苦労人男爵令息は遭遇する
十五歳にもなると学園生活にも慣れ、長期休暇から戻る際に母との涙の別れも少なくなった。そしてエマという婚約者とも良好な関係を保っている今、一週間前から起きている周囲の変化に僕は付いて行けていない。
事の始まりはアイザックだった。元々授業が終わると学園内を一人でフラリと散歩に出ることが多いタイプだったが、この日は夕食ギリギリまで寮に帰って来なかった。行先を聞いても曖昧で、気付くとこちらを見つめている。何かと訊いてもはぐらかされ、そのままその日を終えた。
次におかしくなったのはその二日後のマーガレットだった。アイザックの異変を次の日に話すと、真相を究明すると息巻いて放課後にアイザックの腕を引っ張って教室を出て行った。しかし次の日の朝、教室に入るとマーガレットも僕をじっと見つめるようになった。遠くからの視線に顔を向けると、ぶつぶつと動かしていた口を慌てて噤んで笑顔を作られる。最近は淑女教育のために気持ちを隠すことが上手くなったマーガレットにしては有り得ない笑顔に身震いした。
そして更に翌日、エマも同じようになった。四人で話している間もどこか上の空で、僕を見つめる瞳は心なしか潤んでいる。放課後二人きりになろうとすると、やんわりと断られ僕は疎外感に打ちひしがれた。
アイザックから数えて五日後の朝、三人は意を決したように僕の前に立った。
「ルイ、勝手で悪いが今日の昼は個室を予約したからそちらで四人で食べよう。」
アイザックが代表になったのか、後ろからマーガレットにつつかれて話しかけられる。いつもはアイザックの人見知りを和らげるために食堂で他のクラスの人間も交えて食べるのが常だが、事は深刻らしい。エマを見ればハンカチを握りしめて指が白くなっている。
「分かったよ。大丈夫か?エマ。」
「大丈夫ですわ。後でゆっくりお話しましょう。」
ぎこちなく笑いかけるエマの顔は青白く、近寄ろうとすればマーガレットが間に立ち塞がる。
「昼を過ぎたらあなただってこうなるから、心して待っていなさい。」
少しむくれたマーガレットがエマを促して席に座らせると、授業が始まり追求を中断せざるを得なかった。
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「まぁ……先に食べるぞ。」
「いや、話してくれる?」
授業中にどんどん悪い方向に思考が進み、エマに婚約破棄されるのも一人だけ退学になるのも三人が留学して取り残されるのも既に幾度も頭の中で繰り返し想像した。最悪なのはお母様とアイザックが結婚するパターンだ。アイザックにだって隣国に婚約者がいるから有り得ないと思いつつ、あらゆる事を想定してどん底の気分である。予約された席にはあらかじめ昼食が用意されており、使用人は外に控えている。
「そうよ。さっさと教えてあげましょう。」
後回しにしたいアイザックと早く話したいマーガレットがいがみ合う中、エマは僕の隣に座りそっと手を握ってくれる。手を握り返すと、エマはその手を自分の頬に当てて弱々しく微笑んだ。
「ルイにとって世界が変わる話かもしれないの。二人ともルイのことを一生懸命考えてるのよ。もちろん私だって、ルイのことを考えてるわ。言えることは放課後に庭園に一人で行って欲しいの。それが私たちの話したいことよ。戻ってくるのを談話室で待ってるわ。」
僕がエマを安心させるように頷くと、アイザックが深くため息をついた。
「確かに見てからの方がいいな。俺よりもエマの方が向いていたな。俺も談話室で待ってるから一番奥を予約しておく。」
「アイザックが情けないからよ。私も居るわ。まっすぐに談話室にいらっしゃい。」
アイザックもマーガレットも慣れない我慢から解放されてすっきりしたのか食事を進める中、エマだけがフォークを持つ手が進まない。
「よく分からないけれど、放課後に庭園に行くよ。だからエマはちゃんと食べてくれる?」
笑顔を見せてエマに食事を進める途中、三人が関わる出来事ではないことに僕は安堵していた。
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そして放課後、三人に見送られてやって来た庭園は人気がなかった。僕がエマと来る時には写生や花の世話をする生徒がいるが、ちょうどバラが咲き終わり見頃の花がないからだろう。周囲を見渡すと、咲き終わって葉だけになったバラの間にしゃがみこむ大人の男の人の背中が見えた。
「どうかされましたか?」
気分が悪いのだろうと声をかけて、相手が振り向いた時、三人の懸念の理由が分かった。僕の顔に瓜二つである。正確に言うとアイザックとマーガレットに連れていかれた下町で変装のためにつけた厚底眼鏡をした僕が、大人になったらこうなるんだろうなと想像出来る顔である。
「あぁ、ちょっと観察していただけです。ご心配なく。」
またやってしまったと一人呟き立ち上がった男の人は、クラークよりも高くて180センチくらいだろうか。そういえばと声を出すと、手に付いた土を払いながら僕の方に歩いて来た。
「昨日マーガレット嬢から、ここにルイという少年が来るから話し相手をして欲しいと言われましたが君のことかな?」
「はい、ルイです。ルイ・ウォールといいます。」
首を傾げて尋ねる彼に名を告げると、目をキラキラとさせて顔が近づいてきた。
「ウォールというと南の男爵領?昔研究したい植物があってあちらに行ったことがあるよ。残念ながら父に呼び戻されて長居出来なかったんだけれど、温暖で良い土地だよね。私はライアン・ヘイスティングス。植物を研究しています。」
喋る単語単語に頭を抱えて蹲りたくなるが、ひとまずこれを聞かなければと顔を向けた。
「南にはいつ頃いらっしゃったのですか?」
「十五、六年前かな。三日くらいしか滞在していないけれど。それから父と兄に南に行くことは禁じられていてね。理由は教えてくれないんだけれど、破ったら出資を止めると言われて困ったものだよ。」
ほぼ想像通りの答えにベッドで転がりたいくらいだが、無理やり表情筋を動かして笑顔を見せた。
「もし宜しければお酒を贈りますよ。良い果実酒がありまして、少しでも領地のことを思い出していただければ幸いです。」
子供が酒を贈るというのもおかしいが、確認するために無礼を演じてみた。
「いや、私は酒に弱くてね。南で酷い二日酔いにあって、母に禁酒を命じられているんだ。」
居候だから立場が弱くてね、と続く言葉に目眩を覚えながら僕はこのライアンさんから時間が許す限り情報を引き出した。
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「ライアン・ヘイスティングスさん。38歳。ヘイスティングス男爵の弟で植物の研究をしていらっしゃる。酒に弱くて、十六年前に南の宿で二日酔いになって以来、両親に命じられて禁酒中。庭園で見つかった新種のバラの噂を聞いて滞在中。」
パチパチパチ
談話室で待っていた三人にほぼ間違いない父親の説明をなげやりにすると、二人から拍手が飛び交った。最奥の談話室は秘密の話をするのにはうってつけで人気の場所だ。大公令息と公爵令嬢にかかれば当日でも『空室』になってしまうのが恐ろしい。だが有効に活用すべく、僕は声を張り上げた。
「もっと早く教えてくれれば良かったじゃないか。アイザックはともかくとして、マーガレット!!」
ドンとテーブルに両手をつくと紅茶の入ったカップが揺れたが、マーガレットはソーサーごとカップを持っているため全くダメージを受けていない。苛立つ気持ちを抑えながら椅子に座り、隣で不安そうなエマの手を握った。エマがマーガレットに止められていたことは容易に判断がつく。エマは悪くない。エマには婚約する際に父親が元男爵ではないことを教えていたが、詳しいことは心配するだろうと知らせていなかった。恐らく平民だと思っていたのだろう、一番最後だったからか色々駆け巡っているようで反応が弱い。そして不安なエマを見ているからか、僕は案外平気である。
「あら、私だって色々と考えたわ。二人を会わせて良いものか、お父様に相談するくらいに悩んだのよ。」
現在ウィンダム公爵限定で反抗期中のマーガレットが公爵に仏頂面で相談する姿を想像して、少し溜飲が下がる。
「お父様としては学園に入ることが出来た時点で良いと陛下が判断したのではないか、とお考えよ。」
そう言われて、更に少し冷静になる。確かに王立である以上、貴族と言えど成人が入るには学園の許可が必要になる。ライアンさんのように日にちをまたいだ申請の場合は王家にお伺いがあるはずだ。ローズ夫人が学生の時には、既に卒業していた公爵がいちいち申請する煩わしさから陛下にローズ夫人が卒業するまでの許可を出させようとしたらしい。この件はもちろん却下された。
「で、どういう話をしたんだ?」
興味津々なアイザックはテーブルに前のめりで僕を見つめてくる。彼ほど生まれが間違いない人物はいない。何せアーク大公はコレット夫人を幼い時から見守って、他の男に指一本触れさせていないと豪語する溺愛ぶりだ。熱々の二人を見て育ったアイザックには妾とか愛人という言葉は無縁である。
「休暇に領地にご招待した。あとは特産のゆずの話をしたよ。すごく真剣に話を聞いてくれた。」
サラリと告げた内容にアイザックはゴホゴホと咳き込んだ。
見たことがないというわりに育て方を知っていて、ゆずから派生して類似した青果を次々と教えてくれる様は『集中』という言葉以外が見つからない。早口で喋り続けるライアンさんは鐘の音を理由に止めるまで、僕が口を挟む隙は無かった。どうにか話の終わりに領地に招待したいと告げると、困った顔をしていたが満更でもない様子だったからダメ押しに開発中の新種の話をするとすぐに飛びついた。
「もちろんお祖母様には形式上の許可を取るよ。お母様には客人を連れて帰るって手紙を送れば歓迎してくれるだろうし。陛下への手紙はアイザックにお願いしたいな。」
恐らく陛下は僕の行動を想定しているだろうから、ヘイスティングス男爵にライアンさんのウォール領行きは解禁されるだろう。結局のところこれは母へのサプライズでしかないはずだ。
「お前の破天荒ぶりはエリーゼ様譲りだな。」
深く息を吐き安心したとこぼすアイザックを尻目に、僕はエマの両手を握って笑いかけた。
「心配することはないよ。大丈夫だからね。」
こうしてヘイスティングス男爵からウォール領行きを許されたライアンさんは僕と共に母の元を訪れ、「人を見抜く力はあったようね。」という本人にとっては不可解な言葉で母に歓迎された。僕が学園に帰っても領地に滞在し続けたライアンさんは、そのままゆずと新種の開発担当者に抜擢された。どうやら他の事業にも手を広げたいとうずうずしていたクラークにとっては渡りに船の人材であったらしく、適任としか言いようのない人物を発掘した僕には長い礼と新規の事業案の手紙が送られてきた。
休暇で帰る度に母とライアンさんの距離が徐々に近づくのに焦れた僕は、二人の結婚を提案した。母にとってはうるさい外野からの野次を黙らせる効果があり、ライアンさんにとっては好きな研究に没頭し爵位も得られる。マーガレットに頼んで教えてもらって作った提案書は中々の出来だったらしく、ジョンとお祖母様とクラークを唸らせ二人を納得させた。婚約を発表すると息子とよく似た男と結婚する親バカ女男爵と、爵位欲しさに自分を売る愚か者と嘲笑う者もいたが本人たちはそ知らぬ顔で無視している。
こうして血縁上の父と戸籍上の母の結婚が決まり、僕は満足した。
読んでいただき、ありがとうございました。
やっと次でルイ終わります。
ありがとうございました。




