すのは未開拓の西日本!


 これから“つるべ落とし”の秋がやって来るのだから

 急がねば!!







代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後 煙草のけむり ②』の中盤から話は分岐して、賭けに勝った社長の言葉に乗っかって冴子さんは社長に抱かれます。 その翌朝がこの物語となります。

元のお話はこちら

https://ncode.syosetu.com/n4895hg/22


どうしてこんなお話を書いたのかは今日の割烹で書かせていただきます。



ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!

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 強く意志を持って旅立つ主人公を見ていると、女って信念の為に強かに変わる事ができる生き物だよねって思いました。  オリジナルとなる作品はとても長くて、読むのに何ヵ月もかかりそうだったので、取り敢えずこ…
幸せをつかんだ冴ちゃんの姿が鮮烈だった分、痛みや哀しさを感じる部分はあるけれど、彼女らしい強さを携えた新たな旅路に何があるのか、凄く楽しみです。 或る意味、スピンオフと言う感じでしょうか? 楓さんの…
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