続文官の邂逅
それからのジョンはマイペースに目の前の仕事を続けた。側妃にエヴァがなることが発表されると、卒業パーティーでの行動からジョンには下心のある子爵家や男爵家から婿入り話が舞い込んだが断った。順調に成果を上げ、先輩を飛び越して役職をもらうと、侯爵家からも声がかかったが断った。同性か、人妻か、顔も名前も聞かずに断るジョンの想い人を探ろうとする輩は少なからずいたが、異動の度に自然と部署が離れるので問題なかった。人間関係で問題を起こすこともなく、上司に可愛がられる優秀さ故に色々な部署を経験したジョンは一度隣国にまで派遣された。本人は『貧乏貴族は脱したけれど、爵位も継げない次男に何故こんなに見合いが来るのだろう。兄が金山でも見つけたのかな。』くらいの感覚ではあったが、独身恋人無しの外国帰りの文官など他にはおらず見合い戦争は過熱した。事情を知る宰相が不憫に思い、ジョンは次に南の領地へと向かわされた。失敗して僻地に飛ばされたと勘違いされ、ようやく見合いの波は収まった。
港町のみが発展するこの王領は以前の監督者が他国との貿易に力を入れすぎて、農地への援助を怠っていた。ジョンが早速監査に入ると役人による横領に賄賂まで発覚し、領民への信頼回復が急務となった。ますます仕事に集中する僅かな隙間に、公式の場でしか見ることが出来ない側妃のことを思い出していた。ますます美しくなる側妃は王妃の代役として大いに国に貢献し、王妃の復帰後も別分野に取り組んでいると聞く。一生独身か妻をもらうことになるのか、決まるのはあと数十年後のことだ。焦ることの無いジョンは目の前にある問題を片付け続けた。
あっという間に歳を重ね、ジョンの進言した農地改革により領民の生活は向上した。南を離れる時間が惜しいと王都への報告は部下に任せていたが、自ら出向く余裕も出来た。時折視察に訪れる陛下や宰相からはお褒めの言葉を頂いている。最近公務を欠席していると聞く側妃が心配だが温暖な王領で畑と家を買うくらいの金は出来たなと考えていた矢先、宰相から緊急の招集命令が下された。
執務室に入るとそこには宰相と陛下と王妃と青年から壮年に近づいた王妃の兄のウィンダム公爵、それにまだ学生の王太子がいた。護衛は一人もおらず皆が立っている。面々の厳しい表情に戸惑い、扉を開けたまま立っていると王太子に手を引かれ中に引きずり込まれる。
「久しいな、ジョン。南の発展は王都でもよく聞こえてくる。座って楽にしてくれ。」
陛下の言葉に音がするほどに首を振り、当たり前のように跪くと宰相の嫡男が隣に立った。
「陛下が座ってくださらないのに、どうして家臣が座ることができるとお考えですか。陛下や王妃が立っている以上、ジョンは跪かざるをえないのですよ。どうか、陛下たちがお座りください。」
どうやら味方をしてくれる嫡男に促され、渋々といった風に国王夫妻は椅子に腰掛けた。ジョンが少し膝を曲げてみせると、宰相と王太子もそれぞれに座る。嫡男が座ったところで、ようやくジョンが座り、国王が深く息を吐いた。
「お前に顔も見たくないと言われ姿を現さなかったが、お前の働きぶりは見ていた。よく国に尽くしてくれた。この男ならエヴァを妻にしても他から異論はないと確信した。」
「!!」
陛下の言葉に時が来たと感じ、目を合わせるとすっと逸らされる。宰相も同じく、これは雲行きが怪しい。すると扇をパチンと鳴らし、王妃が床に跪いた。
「エヴァを貴方の元に行かせることが出来なくなりました。数日経ったら、側妃の懐妊の知らせが国中に回ります。」
その言葉に体の力は抜け背もたれに体を預けると、嫡男がすかさずジョンを支えた。
「王妃、語弊がある。ジョン、子の父親は私ではない。弟だ。私はエヴァに手など出しておらん。」
先頃逝去された王弟と側妃の不貞の子、道理で側妃は公務を欠席されているのかと合点がいったと得心する様子に年配の宰相が怒鳴った。
「お前は頭が回りすぎる。お二人も言い方が悪い。よく聞け、側妃は妊娠しておらん。」
「はて、人は妊娠せずとも子を産めるのですか?それとも私の知らない側妃が他にいらっしゃるのですか?」
王家の人々の話す内容に首が傾いていき、ウィンダム公爵に優しく戻されるとついでに宥めるように背中を撫でられた。
「お言葉は正確にお願いします。宰相もです。」
ウィンダム公爵の厳しい言葉に陛下の背筋がピンと伸びた。
「申し訳ない。簡単に言えば死んだ弟が子爵令嬢を身篭らせて、その子供を私とエヴァの子として育てることになった。」
「私の子としようとしたら、エヴァは自分から申し出たのよ。丁度良いと。」
補足する王妃の言葉には頷ける。子が順調に成長し、王妃は精力的に公務にあたっていた。それに比例するように側妃は減らしていたのだ。月齢にもよるだろうが王妃が懐妊したというのは無理があるくらいに育っているのだろう。
「つまり子が出来たと発表するため、離縁はない。私がいくら待とうとも側妃様は王家を離れることはない、ということですね。」
学生時代によく見た彼女らしい行動だ。元より縁が無かったのだ。成人しても側妃と元貧乏貴族の次男では。良い夢を見させていただけた。
「あの子はジョンの元へ行く気だったのよ。」
王妃の絞り出すような言葉に周囲が重い空気に沈む中、一呼吸してから立ち上がると深々と頭を下げた。文官として思考が切り替わるのを感じながら、声を張り上げる。
「一介の文官相手に王家の秘密を話してどうされるおつもりですか?高位貴族は恐らく勘づくでしょう。お子の将来はどうされるのです。領地の分配はされるご予定ですか?宰相閣下が差配しておられるのであれば問題ないでしょうが、国家秘密をペラペラと喋られてはたまりません。せっかく南をより良く発展させる途中に、私を心労で倒れさせるのですか?陛下、王弟殿下のお子を引き取るおつもりならばこのような文官など気にする余裕は無いはずです。お気持ちを本人以外から二度聞かされるとは、私とは巡り会えぬ運命だったのです。今後このようなお話のためにお呼びいただくのは遠慮させていただきます。他にお話が無いようであれば、失礼させていただきます。」
無言を是と判断し部屋を出て、その後はせっかく王都まで来たのだからと仕事をした。後で考えれば無礼な口利きだが、腸が煮えくり返るほどの怒りを収めるには限界だった。以前は夢のような話だったが、今回は自分にとって悲劇であり現実だ。彼女の決意を踏みにじるような言い訳を繰り返されようと、決まったことは変わらない。であれば、それを明かさずに懐妊した話だけを聞きたかった。期待しないようにしていた希望への八つ当たりだったかもしれないと思い至ったのは、更に後のことである。
数年後、側妃として南を訪れた彼女はジョンを見ても表情一つ変えることは無かった。王家に嫁いだ者として当然の態度であり、自身が望んだ対応に仕事に集中した。側妃は何度も南を訪れ、優秀だった学生時代と変わりなく側妃として力を発揮していた。南には何度か王女殿下を同行させたが直ぐに側妃だけとなった。南に行くと決まると、体調が悪くなるそうだ。王女殿下は南を来訪する際に暑い、汗が出る、虫がいると騒ぐために領民との交流はしていない。側妃や侍女と上手くいっていないことも明らかだが、誰も指摘出来ないほどに悪化していた。しかしどの国にも一人はいる王家や上位貴族らしい家族関係であり、側妃の顔は憂う母そのものであった。
王女殿下が年頃になったある日、正規ルートで国王夫妻と宰相との面会となった。ウィンダム公爵はいないが護衛はいる、公式の場である。
「南を分領してエリーゼに与えることとなった。しかしあれはまともに領地の勉強をしたことがない。悪いが補佐官として、側にいて指揮をしてやってくれ。他の土地はこれまで通りに頼む。」
意訳すると今までと変わらずに動くことに加え、王女殿下の暴君振りを抑えろということだ。
「いかほどの、どの領地を王女殿下にお与えになるのか伺ってもよろしいでしょうか?ウィンダム領とは離れておりますが、どちらに住まわれることになるのでしょう?」
住まいとなるのは何処なのか?使用人の手配は誰がするのか、王女殿下が南に定住するとは思えないが、確実な情報を得ようとした。なんとも言えない顔をする国王夫妻と眉を寄せる宰相の返事を待っていると、護衛の騎士には呆れた顔をされた。
「ジョン、エリーゼ王女殿下の記事を知らないのか?」
宰相が咎めるように言うが、知っている。情報は大事である。新聞は各社読むのが習慣だ。
「あのような記事が出ても、政略結婚とは関係ないと思っております。」
真実の愛よりも力が必要なのが貴族の結婚だ。余程のことで無ければ、破棄も解消もない。
「エリーゼの婚約は解消となり、南に恋文の相手と共に住まわせる。侯爵嫡男の力量次第で領地の分配は考えることにする。男を見る限り、あまり期待は出来そうにない。他に質問は?」
「ございません。王女夫妻の居住先と、周辺の領地への根回しを考えます。」
深く頭を下げると、これみよがしに王妃がため息をついた。
「側妃のことは気にならないの?」
王女殿下と側妃は別である。子の不始末があろうが、これまでの仕事を鑑みれば王家に残ることが当然だと文官の立場から瞬時に判断していた。
「エヴァはエリーゼに付いて側妃を降りることになった。お前と共にエリーゼのお目付け役だ。これからどうなるかはお前次第だ。頑張るがいい。」
「!!」
弾かれたように顔を上げれば陛下と王妃は過去二回のお返しとばかりに、してやったりと微笑んでいた。
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「新聞社に情報を流した王家の関係者とは、王妃様のことだと思っていますよ。爵位を授与していただいた際にもけしかけられましたから。」
二人きりでという条件付きで聞いたジョン側の恋物語は、片思いの思考が強めである。
「お祖母様からの好意は感じなかったの?お祖母様は学生時代からジョンに好意を寄せていたのに、鈍感にも程があるよ。」
「ルイさ、くんの方が鈍感ですよ。」
呆れて思わず出た言葉にジョンはしかめっ面をして言い返してきた。
「幼い頃からエマさ、んはあなたに好意を寄せていました。幼少期から結婚するまでずっと。それをエリーゼさ、んに他の兄弟ができるかもしれない。生まれるか分からない男と結婚した方がいいなどと家出した男の方が鈍感でしょう?」
僕の人生最大の過ちを突いてくる様は、クラークよりも王都の貴族や商人よりも鋭い。王城の文官たちは敏腕のジョンが戻ってくるのを待っていたらしく、叙爵の際には喜びと僅かな嘆きが書かれた書が届いたそうだ。
「血はどうであれ、戸籍上の私の孫は私に似てしまったのかもしれませんね。私だってエ、エヴァを自分で幸せにしようなんて思ってもいませんでしたから。」
年長の情けか矛を納めてくれたジョンは恥ずかしそうにお祖母様の名前を呼び、照れてはにかんだ。
「エリーゼ王女の婚約解消は私には幸福を与えてくれましたよ。爵位をいただけたことではありません。可愛い娘に孫までいただけて、元男爵に感謝しなければいけないほどですね。」
冗談を話す祖父と僕は、祖母と母、父に妻や仕えてくれるクラークたちの元に向かうために部屋を出た。
これにて終わりです。読んでいただきありがとうございました。
長々と書き連ねた結果、前半を今更ながらに読むと言葉が足りていないことがよく分かり、書き足してから完結に変更することにします。
その時点でコメントは閉じさせていただきます。
次回は恐らく短編か中編でシンデレラに対して私が昔から思っている内容か、転生したら続編ヒロインだった話を書きたいと思っています。
今までありがとうございました。




