王家との面会
「陛下、王妃様。長らくご挨拶に伺えず申し訳ございません。」
「うむ、顔を見せてくれて何よりだ。」
「陛下はずっと気にかけていましたよ。子が出来て顔つきが変わりましたね。」
『王妃の個人的な茶会』に招待されたローズの侍女に扮してエリーゼが登城すると、王妃の私室には国王と王太子、王太子妃が揃っていた。久しぶりの顔ぶれの注目はエリーゼではなく、『マーガレットの遊び相手』として連れてきたルイに集まり小さな体を更に小さくしてエリーゼに隠れている。
「ルイ、ご挨拶をしなさい。」
自分の横に立たせてエリーゼが促すと、小さな声で頭を下げた。
「エリーゼの息子ルイにございます。おめにかかれてこうえいです。」
南で繰り返し教えた挨拶をする息子の様子を誇らしげに見ながら、エリーゼは微笑んだ。
「まぁ、可愛らしい。おばあ様ですよ。」
「おじい様だ。」
「久しいな、おじ様だぞ。」
「上からではなく少し態勢を低くしてあげるのです。大きな大人は怖いでしょう。」
我先にと近寄る四人にルイはびくりと震え、エリーゼの後ろに逃げ隠れた。その姿にすら声を上げる様子がエリーゼには信じられない。
「……なぜこんなに好意的なの?」
エリーゼがつい疑問を洩らすと、ローズがふふふと笑った。
「私がいただいたお手紙はコレット王子妃を経由して王家にもお見せしていましたの。それにエヴァ様と影の報告書もあれば、ルイ様の可愛らしいエピソードもそれに伴うエリーゼ様の成長だって皆さん年単位で知ってらっしゃいます。王太子様のお子様は皆大きくなられましたし、アーク殿下のご子息は今大暴れしていらっしゃるので、恥ずかしがる姿も新鮮なのでしょう。」
もちろん我が娘は可愛いわと続けるローズに頷きながら、マーガレットはルイを背に四人の前に立ち塞がった。
「皆さん、初めて会う方に四人がかりだなんて卑怯ですわ。お一人ずつ、私が間に入ります。まず王妃様から、こちらでお話しましょう。他の方々はエリーゼ様とお話をしてお待ちください。」
ビシッと少し離れたソファーを指さしたマーガレットは堂々とした態度でルイと手を繋いで座り、反対側の座面をペシペシと叩いた。ルイはマーガレットの様子に驚き目を輝かせている。王妃が自分の隣に座ると、エリーゼたちが座る場所との間に侍女に命じて衝立を立てさせた。
「まだ三歳よね?」
あまりにも年齢と合わない言動にエリーゼが問いかけるとローズは困ったように微笑んだ。
「血筋だそうです。ただその中でも傑物ではないかとお義父さまには言われております。ライルも王妃様も似たような感じだったそうですわ。外では誤魔化していたようですけれど。」
その言葉に頭を抱えたエリーゼは深くため息を吐いて肩を落とした。
「考えるのはやめるわ。ウィンダム家のことなんて深く知る必要は無いし、自分のことで精一杯だから。」
「分かるぞ。ここに居るお前の兄だってほぼ同じだった。アークは私に似たのか普通だったがな。」
国王に慰められたエリーゼは深呼吸をして王太子の方に向き直り、軽く頭を下げた。
「お兄様がローズの手紙を届けてくれたおかげで恋敵でしかなかったローズの人となりが分かったわ。感謝しています。」
「私はライルの脅迫に屈しただけだよ。ルイだけでなく、ローズもお前の成長に一役買ったようで何よりだ。」
大したことないと手を振る王太子を王太子妃が窘めると、国王は衝立をちらりと見たあと軽く咳払いをして真面目な顔をした。
「エリーゼ、こちらに呼んだのは今後について話すためだ。ジェイクの浮気は見逃せても、男爵としての責務の放棄は看過できない。反乱を起こす火種にもなろう。」
「もちろんです。陛下から拝領した領地と領民を不幸には出来ません。私、ルイと領地の村で遊んでおりまして民や土地のことを少しですが知ることも出来ました。お母様たちの力を貸していただき、自立の道を進みたいと考えております。」
国王の迫力に負けないようにエリーゼも力を込めると、王太子がクスクスと笑った。
「まぁ気長にやろう。ジェイクと妾は別邸に入っていて、これ以上の愚行には走っていない。ルイは利発で空気の読めるいい子だ。エリーゼはこれから領地の経営を勉強するといい。エヴァ様とジョンが指導役なんて役人に若手貴族にとっては羨ましい限りだろう。満足したらこちらに欲しいくらいだ。」
最後は本音だろう言葉にエリーゼが頷くと、国王は表情を緩め衝立の向こうから聞こえる物音を気にした。満面の笑みの王妃が現れると、マーガレットが王太子妃に年相応のカーテシーを見せる。
「お次は王太子妃様です。どうぞおいでくださいませ。」
嬉しそうに立ち上がる王太子妃に国王が恨めしそうな顔をしていると、ドアがノックされて扉が開いた。
「ローズ、少し早いが迎えに来たよ。まだ続きそうだね。叔母上、私もお茶を頂けますか。」
若干棒読みのライルが外に聞こえるように話しかけ、そのまま部屋に入るとローズの隣に座った。
「話はどこまで?」
「まだ所信表明といったところですわ。」
次期公爵夫妻が簡単に説明すると、ライルは深くため息をつき王太子に笑顔を見せた。
「『私が進行するから、お前が来るまでに話は終わるぞ』と言われた記憶がありますが、間違いだったでしょうか。」
「いや、あまりにルイが可愛いからな。」
「やはりローズが話を進めるべきだった。身分なんて気にしなければ、彼女が適任だったのです。」
ライルが真顔になるとタジタジになった王太子を横目に王妃が頭を下げた。
「本来の目的を忘れていました。謝るわ。どうぞライルが進めてちょうだい。」
その言葉にライルは頷くと、書類をエリーゼに手渡した。
「ひとまず私とローズが個人的に援助出来る内容です。昨夜の話の通り文官を一人派遣します。領地経営に携わっていた経験もあり、ローズの父上、シェラード伯爵の目にも留まった逸材です。」
「そんな人材もらっていいの?」
エリーゼの最もな問いをライルは心配無用と鼻で笑ってみせた。
「領地経営はサミュエル侯爵領での経験です。財政難の一端になるからと退職を強要されたそうで、父に別れの挨拶にいらっしゃった時に引き止めたのです。」
ローズの返答にエリーゼは罪悪感が湧き、首を横に振った。
「それなら文官も嫌でしょう。その原因になった人間の下でなんて働きたくないはずよ。」
以前ならば自分以外の心中など気にしなかったエリーゼの言葉に王家の三人が驚いていると、ローズはエリーゼの手を取って顔を覗き込んだ。
「では本人に確認してからにいたしましょう。条件なども擦り合わせて双方が納得してであれば宜しいですか?」
そう言われればエリーゼは首を縦に振り、ローズは安堵の笑みを浮かべてライルを促した。
「他にも特産品の販売や流通事業にも出資出来るかと思います。男爵はサインするばかりだと伺いましたから、案は通しやすいかと。」
エリーゼは最近のジェイクの男爵としての素行を思い出し、僅かに眉を上げた。
「自分に入る利益だけは確認しているそうよ。陳情書なんて、ジョンが要点をまとめても読まないみたい。そのくせ自分を接待する商人たちを優遇するように言うんだから、爵位を決める時に平民にしてもらえば良かったと後悔しているわ。あの時侯爵くらいにして欲しいと思っていた自分が愚かしくてしょうがないの。」
徐々にジェイクへの怒りから自分自身へエリーゼの気持ちが移った所でローズは握っていた手に力を込めた。
「それではルイ様に出会えませんでした。エリーゼ様がお変わりになったのはルイ様がいるからでしょう?それならば男爵の爵位は正解だったのです。」
温かく力強い言葉にエリーゼは頷くと、握られた手をライルに見せつけた。
「こんなに良い妻をもらえたのは私のおかげね。」
ライルは落ち込んでいたはずのエリーゼの態度に咄嗟に返事が出来ずに苦い顔をして、その手を見つめため息を吐いた。
「私にこんなに美しくて優しい友が出来たのはジェイクが浮気したからだし、ルイと会えたのもそう。王家の気遣いに感謝出来たのも結婚して王都を出たからだし、全部まとめてこれが必然なんでしょうね。」
過去の自分を吹っ切ったようなエリーゼの晴れ晴れとした笑顔に、王太子たちは今後の幸せを願った。
読んでいただき、ありがとうございました。
この後国王もルイと面会するので、時間は延長されます。
また来週投稿する予定です。よろしくお願いします。




