情
山川は病室を出て、前を歩く高木を追いかけた。
「高木さん、三浦孝士に自首させるんですか」
「ああ、三浦孝士は、あの時、そのつもりで署に行ったわけだからな」
「でも、せっかく俺たちが三浦孝士が犯人だと突き止めたのに、もったいないですよ」
「俺たちがだと」
高木が振り返り、山川を睨み付けた。
「いえ、高木さんがです」
山川は肩をすぼめた。けど、受付で倒れた男が三浦孝士だと気づいたのは自分なのにと思った。
「せっかく高木さんが犯人が三浦孝士だと突き止めたのに、自首させたら、俺たちの、いや高木さんのこれまでの苦労が署長にわかってもらえないじゃないですか。これまでの苦労が水の泡ですよ」
「俺たちのこれまでの捜査の苦労なんて、三浦孝士と佐山向日葵の苦労に比べたら屁みたいなもんだ」
高木が並んで歩く山川を横目で見た。
「そうですか。高木さんがそう言うなら、それでいいんですけど」
山川は、ここで三浦孝士を逮捕したら、署での高木の株も上がるのに、もったいないなと思った。
「だから、すぐに署に電話しろ。三浦孝士が自首したいと言ってるとな」
「俺たちは三浦孝士についてなくていいんですか」
「三浦孝士は逃亡の心配もない」
「まっ、そうですけど。一応、三浦孝士が逮捕されるところを確認した方がいいんじゃないですかね」
「お前がそう思うなら、お前だけここに残っててもいいぞ。わしは遠慮しておく」
「俺も高木さんといっしょに行きますけど、高木さん、どうしたんですか」
「わしは、三浦孝士が逮捕されるところを見るのが辛いだけだ」
高木はそう言って、足を早めた。
山川はこの人にも人間の血が流れてるんだなと高木の横顔をじっと見た。