dead or Alive
私には弱点が一つだけある。
それをされると私は消滅してしまうのだ。
私の祖母も親戚のおじさんもそれをされた事で消滅してしまったのだ。
だから、それをされないよう、日頃から注意しなければならない。
私の愛する推しの為にも。
私には大好き、いや大好きなんて簡単な言葉では到底表せない、そう、この感情を表すにはまだ現代に存在しない言葉なのだと私的に思っている。
私の推しに初めて出会ったのは中学1年生の冬。
路上ライブでとてもキレイな顔立ちの彼が寒空の中弾き語りをしていた。
あまりにキレイな顔立ちに見とれていると、突然警官がやってきて彼の方に近づいていった。
「君ここ許可取ってる?ここはライブだめなんだよね、今すぐ退散してくれる?」
キレイな顔立ちの彼は一度無視をかました。
無視をされたことに腹を立てた警官は彼の持ち物を道路脇の水溜り付近に運び出した。
すると彼が突然鬼の形相で狂ったように歌いだした。
その曲はのちにミリオンセラーとなる私の一番お気に入りのキラーチューン、“dead or Alive”だ。
髪を振り乱し白目になりながら叫び歌う姿に私は一瞬で彼に心を奪われた。
それからは毎日のように彼が現れそうな場所を探し、彼のキレイな顔を拝み、彼の魂の歌を聴くのが私の日課となり、彼との出会いが私の人生を一変させた。
彼の震える歌声を聴いていると、嫌な事がすべて忘れられるほど、彼にはとてつもない力があったのだ。
そんな幸せなある日、彼がいつものように弾き語っていると一人のスーツ姿の男性に声をかけられているではないか。
名刺を受け取った彼は丁寧にお辞儀をし、小さくガッツポーズをしている。
見たことのない嬉しそうな表情だった。
そしてまた歌い始めるのだが、何故か丁寧な口調に変わっていた。
それからしばらく経ったある日、なんと私の推しがミュージックTVに出ていた。
驚きと嬉しさと少し遠い存在になってしまった彼が私の感情をめちゃくちゃにした。
TVの中の彼は少し緊張しているのか貧乏ゆすりが止まらない。
デビュー曲はもちろんあの“dead or Alive”だ。
彼はいつものように髪を振り乱し、白目になりながら更には自分の髪を引きちぎるパフォーマンスまでやってのけた。
その異様な彼に初見の人々はかなり引いた事だろう。
生まれて初めて梅干しを食べてあまりの酸っぱさに驚きながらもまた食べずにはいられないあの癖になる感覚、あれに似たような現象が街のあちこちで拡がり、またたく間に彼はトップミュージシャンにのし上がっていった。
歌番組では必ず見かけるようになったし、バラエティ番組や何故かワイドショーのコメンターにも抜擢され、とうとう梅干しのCMにも出ていた。
彼のとどまる事のない才能に私はますます彼の虜になっていた。
だが彼がデビューして2年が経とうとした頃突然、彼はTVから忽然と姿を消した。
ワイドショーでは彼は何か悪いことをして逮捕されたんじゃないかとか、ドラッグでおかしくなったとか、様々な憶測合戦で持ち切りになった。
それも1ヶ月もすれば話題すら出なくなり、彼の名曲“dead or Alive”はもうTVでは使われる事はなくなった。
私は毎日彼を探し、彼の存在を世の中が忘れないようにSNSで彼の話題を出し続けた。
どうして突然TVから消えたのか、そんな事はどうでもよかった。
彼が無事でいてくれたら、彼の才能が消えずにいてくれたらと毎日願っていた。
そしてようやく私は彼を見つける事ができた。
帽子を深く被り、髭を伸ばしていたが私にはすぐに彼だと気がついた。
後をつけて行くと彼はビニールとダンボールで作った小さな家に入っていった。
私は迷わず彼の家のダンボールをノックした。
中から出てきた彼は少しやつれていたが、やはり元々のキレイな顔立ちは帽子や髭では隠せないものがある。
「誰?オレに何の用?」
私が彼に才能を閉ざさないでほしい、もう一度魂の歌を聞かせて欲しいと熱く伝えた。
すると彼は、少し困った顔をして頭をかかえながら数分して、私にすべての事情を話してくれた。
彼がデビューするきっかけとなったスーツ姿のスカウトマンが、彼の全財産を管理していて、彼の人気に陰りが見えたタイミングで彼の有り金全部を持って海外に逃亡してしまったらしい。
信頼していただけにショックで落ち込みもう歌う気力がなくなったんだと彼は語った。
私はそんな事ぐらいで歌を捨てるなんて絶対にダメだと彼を必死に説得した。
すると彼はもう一つ、人前に出られない理由があるのだと話した。
恥ずかしそうに彼はそうっと帽子を脱いだ。
何と彼の髪の毛はあのパフォーマンスによって至る所がハゲていて、例えるならキレイな顔立ちの落ち武者のようだった。
気づけば私はそんな彼を抱きしめていた。
笑いながら大泣きした。
彼も一緒に泣きながら大笑いした。
それから彼はもう一度あの場所で歌う事を約束してくれた。
あの日と同じように彼は警官と揉めながら、少なくなった髪の毛を振り乱し、相変わらず白目になりながら魂の曲を歌った。
私の一番大好きな曲“dead or Alive”が始まった時、私の身体は自然に彼とオーバーラップしていた。
曲のラストに花壇から飛び降りるパフォーマンスを私も一緒に髪を振り乱しやって見せたその時、私はトラックに轢かれて呆気なく死んでしまった。
いや、正しくは身体は死んでしまったのだが、魂だけは残っているのだ。
どうしても彼を見ていたい。どうしても彼の歌を聴いていたい。その彼への熱い気持ちが今この状態を作り上げていた。
もちろん彼から私はもう見えないし、私の声も彼には届かない。
それでも彼の側にいられるのなら死んでいたって私には関係なかった。
それさえされなければ…。
彼は毎日私が轢かれて死んだ場所に花を添えていた。
有り難かったけど、そんなヒマがあるなら少しでも新しい曲を書いて欲しかった。
彼の才能は必ずもう一度世の中に拡めるべきだと考えていた。
だけど彼が作った新曲はなんと“dead or Alive” の続編だった。
私の中での“dead or Alive” は完結していて、正直なところ神聖な聖域を侵される、そんな感覚でいた。
路上ライブでいよいよその続編を彼が歌いだしたが、何故か彼が涙を流し半分以上何を言ってるのかわからなかった。
だけど曲の合間に彼が私の名前を叫び、そして最後まで歌いきった。
「♪君は僕の心でAlive〜いつまでも僕の側にいてよ〜deadな僕を救ってくれたぁ~angel♪」
これが彼が続編で付け加えた部分だった。
それからしばらくしてまた再び彼はTVの世界へ戻っていた。
戻ってはいたが、歌を歌うことはほとんどなく、バラエティやお笑い芸人のような仕事をしていた。
ある番組で心霊スポットへ彼と下っ端アイドルと霊媒師が訪れ、あえて怖さを出すようにありもしない現象を番組スタッフが仕掛けていた。
そして彼は3年前にこの場所で大切な人を亡くしたと語りだした。
そう、その場所はまさに私がトラックに轢かれて死んだ場所だった。
下っ端アイドルが声を震わせながら
「ここには霊がいます!とても悪い地縛霊が」そう話すと続けて霊媒師が「かなり強い霊力だからこれは大変よ」とまくしたてる。
すると彼が
「そうかもね、彼女はまだここにいるのかもしれない。彼女は僕の一番のファンだから」
下っ端アイドル「それってヤバくないですかぁ〜?死んでるのにファンでい続けるなんて、もう立派なストーカーじゃないですかぁ〜」
彼「はははっ、確かにストーカーかもしれない」
彼「だけど彼女なしでは今の僕はいなかった。彼女のおかげで僕はミュージシャンとして生き返ることができたんだから」
霊媒師「彼女の為にもちゃんとあの世へ送ってあげないといけませんね」
そう言って霊媒師は何かを唱えはじめた。
みるみるうちに私は空へと浮かび、そして消滅した。