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苦労人男爵令息の幼き葛藤と喜び

 何故僕が母と結婚していた元男爵のジェイクという男が父親ではないか知っているのか、それは五歳の僕が原因である。

 母が離縁して、男爵家は一気に春が来たようだった。

 いちいちサインをもらう手間が省けて喜ぶ母とクラーク、毎回商人に唆されて作った迷案を却下する作業が無くなったお祖母様とジョン、男爵が使う部屋を片付ける必要が無くなった使用人たち。皆が『いないだけでこんなに楽。』と油断すると口から溢れるくらいの気楽さだったことを幼かった僕でさえ覚えている。

 そんな中、五歳の僕は家を出ることを決意していた。だっていないだけで皆を幸せにする男は僕の父親だったから。僕もいなければ、皆はもっと幸せになれる。そう思った。

 昼間に狸寝入りを信じた侍女が部屋を出た隙に、小さな肩掛けカバンにお菓子を詰めて庭の隅にある小さな抜け穴から邸を出て港町に向かって歩き出した。が、道に出た途端に後ろから抱き上げられた。

「ルイさ、ま。どこに、行かれる、おつもりですか?」

 いつもより少し勢いのあるジョンの声に僕は体を竦めて動きを止めた。それが分かったのかジョンは、そのまま僕を抱えて敷地に戻った。ゆっくりと地面に降ろされて、ジョンを見上げると僕は気付いた。いつも整えられてピシッとしている髪が乱れて服の所々に葉っぱが付いている。いつでも穏やかな顔には額に汗が滲んで息も乱れている。そんなジョンを見るのは生まれて初めてだった。ボール遊びや抱っこはお母様がしてくれる。ジョンやお祖母様たちは部屋の中から手を振ってくれるのが常だったから。

 ジョンに迷惑をかけた。とんでもないことをしたと青ざめる僕を見て、ジョンは微笑むとしゃがんで僕に目線を合わせてから両手を握ってくれた。

「どこかに冒険に行くのであれば私がお供いたしましょう。けれど、今日のルイ様は流浪する旅人の顔をしていらっしゃいます。どうか私めに心の内をお話してくださいませんか?ちょうどルイ様のカバンにはお菓子がございます。私の部屋には試作品で作った果実のシロップがございます。水に加えればジュースになるそうです。ぜひ試飲会ご招待させてくださいませ。」

 お断りされましたら膝をついて乞いますよ?と冗談交じりに続けるジョンの言葉に五歳の僕は頷くしか出来ず、そのまま手を繋いでジョンの私室へと連れて行かれた。


 ジョンの私室は本が山積みで、執務室と大差はない。殆どが資料、文献で、過去の歴史書は趣味だという。「今日はジョン様とお二人ですか。羨ましいですねぇ。今度このバーバラともお庭でピクニックをいたしましょう。」と闊達に笑う住み込みのバーバラが用意してくれた取っ手付きのコップにジョンが水を注いだ。

「こちらはクラークが特産品にすべく手に入れた東方の『ユズ』という果物を搾って砂糖水と混ぜたシロップにございます。」

「ゆず?」

「はい、ゆずにございます。オレンジの仲間で、暑さ強くこちらの冬くらいであれば寒さにも耐える木だそうです。ただ実をつけるのに時間がかかるからと、種ではなく接木となりました。」

 話をしながら薄黄色いシロップを水に入れると、スプーンで混ぜてソファーで待つ僕に差し出した。確かにオレンジとレモンの間のような匂いがした。口にしてみれば、オレンジの甘ったるさよりもすっきりとした味がする。

「おいしい。」

 思わず呟けば、ジョンは顔を綻ばせて自分の手元のコップをテーブルに置いて頷いた。

「お口に合って、ようございました。生では皮に苦味があり、万人には好まれないかと思いますがシロップ漬けは中々の物でしょう。肌にも良いそうで、エリーゼ様が喜んでおられました。」

「お母様。」

 自分の発した声に気分は重くなり、顔はどんどん下に向かっていく。と、左側に体が傾いた。慌てて顔を上げると左にジョンが苦笑いで隣に座っていて思わず口が開く。

「次期男爵のルイ様の隣に座るなど、大変失礼なことをしている自覚はございます。しかしどんな罰があろうとルイ様のためになるならば、悔いはございません。」

「罰なんてないよ。僕が落ちそうなのを助けてくれた。」

 眉を下げてジョンの手を握れば、もう片方の大きな手を重ねてくれる。少しカサついた細かな切り傷のある手は恐らく紙で切るのだろう、長年文官の手だ。

「ルイ様、何故ここを出て行こうとされたのですか?」

 お見通しのベテラン文官に核心をつかれて、僕のコップの中身は揺れた。

「僕のお父様はお仕事をしなかったから僕もきっと似ちゃう。お母様みたいになれない。」

『いでん』という言葉を覚えた僕は恐怖に陥っていた。牛も馬も犬も親に似ると教えられた僕は、父と僕を産んだ人に似ることを想像した。どちらかが頑張る人なら良かったけれど、両方とも遊んでお金を使って、お母様たちを困らせていた。大きくなったら僕もきっとそうなるのだ。だったら今のうちに離れた方が喜ばれる。

「エリーゼ様はルイ様が居なくなったら、お仕事しなくなりますよ。きっとルイ様を探す旅に出てしまわれるか、ショックで倒れてしまいます。ルイ様はエリーゼ様の希望です。どうか離れないでくださいませ。」

 控えめに頭を撫でるジョンの手に涙が止まらなくなり、コップはテーブルに置かれて僕の体はジョンの膝に乗せられた。

「今日はジョンめがルイ様の椅子でクッションになりましょう。タオルでもございますから、どうぞ存分にお使いください。」

 そう言って僕の涙が枯れて目が真っ赤に腫れるまでジョンは背中を撫でて抱きしめてくれた。一時間後に僕を探しに来たお母様は事情を聞いて泣き腫らして寝込み、ジョンの言葉を信じた僕は家出を中止した。


 三日後に回復したお母様はお祖母様にジョンとクラークと四人で長い時間話し合い、僕に元男爵が父ではないことを伝えてくれた。

 その時の僕の気持ちは「やった!!」以外に表現出来ない。産んだ人は変わらないけれど、片方は怠惰ではなく酒に弱かっただけの善人らしい。

 大好きな母と血が繋がっていないと知った時以上の悲しみなどない。そして血の繋がりが無いにも関わらず、一番愛していると言ってもらえる存在だなんて幸福はない。子供を産むという行為は死と隣り合わせだ。慰問する孤児院にはそういう境遇の子供もいた。危険な目に合わせることなく、僕とお母様を会わせてくれたことに関してだけはいつも猫なで声で近づいてきたあの怖い人には感謝している。平民が男爵に近づいて元王女から取るなんて、尊敬は出来ないけれどすごい事だ。その才能を僕が引き継いでいるとしたら、お母様や皆に愛されていることも納得出来る。これからはそれを使って領地を発展させてみせる!!と家庭教師のクラークに意気込むと「坊ちゃんの才能は遺伝じゃなくて、ただの親バカと天性の人たらしだと思いますけどね。まぁ笑顔で手を振っておあげなさい。ご婦人方がお菓子をくださいますよ。」と呆れられた。

 お酒に弱くて男爵領のトラブルに巻き込まれた「いでん」上の父親はお祖母様が王家にお願いして調査してくれたところ、「真面目で集中すると周りが見えなくなる研究者」だと分かったから、僕は大いに張り切った。元男爵の頭だったら、どんなに頑張っても領地を豊かにするためにはたくさんの人の力を借りなければならない。けれど研究者なら、僕が頑張ればクラークのように無理をする人間を減らせるんじゃないかと思う。幸いクラークの授業は嫌いでは無い。むしろバカンスに来る度に活発になるマーガレットやアイザックに朝から晩まで連れ回されることの方が大変である。領地をより良くするためには王都にある王立学園で勉強して、特待クラスに入ることが一番だとクラークから言われている。

間違いなく特待クラスに入り、大人になってもお酒にだけは手を出さないことを五歳の僕は決意した。

書きたいルイが始まらないので、まだもう一本となります。

終わる終わる詐欺で申し訳ございません。

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― 新着の感想 ―
[一言] >終わる終わる詐欺で申し訳ございません。 とんでもないことです。 いじらしい坊やちゃんのくだり、まだまだ続くのを歓迎します。
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