始まりのビューグル
カタカナ語をすべて理解されなくとも問題ないように書いていきます。
青々とした空。小さな雲が風に流されていく。形が変わらないのは風が強くないからか。そよ風が丘陵の草花を揺らす音に甲高い鳴き声が交じった。セキレイに似た白と黒の模様の鳥が飛んでいる。いつも通り俺を止まり木代わりに使うつもりだろうか。
誰も近寄る者のいない砲郭。射界は限定され、回転機構も無ければ込められた魔力も無い。戦争の遺物。上陸戦の際、占領し合う者たちに無下に扱われた消耗品であり、幾多の回路が摩耗したために今では射撃すら困難だ。まぁ、1発くらいなら撃てるかもしれないが。
石畳を踏みしめる軍靴の音が聞こえてきた。戦争は終わっていなかったか、と振り返られない後方に意識を追向けていると鋼鉄の扉が蹴り開けられ、数名の老人が入ってくる。退役軍人だろうか。白髪にしわがれた顔、手には花と酒、肴が少し……軍服を着崩してるし酒盛りでも始めるつもりか?
「ぉーぉー、まーだ残っとった残っとった。雨風に晒されて錆びついとるの」
「ここを取られてすぐに終わりましたからね。座る場所を確保しましょう」
「その辺に座ればいいだろ? 作法なんぞ知らねぇんだから」
「まったく……そういう事だからモテないんですよ」
「うっせ、妻だけでいいんだよ」
悪態をつきながら花と酒、肴を俺の下に供え、老人たちは同じペンダントを握り込み小声で何かつぶやいた。同じ文言のようだが聞き取れなかった。
しばらくして老人たちは供えた酒と肴を消費し始めた。故人に手向けた後は、皆でワイワイ飲み食いするようだ。
「んー? こりゃぁ……おーい、コイツを見てくれ!」
「何だ? こんなのを残していったのか……」
俺の台座部分に刻まれた跡を皆で見て、老人たちの顔つきが変わっていく。老人の一人が台座に触れ操作し俺を動かそうとするが、錆びついた回路は鈍い音を立てただけで動かなかった。錆びつきもあるけれども、台座の回路に魔力を通せるのは――
「おぉ、おめぇも思ってくれてるのか?」
「……」
「コイツを撃てる魔力があれば、は……たらればだな」
「だな」
肴のカスがついた手でペチペチ叩いてくるジイさんを白い目で見ながら、動けない自身に嘆息した。
戦略兵器。滅竜兵器。平たく言えばカノン砲を改造し、圧縮した魔力を撃ち出す燃費の悪い単発兵器。消費魔力が大きい分、敵前線を1撃で崩壊させるマップ兵器だ。
「ん? 誰かコイツに魔力込めたか?」
「全員で込めても撃てんじゃろうに……おん? 俺たちじゃないな?」
台座の直上に配置された正八面体の俺を調べる老人たちは、ピリついた雰囲気を醸し出していたが台座をいじって「これで撃てんじゃろ」と帰っていった。よっと。
グググ……カコン ギギギ……グココ、コ、コ
うーむ。いじられた部分を戻して、ついでに摩耗した回路を迂回して繋ごうとしたが、詰まってしまった。溜めた魔力を放出するには台座の回路を繋げなければならない。自力で台座を動かすと魔力を消費してしまうので、あまり試行回数を増やせないな……幸い、今しがた動かした事で空気中の魔力を吸引できるようになった。台座のパターンを記録して、しばらくは蓄積に専念しないとな。充填完了まで……うぇ、40時間もかかるのか。――あの子は、また来てくれたりしないかな~。
「……きちゃった」
前回来てくれたのは何年前だったか。成長した彼女は、もはや小さな猫ではなく少しおっとりした妙齢の女性だった。髪にも服にも頓着しなかった子が、身なりを気にしながら台座に近づいて来るなんてな。
台座の周りを片付けて砲塔に手を当てた彼女は、風を纏っている。出会った頃はダウンバーストかという突風を撒き散らす問題児だったが、優しい風を扱えるようになった。魔力総量も俺に合わせて爆上がりして今では欠乏する事など無いだろう。
「ここは、入ってないみたい? ……うぃしょっと」
独特な掛け声。小さい頃は「うぃにょっ」と可愛らしかった。今でも可愛らしいけれども、この世界にギャップ萌えという概念があるのか疑問だ。狭い砲塔内へ滑り込む彼女は獣人特有の耳や尻尾をうまく動かし、張り巡らされた回路の隙間を抜けていく。猫は頭さえ通れば体を通すことができるというのは本当らしい。
もう目を瞑っていても移動できるくらいは往復している彼女は、砲塔最下部の定位置――弾薬庫へ辿り着いた。どこかで引っかかったのか服がはだけていたりするが気にしない。
「起きてる?」
「起きてるさ。おかえり」
「たらま」
俺の本体に話しかける彼女は、俺の返答に相好を崩した。尻尾を横に振るのは喜んでいる印。本体に浮かび上がる文様は俺の階級を示す徽章だ。星1つ――確か彼女といた時は今より小さな星3つの下に1本線だったな。
「星、変わった?」
「おう」
「……何かあった?」
「まぁ、ちょっとな」
「……話して」
「いや、言っても――」
「ダメ。話して」
「――分かったよ」
俺の本体に腰かけて「話して」と言う彼女。頑固な所は変わらんな。肉付きの良くなった彼女の尻に敷かれながらログと履歴を参照しつつ図説することにする。
いつぶりだろう。ルミルンダル包囲戦、ノデア侵攻、ルーフンリア防衛戦、第一次ゼニチの戦い……戦争ばっかしてんだよなぁ、異世界。だからこそ彼女のような子と出会ったわけだが。
「早、くっ!」
年頃の女の子が尻で催促するんじゃありません! 空間投影された半透明なウインドウを操作して説明を進めると、彼女の顏つきが変わっていく。髪が耳毛が尻尾が毛立つのを見上げながら、爪が伸びて俺の本体に届きそうなのでヒヤヒヤする。こういう所は猫なんだよな。爪! 爪立ってる! ちょぉ!