元側妃のうち明け話
私とジョンは学園時代のクラスメイトだったの。話したことは無かったけれどジョンは貧しい男爵家の次男で、私は公爵令嬢で身分に差があったわ。ジョンは将来は文官になるしか道が無かったから、勉強に集中していた。男女の間での会話は同じ家格が暗黙のルールだったわ。
ジョンは今の通りの切れ者で、上位貴族に目をつけられないギリギリを狙った成績を維持していたわ。学年が上がるにつれて嫡男たちに卒業したら自分の領地に来て欲しいと請われるほど、有能さはずば抜けていた。
私は当時の婚約者に冷遇されていたの。ある公爵家の嫡男で顔は良くても頭が悪い。女好きの乱暴者。同じ爵位とはいえ男女の差は大きいわ。政略結婚するとしても、あの人の好みの女にはなりたくなかった。だから学業に集中して、癪に障る婚約者になってやった。淑女とか才媛と呼ばれるくらいになったら、親すら気付くくらいの不仲になったわ。
婚約者が寄りつけない学園の図書館は、ジョンにとっても同室の友達がいる寮の部屋より勉強に集中出来る大事な場所だった。真面目なジョンの姿に親近感が湧いたけれど、一言も話したことは無かったわ。
言葉を交わして周囲に噂をされるのが怖かった。扉を開けた時に視線が合うだけで、満足だった。結婚した後の美しい思い出にしようと気持ちに蓋をしていたんでしょうね。
けれど私は公衆の面前で婚約破棄されたわ。婚約者の恋人を虐めたという告発をされて、自分たちの卒業パーティーの最中にね。婚約者好みの少女は妾ではなく、公爵夫人になることを夢見て嘘をついたの。私に階段から突き落とされたと。
ただその時間は私が図書館にいる時間だった。司書や友人もだけれど、会話もしたことがない優等生のジョンが証言したことが決め手になって私の無実が証明された。婚約者は廃嫡、少女と夫婦になって平民として自分が継ぐはずだった領から追い出されたわ。
小説だったら、ここでめでたくジョンと結ばれたでしょうね。
もちろんそんな事にはならなかった。
元婚約者の親は代わりに二歳下の弟を結婚相手にと提案したわ。姿も性格もよく似た弟だった。学年一の才媛と呼ばれる私が尽くせば、出来損ないでもどうにかなると思ったんでしょうね。おまけに慰謝料も請求されないと。両親も政略結婚だから相手なんてどうでも良かった。あちらの家との縁が結ばれればいいと了承した。さすがに婚約は時間をおいてとなったけれど、あまりにも酷い展開に失望して昔から可愛がってくれていたお姉様に全てをぶちまけたの。
お姉様というのは先代の王妃のことよ。当時はまだ王妃になってから日が浅くて、アーク殿下を妊娠中だった。執務で多忙だったはずなのにお姉様は私の嘆きを受け止めて、提案してくれたの。
夫の側妃になって、自分の代わりの執務をしてくれないかと。
お姉様は第一子を出産の際に長く体調を崩されて、それを国民に隠して執務を行っていたの。だから出産に懸念を抱いて、実務を担当出来る人間を探していた。
経験は無いけれど側妃になるには問題ない爵位の娘で才媛と名高いくせに婚約破棄された女が目の前にいたら、私でも提案するでしょうね。
その見返りは嫌な男の弟と結婚しないで済むこと。公爵家の名誉になること。
これだけでも十分なのにお姉様と陛下はお子達が成長した段階で、私を解放すると約束してくださったの。他の者と再婚してもよいと。
私は快諾して、叶えられなくとも構わないという前提でお願いをしたわ。
・ジョンと添い遂げられないならば、再婚しないこと。
一度も言葉を交わしたことがないと告げると、二人ともとても驚かれたわ。よく考えたら当たり前だけれど、一番に思いついたのがこれだったの。自分の気持ちを素直に言葉にしたのは初めてだった。それで満足した私は責務を終えたら修道院に入って穏やかに余生を暮らすことができたらいいなくらいに軽い考えだったのよ。
それをお節介なお姉様たちが秘密裏にジョンに接触して、私の願いを伝えて。その答えが『君を待つ』だった時の気持ちの高揚は言い表せない。侍女から気が狂ったのかと親に報告を入れられたくらいだわ。
両親は王家からの側妃として迎え入れる申し入れを喜んで承諾し、元婚約者の家は自分の息子の過ちを指摘されるのを恐れて口出し出来なくてあっさりと私は側妃になった。陛下の側近たちも私を歓迎してくれて、側妃としての生活は忙しいけれど充実していた。私に向いていたのか、陛下達が配慮してくれたのか、いくつかの事業も成果を上げたわ。褒美にジョンと会わせてくれると陛下に提案をいただいたけれど、首を縦には振らなかった。まだ彼の隣には立てないと思って努力を続けたの。
ジョンも文官として仕事をして、いつからか名前が王城の中でも聞こえるようになったわ。お姉様の話だと上位貴族たちが利用しようと遠縁の娘との縁談を何件も申し込んだけれど、会う前に断り続けたそうよ。
王子たちが大きくなった頃、王家に変化が起きたの。影で『愚弟』と呼ばれていた陛下の年の離れた学生の弟君が、陛下の公務を手伝い始めた。学園に入学してから荒れて、王弟にも関わらず陰口を言われていた彼が心を入れ替えたの。理由は『愛』よ。卒業後に恋人との結婚を認めて欲しいと嘆願した。元々性格の問題から婚約者を決めていなかった王弟殿下の心を射止めた彼女は子爵の三女で、学園でははみ出し者だったそうよ。認めてもらうには自分が変わらなければと奮起した王弟は、どんどんと目を見張るばかりに成長されたわ。
だから私は側妃を引退することになったの。陛下とお姉様と相談して、体調不良を理由に少しずつ仕事を減らして、半年ほど城を離れることにした。表向きは長引く体調不良により離縁して療養すると発表して、ほとぼりが冷めた頃にジョンと再婚する予定だった。
それなのに、ジョンと結婚せずに私はエリーゼが結婚するまで側妃でいたのは王弟殿下がお亡くなりになったからよ。
馬車の車輪が突然外れて馬車ごと橋から落ちて、川から引き揚げられた時にはもう息をしていらっしゃらなかった。調査ですぐに事故ではなく故意だと分かって、首謀者の貴族は密かに粛清されたわ。私の元婚約者のいた公爵家よ。以前の王弟殿下を利用して得ていた利益が無くなって、脅しのために細工をしたと白状した。殿下の恋人も囚われていて、救出された時には既に薬を盛られて昏睡状態だった。殿下を変えた少女がよほど憎かったんでしょうね。病状を確認した医者が妊娠を告げた時、陛下を含む王家は困惑したわ。子供の父親は王弟殿下に間違いなかったけれど、まだ学生で今は昏睡状態の子爵令嬢だなんて国民に発表は出来なかった。医者は堕胎をするにはお腹の子が育っていること、令嬢が回復する可能性もあったから子爵と相談して妊娠を継続することになったわ。そのまま子は成長して、出産の時に令嬢は命を落とした。
子爵家の子供として育てることも考えられたけれど、まだ刺客を送られる可能性があった。母である令嬢が子供のことを話したかもしれないと、懸念が強かったから。
お姉様は自分の子とすると仰ったけれど、私が名乗りを上げたわ。お姉様は人前に出ていたから出産していないことは明らかで、国民の不審を招きかねない。私は離縁の準備の最中で、会っていたのは限られた人だけだったから。幸い私と髪色も似ていたから、これが運命だと思ったわ。
もう分かったとは思うけれど、その子がエリーゼよ。私と陛下の子供ではないの。
小さい頃からどうしても心配で、体が弱いと偽って外に出さずにいたら意地の悪い教育係を与えてしまった。噂で聞いていた産んだ令嬢のように育つエリーゼが傍にいると自分の子でないとバレてしまいそうで、年頃になると話をする回数も少なくしてしまった。
だからウィンダム公爵令息との婚約解消騒動は、親である私が原因なのよ。陛下がジョンを補佐官として共に南へ向かわせてくれると聞いた時、膝から崩れそうだった。だって、彼との将来を捨ててまで選んだ子の醜態をずっと傍で見せなくてはならないんですもの。これは神からの罰だと思ったわ。
エリーゼが選んだ男は侯爵嫡男はおろか貴族としての覚悟すら持っていなかった。エリーゼもよ。だから私は死ぬまで領民を守ると決めた。
事態が好転したのはルイが誕生したから。
エリーゼがまるで別人のように変わったわ。ルイのためならと本を読み漁り、実践して成功した。王弟殿下の血だと思った。けれどジョンは言ったの。「仕事をするエヴァ様のようですね。お母様の背中を見て育ったのでしょう。」と。私の血は一滴も入っていないのに、エリーゼを私の我が子だとジョンが認めてくれた。それだけでこの人生は報われたと思ったわ。そしてルイを育てるエリーゼにも同じことを感じているわ。エリーゼ以外にルイの母親はいないと。ルイ以外の子供が出来てもそれは変わらないわ。その母を悲しませるの?そうなったら、私はルイを見つけ出して祖母として怒るから覚悟なさい。
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涙を目に浮べるお祖母様が僕の頭を撫でると、クラークは申し訳なさそうに手を挙げた。
「女性は好きな男のためなら、すごいというお話をされると伺っておりましたが。私は聞いてはいけない話だったのでは?」
「エリーゼとルイにはクラークは必要だから聞かせたのよ。これであなたも別の領地には行けなくなったでしょ?」
信用が無いのかと肩を落とすクラークから視線を戻すとお祖母様はすっかり涙を引っ込めていて、さすが元側妃と感心してしまう。
「ところでお祖母様、王弟殿下の恋人のご家族はどちらにいらっしゃるのですか?」
そんな事まで聞いてはいけないかもしれないが、気になる。血の繋がりがなくとも、お母様の祖父や叔母になるはずだ。
「子爵は王弟殿下の亡くなった遠因を作ったと、爵位を返上して信仰の道へ進まれたわ。夫人と一緒に、小さな村で司祭様を勤めているの。婿をもらって継ぐはずだった長女は商家に嫁いだわ。とても向いてらっしゃったみたいで、事業を拡大して成功させたの。次女は王城に勤めて、その後は侍女をしているわ。とても優秀で、主の一番の侍女よ。」
その言葉にクラークは頭を抱える姿を見て、お祖母様は笑った。
「あなたが最愛のエマと仲良く暮らしてくれることが一番よ。エリーゼはルイを男爵にするために努力をたくさんした。今度はあなたが立派な男爵になるって、皆を幸せにする番よ。」
お祖母様の言葉を噛み締めて、僕は家出を止めた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっと長くて更新するために、雑になりました。あとで書き直すかと思います。
あと一話くらい書き足す予定になりました。
よろしくお願いします。




