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男爵令息の入学騒動

 そういえば学園に入学する際には一悶着があった。


 王立学園は貴族であれば希望者を受け入れる。遠方より入学する場合はタウンハウス又は学園の寮に入るため、八歳が貴族の子息にとって親との初めての別れとなる。僕も当然寮に入り、母や住み慣れた領地と離れる準備を沈んだ心で行っていた。

 そんな時、元我儘王女と婚約者を捨て、自分も妾を作って捨てられた元男爵の息子である僕の入学を反対する声が上がったのだ。

 大多数は母の婚約解消のせいで不利益を被った侍女の家族や関係する商家からで、僕のことを知っている人間からではないのが救いだった。両親のどちらも卒業生ではなく、同じ年に被害者の娘であるマーガレットが入学することも反対派の後押しとなった。王都付近の貴族に夜会や非公式な場で僕が乱暴な頭の弱い人物であると噂が広められた。

 話が大きくなると王城には関係者が集められ、王立であるため陛下が入学の可否を決める審査会が開かれた。王家に対しての批判も咎めないという前置きに反対派とは無関係の貴族たちも聴聞者として入場を許された。


 僕と母は白を基調とした服、反対派は怒りを表したのか皆赤い服を着ていた。

「お前たちの気持ちはよく分かる。自分の子供がエリーゼが起こしたような騒ぎに巻き込まれたくは無いのだろう。」

 開始早々に自分も苦労したと呟く陛下に反対派の貴族たちは頷き、一番の被害者と自称する母の元侍女ターニャの父であるボイル男爵は声高らかに訴えた。

「僭越ながらエリーゼ様は大変癇癪が酷く、私の娘は侍女として勤める間は暴力に怯える日々を過ごしていたと聞いております。そのような方のご子息を私の甥の娘と同じ学園に通わせるなど恐怖でしかございません。陛下、どうか入学の許可をお出しにはならないように願います。」

 ターニャは母のお気に入りの侍女で元男爵を引き合わせ、騒ぎのきっかけを作った人と聞いていた僕は呆れたけれど無表情を装った。無表情、無言を貫けというのが陛下からの指示である。

「エリーゼ様のご子息は学力面では特待クラスの頭脳をお持ちかと存じ上げます。学園の意見としましては入学いただいて問題ない学力であれば、拒否する必要はございません。またボイル男爵が心配される女生徒とは恐らく接点を両方が作ろうと思わない限り、会うこともないかと思います。」

 白い髭を撫でながら話す校長は喚くボイル男爵など気にもしない風に意見を述べて頭を下げた。

「学力に問題はなし。男爵の甥の娘とやらが特待クラスになることもないか。」

 事実を確認する陛下の言葉に周囲から失笑が広がると、ボイル男爵は更に怒号を上げた。

「昼食や登下校もあるでしょう。『あの王女殿下』の息子の横暴を不安に思うのは当然の事かと存じ上げます!!」

 必死の訴えに陛下は分かったと首を縦にふった事で、ボイル男爵は意見が通るかとにやりと笑った。

「ボイル男爵の甥の娘を心配する思いは確かに受け取った。その娘に護衛を付けると他の者にも必要になるだろうから、貴殿が恐れるルイに我が王家の影を付けよう。学園にいる間だけではなく、王都にいる間は逐一報告をこちらに上げさせ、ルイが少しでも過ちを犯せばすぐに退学とする。それでいかがだろうか?」

 ボイル男爵から周囲へと視線を移した陛下は、ボイル男爵よりも深くにやりと笑った。

「万が一だがルイに危害が加えられれば、それも影は目撃する。」

 笑みにビクリと肩を跳ねさせながらも、男爵は食い下がった。

「それは陛下の甥を守るためでしょう。影だってエリーゼ王女のご子息の乱暴には目を瞑るはずです。もしウィンダム公爵家のマーガレット嬢が傷つけられたらどうしますか?きっとエリーゼ王女は恨んでいらっしゃいます。ウィンダム夫妻は幸せで自分は夫に浮気されて不幸だと。エリーゼ王女はご子息に命令されるかもしれません。マーガレット嬢を傷物にしろと。そうなったら、王家の没落も有り得るのです。」

 母はそんなことを命令しない、ボイル男爵を睨みつけると挑発が成功したとわざとらしく後ろに仰け反った。

「ほら、あのような凄まじい形相で何をするか分かったものではありません。やはり入学、いえ王都への立ち入りを禁ずるべきかと思います。」


 ボイル男爵の勢いに任せて出た立場を弁えない行き過ぎた発言に静まり返った会場に、カツカツという小さな足音が響き渡った。艶やかな長い髪、菫色のワンピースに足元の華奢な黒いヒールの同い年の令嬢マーガレットは柔らかい笑みを浮かべながら会場の奥から議論する場へと登場した。

「ボイル男爵、私のことを心配してくださりありがとうございます。私からも陛下に一言よろしいでしょうか?」

 ボイル男爵の傍らに立ち、チラリとこちらを見やった後に陛下に見事なカーテシーを行う可憐な美少女に僕の背中には冷や汗が伝った。マーガレットがここで意見するなんて、嫌な予感しかしない。

「おぉマーガレット嬢。どうぞご自分の心情をお話ください。」

 マーガレットのことを助太刀だと疑わないボイル男爵は快く場を譲り、こちらを勝ち誇った表情で見下げてきた。僕の眉間には皺が寄ると、母に手を握られ宥められる。


「まず陛下の提案に私は賛成ですわ。ボイル男爵の仰るような粗暴な人物であれば学園の退学、王都からの追放も影の報告で実行するべきです。ただ私が幼い時から知っているこのルイ様は粗暴などとは真逆の子です。」

 まだまだ僕たちは幼いし、子という単語は同い年に使うものではないと心の中でマーガレットにツッコミながら僕は遠い目になった。

 正直なところ王立学園に通うがベストではあるが、隣国に留学してもいいと僕は思っている。母と離れるのは同じで、なんなら隣国の方が学校によっては領地に近い。ただ母と陛下とクラークたちが審査会という場は珍しいから、滅多にないから、今後の領地の運営に役立つかもしれないからと宥められて見物人と同じ気持ちで観覧に来ていただけだった。ちょっと傷ついたけれど、僕が一言『入学しません』と言えばボイル男爵の矛は収まる。粛々と詫びた方が母の評判だって良くなるかもしれない。けれどマーガレットが現れた時点で僕が王立学園に入学する話は決まったようなものだ。小さい頃から会う度に自分と頭の作りが違うと思っていたマーガレットは既に大人との論戦くらい朝飯前だ。こちらを見た瞳に宿っていたのは怒り。

『暫く王都に住むならウィンダム公爵邸から通えばいいわ。エマも一緒に住みましょう。』と去年の暮れの挨拶にマーガレットが話した時は冗談だと思っていたが、あれは案外本気だったのだと実感した。マーガレットの中では王立学園に自分と僕、エマは共に入学することが決定している。それを阻むボイル男爵に既に僕は同情していた。

「マーガレット嬢?何を仰るのです。あなたの父上を捨て、母上を捨てた者たちの子供ですよ?今も私をあんなに睨みつけて……」

 僕が睨んでいるどころか、むしろ哀れんだ目をしていることに気付いたボイル男爵は言葉を失った。

「睨むのは当然でしょう。大好きな母のことを悪様に罵られたのです。私だってお母様のことを『つまらない家庭教師みたいな女』なんて言われたら、あなたのことを睨んでしまいますわ。」

 口角は上がっているが、決して心からではない笑みを真正面から受けたボイル男爵はたじろいだ。けれどその位で終わってくれるマーガレットではない。

「よろしいですか?師匠の息子のルイはですね、努力と根性で学園からも認められる学力を築き上げたのです。おまけに商人だろうと農夫だろうと、転んでいる人がいたらすぐに手を差し伸べる優しさも持っていますわ!!」

「しかし、マーガレット嬢に襲われる可能性も「ありません。なぜなら彼は好きな女の子には自分から手も繋げないほどの弱虫なのです。彼女が差し出した手を受け取るばかりで、こちらがヤキモキするくらいに奥手なのです。「マーガレット、やめて!!」」」

 ボイル男爵の反論を封じた流れ弾は僕に当たり、思わず声を出してしまった。恥ずかしさで真っ赤になったと自覚するほど熱い顔を両手で覆うと、お母様が気遣うように背中を撫でてくださった。

「あら、あなたとエマを知る大人は皆見守っているのよ。いつ婚約するか、お母様たちは賭けまでしているくらい。」

 思わず顔を上げて陛下を見るとニヤリと頷かれ、聴衆の中からウィンダム公爵と夫人を見つけるとヒラヒラと手を振り、知らない貴族の大人たちは僕の顔を見て男性は苦虫を噛み潰したような、女性は目をキラキラとさせている。僕は絶望した。胸の内にある恋心を公衆の面前に曝されたのだ。エマがこの場にいないことだけが救いである。

「マーガレット嬢のことを呼び捨てにしていますぞ。婚約者殿に誤解を受けることになりかねません。」

 僕の言葉を論って婚約者命のマーガレットに起死回生を挑むも、ボイル男爵は跳ね返された。

「ウィル様が信頼のおける友だと認めていらっしゃいますわ。私の身を案じてくれる良き友だと。自分の元へ嫁ぐまで、傍で見守ってもらうようにと仰せです。」

 婚約者という言葉にウィリアム様を思い浮かべたのかうっとりとするマーガレットにボイル男爵は敵ではなかった。


「ところで赤の他人である私や親類の子供のことをこんなに心配していただけるんですもの。師匠の巻き添えにあった御息女はさぞ手厚く守られているのでしょうね。」

 守りから一転、攻めに転じたマーガレットはボイル男爵に問いかけた。

「ターニャは死にました。この国を追放され、それきり行方不明です。可哀想な我が娘は信頼する商会に託したのですが、どうやらはぐれてしまいまして、異国の地でか弱い令嬢が生きられる訳がございません。なんと可哀想な我が娘。」

 ここぞとばかりにボイル男爵は悲しげに目を伏せ、芝居がかった様子で嘆いてみせた。会場の空気が変わり、一気に男爵に同情が集まる中群衆の中から一人の男の人が手を挙げると前に躍り出て発言した。

「隣国で農民の妻として生きております。男爵も知っていらっしゃるはずですよ。」

 その男性の顔を見ると、ボイル男爵は青ざめて後ずさった。

「お久しぶりです、男爵。あなたの娘ターニャと結婚する予定だったデビットです。」

 身なりの良い男の人が名を告げると、お母様は立ち上がり深く頭を下げた。僕も倣って頭を下げる。

「おやめ下さい。エリーゼ様の愚行は全てターニャが仕組んだこと。私のことを信じられず、修道院行きよりも隣国への追放を願ったのも彼女の選択です。」

 デビットと名乗った貴族はお母様と僕に駆け寄り、首を横に振って顔を上げるように促した。

「誰の差し金でも私が周囲を巻き込んだことに間違いはないわ。あなたにも大変な迷惑をかけました。」

「いえ、ターニャとの結婚が無くなり、かえって良かったのです。ボイル男爵は婚約破棄する旨の手紙と慰謝料を商会の者を使って届けさせ、直接謝りにも来ませんでした。ターニャも再会した折には謝罪よりも言い訳とあなたへの文句ばかり。ターニャは父の元にも行ったが顔も見ずに追い出されたと言っていましたよ。念の為陛下に報告し調べていただきましたが、夫の農夫を尻に敷いて暮らしているそうです。生命力は感心しましたが主人を陥れるような無礼な人間と親類とならず、助かったとさえ思っております。」

 にこやかに話すデビット様はお母様をエスコートして椅子に座らせると、僕にも笑いかけた。

「君が生まれたことで愚行では無くなったのでしたね。立派な領主になるために、私は学園で学ぶことをお勧めしますよ。」

 晴れやかな笑みに頷くと、デビット様はボイル男爵に頭を下げた。

「話を中断させてしまい、大変失礼いたしました。どうぞ話の続きをしてください。」

 素知らぬ顔で僕らの隣に立つデビット様に促され、ボイル男爵は口を開くけれど声は出ない。娘を見捨てた父親だと娘の元婚約者から暴露された以上、周囲から同情を得ることが出来ないことは本人にも分かったらしい。はくはくと口を動かして、諦めたように閉じた。他の者たちも先頭に立つ程の気持ちがないのか声が上がることは無かった。


「では、王都内ではルイには常に監視がつく。貴族に相応しくない行動を見つけ次第、学園を退学させる。それで良いな。」

 陛下の言葉で締め括られると審査会は終幕となり、僕は発言することなく王立学園に通うこととなった。


 マーガレットが師匠と呼んだことで良い意味で母に注目が集まった。婚約者のいない女性からは恋愛のアドバイスを請われるようになり、既婚女性からは日差しが王都より強い南で暮らしているにも関わらず、白く美しい肌の理由を訊かれるようになった。その理由として推測された母愛用のユズを加工した化粧水は飛ぶように売れた。クラークは喜び、母を広告塔に国内外に売りまくったおかげで領内は潤った。道の整備は進み、孤児院や病院にも力を入れることが出来て審査会への出席は領地にとって大きな利益となった。審査会自体が恐らく陛下とマーガレット、それにお祖母様やジョンの知恵だったのだろう。

 二年後に僕とエマが婚約すると、複数の匿名の貴族から祝いの品が届けられた。確実に審査会のせいだと思うが、贈り物をエマが喜んでいるので良しとした。

読んでいただきありがとうございます。

前回の話と合わせて、約3000字にするつもりだった自分に説教したいくらいに長くなりました。

次でやっと書きたかったルイの話を終えます。

また来週投稿する予定です。

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