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女男爵令息は苦労人

 僕の名前はルイ・ウォール。現国王陛下の妹エリーゼの息子でウォール男爵家の跡継ぎ。父は離縁後平民になったジェイクという元侯爵の嫡男。

 王立学園の特待生クラスに入学し、二年に上がる際に飛び級で一学年進んだ。実家が遠方のために住んでいる場所は学園寮で二人部屋の同室は現国王陛下の弟、アーク大公殿下の息子のアイザック。許嫁は同じ南に領地がある伯爵の娘エマ。特に親しい友人は隣国の筆頭公爵家の嫡男と婚約しているマーガレット公爵令嬢。アイザックの誘いで彼が生徒会長を務める傍で会計として学生生活にいそしんでいる十五歳。



 と、自分の立場を考えると他人から見ればすごく恵まれた男である。爵位が約束され、大公家や公爵家とも交流があり婚約者は美しい。


 しかし、その実態は中々に複雑だ。

 まず母は婚約者のいる侯爵令息を伯爵令嬢から奪い結婚した王家のはみ出しものだ。未だに現在の姿を初めて知る貴族は驚いて目を見開き、疑うらしい。女男爵となった母は現在領地で識字率を上げるために学校を作り、指導もしている。今ももちろん美しく、縁談の誘いは途切れない。が、釣書を見もせずに鼻で笑って蹴散らしている。そのため僕から攻略しようとする紳士が多く困っている。順調な領地経営で得た金目当てや王家と繋がりたい下心を持つ紳士になんて僕は母を紹介などしないのに。マーガレットは僕の母のことを「お師匠様」と呼んでいる。理由はマーガレットが愛しすぎている「ウィル様」に関係するがこれは後述。


 次に特待生クラスの飛び級はアイザックからのほぼ命令だった。一つ上の彼は親の方針で飛び級が出来ない。お互いが一人っ子で幼い頃から兄貴分だった彼は入学式が終わると一年生の特待クラスを訪れ、偉そうにこう言った。『二人とも二年は飛べ』と。この二人とは自分とマーガレットのことだ。寮の部屋が同室なのは歳の割に少々いかつい見た目と乱暴な口調に恐れおののいた同級生からの人身御供である。本人は外見と口調とは裏腹に人見知りのため、僕を傍において心の安定をはかっているらしい。


 マーガレットは天才と呼ばれる類の人間のため更に飛ぶつもりだったらしいが、僕がアイザックと一緒のクラスになることを考えて、気が変わったのか一緒の学年に進んだ。入学する前からの文通相手エマも一緒が良いと考え、公爵邸で勉強会を開いて見事三人での飛び級となったのは恐らくマーガレットのおかげだろう。両親の外見を受け継いだその姿は大変美しく、優秀で公爵令嬢と身分も高いマーガレットだが興味がとても偏っているため取り巻きと呼ばれる令嬢はいない。悪意や下心を持って近づく者に容赦ないのは父親譲りと言われている。反面母のように家格が下の者にも優しく、平民や下級の貴族たちからは人気が高い。エマ以外の友達は男爵や子爵家の者が多い。領民のためになることを大前提として一番に婚約者、二番は自分の母であるローズ公爵夫人で、三番が弟、四番が僕の母で、五番が父親のウィンダム公爵、そして六番に僕が大事だと、内々の夕食会で国王陛下に言い放った時の護衛たちの空気は堪らないものだった。盛大に陛下が笑ってくれなければ誰かが剣を抜いたのではないかと未だに思っている。

「ウィル様」ことウィリアム様は僕たちよりも五歳上の隣国の次期公爵にして文武両道、音楽にも造詣が深く、顔は芸術品、その国の王子よりも人気があると言われる美男子だ。親である公爵はウィリアム様が自ら婚約者を選べるようにと幼少時には決めなかった。そこでウィリアム様は国内だけでも婚約者への立候補者が大勢いるにも関わらず、周辺の国の有力貴族の令嬢たちにも実質お見合いのお茶会に声をかけた。選ばれた数人の年頃の令嬢たちをなぎ払い、婚約者としての立場を見事に勝ち取ったのが病欠した令嬢の代理である五歳のマーガレットだった。当初マーガレットは父の希望通りに婿を取るか、近くの領もしくは母の元で暮らすことを許してくれる家を選ぶつもりだった。つまりマーガレットにとってウィリアム様の誕生日パーティーはただの隣国の視察に過ぎないはずだった。母譲りの外見に幼い子供と油断する大人たちを嘲笑いつつ、母の笑顔と領民を守るために外交の要となるだろう未来の公爵とその夫人となる人物との接点を作っておこうと参加したのだ。それが一目でウィリアム様の顔を気に入ったマーガレットの脳裏には母エリーゼの言葉が浮かんだそうだ。

『婚約者がいなければいいじゃない。他の女は蹴落としなさい。』

 いつかの雑談での母の言葉を思い出したマーガレットは令嬢たちを巧妙に誘導して会場の庭園の浅い池に文字通り突き落とした。そしてびしょ濡れになった令嬢たちは怒り心頭だったが五歳の美少女が目を潤ませて詫びる姿に大人たちは計画的犯行とは思わず単なる偶然であるとしてお咎め無しとなり、事実を正確に理解したウィリアムはすっかりマーガレットを気に入った。そして家格も飛び抜けた頭の良さも手段を選ばない行動も加味されて婚約者の打診を受けたのだった。

 報告と共にマーガレットから師匠と呼ぶと宣言された母は「そういうことじゃなかったのよ。自分を着飾ってあざとく動けとか、他の女の悪い噂を流せとか間接的な蹴落とすだったのよ。」とウィンダム公爵に言い訳をしては怒られていた。二人が夫婦にならなかったのは神の導きであるに違いないと思うくらいに馬が合わない。


 そして僕の婚約者エマは母の自称一番弟子のマーガレットの影響を受けた。

 ローズマリー夫人の娘であるエマとは小さい頃からの幼なじみで、夫人は僕とエマを結婚させたがっていた。けれど母も僕も問題だらけのウォール男爵家になんてエマを入れたくはなかった。元男爵が血縁上の父ですらないと知った僕にいたっては生涯独身でも良いとさえ思っていた。それがどうして立派な伯爵令嬢と現在婚約しているかというと、どういう訳か長らくエマと文通して友情を育んでいたマーガレットの助言のせいである。

 マーガレットはませていた。遠方でなかなか会えないウィリアム様を思って恋愛小説を読み漁り、色々な知識を得ていた。そしてエマに知識を教えたのだ。

『独身の男女が同じベッドで目覚めたら、責任をとって結婚するのが常識だ。』

 と。

 これを真に受けた当時十歳のエマはローズマリー夫人と遊びに来た時に男爵邸に泊まった。滞在することはよくあったから誰も気にしなかった。もちろん客室を用意したが、夜になると怖い夢を見たと僕の部屋を訪れた。ローズマリー夫人と母はまだ二人で話をしている最中で、後ろの侍女も困った顔をしていたから浅はかな僕は招き入れて一緒に眠ってしまった。次の日の晴れやかなエマの顔は未だに忘れられない。

「責任とって私と結婚してくださいませ。」

 朝の準備をするために控えていた侍女たちは思わず吹き出し、騒ぎを聞きつけて連れて来られたローズマリー夫人は呆気に取られる僕の肩に手を置いた。

「うちの娘にあらぬ噂が立ってはいけないわ。あなたからの求婚ということにしてね。」

 その手が笑いを堪えて震えていたのを知っているし、ドアの近くにいた母が諦めたように首を振るから『令嬢を自室のベッドに連れ込んだ』僕は何も言えずに首を縦に振った。別にエマの事を嫌いだった訳では無い。小さい頃から傍にいて、嫌いになどなれない女の子だった。きっかけは別としてこの件で僕は腹をくくり、エマと生涯を共にすることを決めた。


 そういえばマーガレットの父親であるウィンダム公爵は僕のことを可愛がってくださる。会えば言い争いばかりの元婚約者の子であるにも関わらず、学業のために王都にいる間に音楽鑑賞やチェス、婚約者への贈り物についてまで父親のように教えてくださって僕は感謝すると共に当初困惑していた。母とお祖母様は家族であるが異性であり、ジョンとクラークは同性だが文官でありお父様でもお兄様でもおじい様でもない。公爵は僕が困っていることに気づき、話を聞いてくださった。もちろんそれで解決した訳では無いけれど、気持ちが楽になったことは間違いない。ある時、事ある毎に気にかけてくれる理由を問いかけると綺麗なお顔を憮然とさせて言われた。

「お前がエリーゼ様でもジェイクの子でもないからだ。どちらかの子であったなら、私はこうも親身になりはしない。エリーゼ様はルイが生まれたことで変わられた。私の婚約者であった頃のエリーゼ様を見たら、お前はきっと自分に感謝するだろう。ローズはエリーゼ様を私たち夫婦の女神だと言うが、私はルイを天使だと思っている。」

 表情と天使という単語とのギャップに笑いが止まらなくなり、マーガレットから「ルイの方が私やジャックよりもよっぽどお父様に似ているわ。」と言われる始末だった。

サクサクかけたので早めに投稿します。書きたい箇所はこの後なので、あと二回で終わる予定です。

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