文官の邂逅
二年連続の結婚は男爵家の財政には厳しく、またお母様のことを穿った見方をする人たちの攻撃材料にしてしまう可能性が高いと僕とエマの結婚は卒業してから二年後となった。
その間に僕と平民の女性が恋に落ちることもなく、エマが他国の王子に見初められることもなかった。
二年の間にあったのは、ひたすら領地の勉強である。名義上の男爵となったライアンさんは植物を専門としながらも僕の要望で領地経営を学んでいる。僕と自分の関係を聞いたライアンさんは戸籍も血筋も息子である僕の願いをできる限り叶えてくれる。クラーク曰く、滞在中にひたすらお母様から僕の幼い頃の話を聞き続けたせいか母と同類になったらしい。お父様と呼ばれるより、ライアンさんの方が良いと言うので家の中限定で呼んでいる。お母様も名前で呼ばれることを望んでいるみたいだけれど、お母様は生まれた時から僕のお母様なので断っている。父と並んでクラークのスパルタ授業を受ける様をお母様は絵師に描かせたりするから、他領からは奇行と呼ばれるが家族仲は再婚貴族の中では上位に入ると自負している。
おじい様になったはずのジョンは公式以外は未だに僕のことを様付けで呼びながら、男爵家の領地運営を手伝ってくれている。おじい様と呼ぶと物をポロポロと落とすし、僕を呼び捨てにすると恥ずかしいのか顔を真っ赤にする。それをお祖母様は楽しそうに眺めるので、僕はわざとからかっている。それでもジョンは昔と違って、ソファーの僕の隣に座り話をしてくれるようになった。
ジョン曰く、お祖母様との結婚は起きたまま見ている夢だそうだ。
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入学式で上位貴族の令嬢に一目惚れした貧乏貴族の次男が見る夢にしては壮大で、叶わぬ夢のはずだった。王の文官を目指したのも他領に仕事に就くよりも恋した相手を見る確率を上げるためで、図書館に入り浸っていたのも別に自室でも勉強は出来るが少しでも令嬢を見るためだった。彼女が誰かに対して微笑む姿を見られるだけで天にも登る気持ちだった。
卒業パーティーで彼女を救う証言が出来て満足した。礼の手紙も贈り物も公爵家から届いたが、公衆の面前で傷つけられた令嬢が心配でそれどころでは無かった。彼女は何処に嫁ぐのだろう。次はまともな人であって欲しい、それが自分でないことは分かっていた。
それがまさか王の妃とは。仕事終わりに同僚からの噂話に衝撃を受け、収まると安心した。陛下は立派な王の器を持った方だ、と聞いている。また王妃は彼女にとって姉妹に等しい関係だ、と聞いている。彼らが彼女に酷い扱いはしないだろう、そう自分に言い聞かせて仕事に邁進することにした。むしろ城勤めとなった自分が彼女を見かける可能性が大いに高まり、やる気が漲る。
その様子を傍で見ていた同僚は深くため息をついたかと思うと、自分を酒場へと誘った。誘いを受けて進んだ先はガヤガヤとした酒場ではなく、隠れ家的な店だった。貧乏人が来る場所ではないと怖気付くと、奢りだからと奥に押し込まれる。裕福な侯爵家の三男の同僚の金ならと、更に奥の薄暗い部屋に進むと同僚は自分は入らずにドアを閉めてしまった。ドアノブを回しても開かず、同僚の恨みを買ったのかと慌てていると背後に人の気配を感じた。振り向いた先にいたのは、文官になった際に間近で見た国王と王妃であった。腰を抜かして尻もちをつくと、王妃がクスクスと笑い陛下が窘める。
「そこまで驚かなくても良いだろう。」
「せっかく変装してきたのに、正体を明かすシーンをやりたかったわ。」
確かに下位貴族か成金の商人が着るような衣服ではあったが、風格が違うのが一目で分かる。城にあるような高価な品ではないはずのソファーも二人が座るだけで国宝のようだった。ふと部屋の端を見れば同じような格好の男が諦めろと言わんばかりに首を横に振っていた。よく見ると王妃の兄、公爵嫡男だ。
「ジョン。我のことをどう思う?」
ここが城であるかと錯覚するほどの凛とした声で尋ねられる陛下に、
「陛下は他国と比べるべくも無いほどに素晴らしき統治者であり、我が身を身を粉にする価値のある方だと思います。」
どうにか体勢を変えて床に膝をつき答えると、陛下は顔を上げるように促し、
「自分が恋焦がれる女を抱く男であってもか。」
とニヤリと笑ってみせた。その言葉に同僚の噂話よりも深く想像し、カッと頭に血が上った。
「陛下、若い子を苛めるのは止めてあげてくださいな。」
王妃が扇を陛下の腕に当てると、陛下は腹を抱えて朗らかに笑った。
「なに、男の顔になるか試しただけだ。君だって気になっていただろう、エヴァの思い過ごしかどうか。」
「あら、女の勘は当たりますから。このジョンがエヴァを好いているのは、明白です。」
一度も口にしたことの無い恋情を口に出されて動揺する様子を今度は王妃が笑う。
「お二人とも、困らせるために彼と会わせた訳ではありませんよ。」
しかめっ面の男が低い声を出すと、陛下も王妃も咳払いをして表情を整えた。
「新入りの文官の中でとびきり優秀な君を呼んだのは他でもないエヴァのことだ。同僚の彼の噂話は事実だ。だが噂話は流れていない。私が君に話をするように命じた。だから親兄弟にもこの件は内密にしてもらいたい。さて、彼女には王妃の産前産後の執務のフォローをしてもらうために私に嫁いでもらうことになった。彼女は次の婚約者よりはと私を選んだ。ただ既に後継者は王妃が産んでいるし、彼女にまで子供を産んでもらう気は無い。」
「だからといって冷遇する気はないわ。エヴァは私の妹同然、可愛い子だもの。子供の手が離れたら、あの子の好きな人生を歩かせてあげたいの。あの子としてはね、」
補足する王妃の言葉が止まり、不敬ながらも先を促すと背すじをゾクリとさせる悪い笑みを王妃は浮かべた。
「ジョン、あなたの妻になりたいそうよ。でなければ修道院に入り、誰の物にもなりたくないとエヴァは言っているわ。言葉も交わさずに、どうやって惚れさせたの?」
言葉に頭が追いつかず返事に窮すると、陛下まで悪い顔をした。
「声に出さずとも、通ずることもあるさ。熱い視線を送ったり、図書館で密会したりとな。」
「しておりません!!公爵令嬢に、貧乏貴族の次男が出来る訳がございません!!」
必死に声を張り上げると、二人は堪えきれないとばかりに笑い始めた。
「落ち着けジョン。お二人とも分かっている。からかっているだけだ。ムキになると、しつこく遊ばれるぞ。で、お前はどうする?有望株のお前であれば入婿の話が来るだろう。いくつかの家にはお相手の決まっていない一人娘のご令嬢がいる。侯爵家からも話が来るかもしれない。いつ側妃を降りられるか分からない女性を待つか、その手を払うか選ぶといい。君の決断を批判することも、今後に影響することもないと私が約束する。もし陛下や妹が何かすれば、我が公爵家が君の後ろ盾となろう。」
公爵嫡男の言葉に呆気にとられていると、次期宰相と名高い男は仕えているはずの国王陛下夫妻を睨みつけた。
「年若い青年に一国の頂点に立つお方が、これから娶る女性の本心を冗談混じりに打ち明けるとは何たることでしょう。我が妹も、これから苦労をかける彼女の好きな男をからかい遊ぶとは王妃のすることではないぞ。腹の子供に聞かせる言葉でもないわ。」
その言葉に夫妻は目を伏せ、部屋の中は静まり返った。
「……いつまでも待つとあの方にお伝えください。仕事に集中していれば、時は過ぎます。あとお二人に呼び出されるのは心臓に悪いので、出来ればお控え願えますか。公爵家の後ろ盾もいりません。所詮下位貴族の次男の身です。盾が大きすぎては潰れてしまいます。あの方をお迎えするまでに私の実力でどこまで上れるか、試させていただきます。」
「「「!!!」」」
国の実権を握る夫妻と、その側近たる三人の虚をつかれた顔を見て若きジョン青年は溜飲を下げた。
ジョンまで書きたくなって、ズルズルとまた終わる終わる詐欺です。
次回こそきっと最終回にします。
読んでいただき、ありがとうございました。




