丘の上の共闘1
そよ風に交じる煤のニオイ。眼下の教会でパンでも焼いているのだろう。お、子どもたちが出てきた。修道女が追いかけている。塀の中とはいえ笑顔があるのは良い事だ。
3日前の日没前、小高い丘の上に出現した俺は雨の中で考えた。筒状の砲身は木製で竹の箍がはめ込まれており、口径は12センチメートル。二脚のように伸びた脚と砲身を支える支柱についた底盤が、三脚のように固まっていて移動はできない。初めは「鹿威し」かと思ったが……俺はおそらく迫撃砲だ。砲身は上下にわずかに動かせ、水平方向に360度回転することもできる。脚の下に円形の台座があるようだ。砲弾は装填されていない。周囲に砲弾と言えるようなモノは無い。シトシト降るしゅう雨は1日中続いた。誰も近くにいない。考える時間だけがあった。
2日前。雨があがり朝日が見えた。どうやら教会は俺の東にあるようだ。台座を回し、街と街を囲うように広がる木々そして森の向こうの山脈を視認した。俺のいる丘はカルデラのような「くぼ地」に見える。何度か噴火したのか地形を変えるような何かがあったのか。
眼下の街は1キロメートル四方で、東にのみカルデラの外へ繋がる道が見えている。ん? 子どもが1人こっちに走ってきた。獣道のように雑草の生えない小道が街から俺の近くまで、ぐるっと回り込むように続いていて。
「はぁ、はぁ……何これ? ぁ」
茶毛の獣耳に尻尾、貫頭衣の猫の女の子。俺に気づき一瞬身構えたが、俺の横から街に向け立つ手には角笛を持ち、ラッパのように吹こうとするがプヒ~と気の抜けた音しか出ていない。頬を膨らませ、尻尾をピンと伸ばしている様は可愛らしい。音が出ないのは肺活量だろうか。よく見れば細い手足は十分な栄養を取っていないようだ。
「……出にゃぃ」
目に涙をため、音が出ないと吐露するが俺には何もできない。諦めてしまうかと思ったが、彼女はもう一度ラッパを口に当て思い切り吹いた。
プゥ―! プ―!
吹いた本人がビックリしている。案外、一度音が出るようになると2回目は簡単なのだろうか。コツをつかんだ彼女はしばらく音を出しまくっていた。飽きないのか? と思っていると街の方から「おーい! もういいぞー! もどってこーい!」と呼ばれていた。
女の子が走り去ると、暇になってしまった。大きく息を吸っていた女の子のように動いてみても砲身がわずかに動くだけ。しかし笛を吹くようにグッと力んでみると砲身内部の撃針の先に何か温かいモノを感じた。何だろう、と力みを解くと温かさも消えてしまう。
ピロン
『砲弾の生成に失敗しました。
砲弾の種類が追加されました。榴弾 照明弾 発煙弾』
うぉっ!? 虚空に半透明のウインドウが現れた。砲弾の生成? 大きく息を吸って吐いただけだぞ? 撃針を意識して吹き込むと砲弾が生成できるのか。まぁ後で試そう。
3種類の砲弾が追加されたらしい。今しがた生成しようとしていた弾が何なのか分からんが。榴弾って何だっけ? と見ていると、ウインドウの文字が変化した。
『榴弾が選択されました。換装まで30秒です。30……29……
着弾予測はマーカーで示されます』
ヒュンっと教会の壁に赤丸に十字のマーカーが現れた。着弾予測という文字から慌てて台座を回転させ、西の木々にマーカーを合わせる。危ない危ない……教会に榴弾をぶち込むところだった。榴弾ってどんな弾なんだろな?
『榴弾(HE弾、ザクロ弾): 爆発によって弾丸の破片が広範囲に飛散する砲弾』
マジでぶち込まなくて良かったぁ。発煙弾に変えておこう。
『発煙弾: 着弾地点で30秒間発煙し続ける非殺傷性砲弾』
『照明弾: 降下中に目標地域や目標物を照らし続けるパラシュート付き砲弾』
ついでに他の弾種も見てみた。説明だけでは分からない部分もあるが、照明弾も非殺傷性だろう。今夜試してみるか。換装に30秒は変わらずだった。
砲弾の生成は微調整可能なのか、を検証していく。暇だから。ゆ―――っくりと息を吐くように込めていくと、1分ほどで砲弾が生成された。換装すると生成された弾が消えた。撃たなきゃ変えられないというわけではないようで安心だ。次は思いきり息を吹き込むように込めてみる。結果は20秒ちょい。まずまずの結果ではないか? 早いのかは知らない。榴弾の爆発範囲も調べてないし――
『榴弾が選択されました。換装まで30秒――』
――わーっ! やめやめ! 発煙弾に換装!
『……発煙弾が選択されました。換装まで30秒です。30……29……
着弾予測はマーカーで示されます』
あぶねー。変えやすい反面、気をつけておかないとな。マーカーは赤っと。
装填と換装くらいしかやることが無いので反復してはウインドウの文字を読み飛ばしていく。過呼吸で苦しくなることも無し、5回10回と繰り返しても変化なし。昼まで繰り返したら何か変化があるだろうか。
『一定回数以上、装填を行いました。装填速度が上がります。
一定回数以上、換装を行いました。換装速度が上がります。』
太陽が南中を通過する頃、ウインドウの文字が変化した。速度が上がったらしい。微々たる差ではあるが繰り返すだけで上がるのだから簡単だ。暇なのだから繰り返そう。
朝に来た女の子がまた下から駆けてくる。コン、カチュン、キィィン、コン、カチュン、キィィンと装填と換装を繰り返す俺の横でラッパを吹いてすぐ、こちらを凝視し始めた。
「棒が動いてる!」
細かい所が動いているのだろうか。棒って何だ? と思ったら撃針周りに動きがあったようだ。
教会へ走り去る女の子を見送ると、少しして修道女の恰好をした老女を連れてきた。俺を見てギョっとしたのはなぜだろう。俺は西の山へ向いているし問題は無いはずだ。
「はぁ、ふぅ……まぁ! ノピ? これは今日見つけたの?」
「そう、朝来たらあった。動いて無かった」
「昨日のうちに設置されたのかしら? 触ってない? 触ってないなら不具合かもしれないし、ハンスに言っておくわね」
「朝言ったら寝るって言ってた」
「あの子は……私から言っとくわね。とりあえず戻りましょうか。今日はシチューよ?」
「しちゅー、すき」
女の子はノピというらしい。老女と手を繋いで戻っていく。俺の装填と換装を見て不具合って言われた……。バグってるみたいに同じ動作を繰り返してるけども。鳥が空を飛んでいる。ぁぁ、焼き鳥食べたい。
1日前。朝までに1段階、装填速度と換装速度が上がった。女の子のラッパが終わると、俺の砲身に触れてきた。フェザータッチで頼む。底盤に足をかけて砲身に跨り、スリスリと前に動いていく。
グググ、トン と鹿威しのように砲身を傾け女の子を下ろすと、なぜかキラッキラな笑顔でこちらを向いた。仕方ないので遊具になってやろう……。
楽しそうに遊んでいる子がいて、楽しそうな声が聞こえたらどうなるか。子どもが増える。
壊れるパーツは無さそうだが、土を被せてきたり水かけられたリ大変だった。発煙弾を撃たなかった自分をほめたい。この日は暇でも静かに休むことにする。精神的に疲れた。
そして今日。煤のニオイと子どもたちのはしゃぐ声。ノピはラッパを失敗していた。まぁそういう日もあるだろう。プゥ―……プピ――! とけたたましい音が街に響いていく。俺にうちかかるように座り、ラッパをくわえながらため息をつくとプヒィ~と半端な音が出ている。音を安定して出せると楽しくなるのかもしれない。
昼。一瞬、日当たりの良い俺が影に入った。街の西側から中心部にかけての上空を大きな物体が旋回しているようだ。鳥にしては大きい。羽とは別に腕が生えている気がするが、異世界では普通なのだろうか? と考えていると街の大人たちが上空を指差して騒ぎ出した。どうやら普通ではないらしい。
ちょっと首の長い鳥は滞空し両腕を街に向けると、火球が出現した、と同時に赤いマーカーが鳥に合う。……狙えるっぽい。大人たちも上空に腕を突き出し、水球を出現させている。マーカーが徐々に小さくなり、点にまで小さくなった。撃てば当たるほど絞れたって事だろう。
とりあえず撃ってみた。
パスンと乾いた音が響き、発煙弾が放物線を描いて飛んでいく。気の抜けた音だ。鳥の放った火球と街の大人たちの放つ水球が空中でぶつかり、直後街の数カ所で小さな破裂音がした。うわ、住民は大丈夫だろうか。
鳥が再度火球を出現させたところで発煙弾が着弾。煙から出てきた鳥が街に落ちていく。一応榴弾を装填しておこう。
街の大人の支援という形。共闘と言えるか分かりませんが、まぁ支援砲撃くらいしか現時点ではできないので、こういう形になりました。