元王女の訪問
ウィンダム公爵家のタウンハウスに馬車が到着すると、執事といつもライルの後ろについていた従者が困った顔で頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました、エリーゼ様、エヴァ様、ルイ様。心より歓迎いたします。」
ライルはともかくとして、ローズが手紙通りの人物ならば扉に控えていそうでエリーゼは周囲を見渡した。メイドの姿はあれど、次期公爵夫人の姿はやはり無い。
「主人たちはエントランスでお待ち、のはずです。」
歯切れの悪い言い方をした従者の合図で玄関の扉が開くと、中は騒然としている。美しい青のドレスを着た女性が必死の形相の女児の手を両手で掴んで外に駆け出そうとするのを止めていた。その前ではライルであろう男性がしゃがみこんで女児に待つように言い聞かせていた。女児は制止を聞きたくないのか、ついには地団駄を踏み騒いでいる。
「若旦那様、若奥様、もういらっしゃいました。」
従者の声にピタリと三人の動きが止まり、すっと横に並ぶと礼をする。
「ようこそ、我が家へ。エリーゼ様、歓迎いたします。」
エリーゼに以前は常に見せていた貴族の笑顔をライルがすれば、隣に並んだローズが深々と頭を下げる。
「お恥ずかしいところをお見せしました。お久しぶりです、エリーゼ様。」
その隣には母によく似た美少女がその年にしては合格点のカーテシーを披露した。
「おはつにおめにかかります。むすめのマーガレットともうします。おあいできてこうえいです。」
先程とは打って変わった態度に顔をそっぽに向けた従者の肩は震え、耳が赤くなっているのが見える。
「お二人とも遅くなったけれど、ご結婚にご息女の誕生おめでとう。マーガレット、初めまして。何故外に行きたかったの?」
エリーゼは元王族らしい笑顔を浮かべ、ドレスを気にせずにしゃがみこんでマーガレットと目線を合わせた。
「みなさんのおでむかえをしたかったのです。ちちとははがゆるしてくれませんでした。」
しょぼんとする姿はとつてもなく可愛いが、違和感を感じたエリーゼは更に笑みを深くした。
「本音を言ってごらんなさい。私はあなたのお母様がお出迎えを許さないとは思わないわ。」
その言葉に悲しげな顔をしていたマーガレットは、真顔になり眉を釣り上げた。
「お父様をもらいに来たのでしょ?絶対に渡さないわ!私とお母様のものよ!」
予想外の言葉に呆気に取られるエリーゼに、ローズはマーガレットの前に出て跪き頭を下げた。
「エリーゼ様、申し訳ございません。違うと言い聞かせたのですが、聞かなくて。」
「ローズ、ひとまず退いてちょうだい。マーガレットの誤解を解かないと、私が何でライルをもらうのよ。いらないわ、こんな男。」
「私も行かないよ、こんなエリーゼ様の所になんて。マーガレットとずっと一緒だ。」
エリーゼの言葉にイラついたライルも加わり、先程よりも混乱する現場にエヴァは眉を顰め涙目のルイを侍女に任せた。
「お黙りなさい、あなたたち。とりあえずお茶でも飲みたいわ。今の件はサロンで説明してくださるかしら?」
エヴァの一喝に場は固まり、マーガレットとルイを除く大人たちは我に返って顔を青くした。
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マーガレットの勘違いはライルとエリーゼを彷彿とさせる絵本を読んだことで生まれたらしい。自分の父が王女の婚約者だったことを知っている彼女は王女が家に来訪することで父が王女の元へ戻ることを恐れたのだ。そこで父に会う前に追い払うと息巻いたのを見つかり、扉を開けるまで大騒ぎをしていた。
という内容を広間で聞いたエリーゼは見せられた絵本に頭を抱えた。ルイとマーガレットはマーガレットの私室で遊んでいる。
「有り得ないわ。ふざけないでよ。この作者を連れて来なさいよ。」
「作者は既に謝罪しております。深い事情がありまして、どうかお許しください。」
「市場にはもう出回ってはおりません。全て回収致しました。王家の便りに手紙を紛れ込ませていた理由はお分かりになりましたか?」
自分も不満だと言わんばかりのライルの言葉にエリーゼは深く頷いた。今までローズと手紙の交換をし続けてはいたが、初めの王太子に手紙を託した後も何故か補佐官やエヴァが王家と連絡する際に便乗して届き、返事を書くように促されていた。婚約解消した相手の嫁との頻繁なやり取りは外聞が悪いのだろうとは思っていたが、絵本を知っている者からすれば更に想像力をかきたてる行動だっただろう。
「燃やせば良かったのですが、ローズに止められて保管に留めておりました。隠し場所を娘が見つけたいたようで、今回エリーゼ様がいらっしゃることを話した際に結びついたようです。」
忌々しいと言いたげな目で絵本の表紙を見るライルとは違い、ローズは大切だと言わんばかりに表紙の縁をなぞった。
「私たちの都合で回収したのです。こんなに素敵な絵本をもったいないですわ。彼女だって悲しみます。」
「後でマーガレットと二人でお話しさせてちょうだい。絶対にライルを南に連れ帰らないと教えてあげるわ。」
『絶対』に力を込めたエリーゼにライルも強く頷いた。その後のマーガレットに対するエリーゼの説得により、ようやく玄関での騒ぎは終わりを迎えた。
エリーゼとローズの和解のお茶会という名の育児談義は夕食時まで続いた。共通話題のはずのジェイクのジの字も出ずにただただ子供の食事や絵本、環境、教育、寝相まで多岐にわたる内容は尽きず、ローズの傍らのライルやエヴァも参戦するため終わりが見えない。使用人たちが無礼を覚悟して大声を上げるまで続いた。優秀だと有名な三人の話を理解して意見し、尚且つ自分の知らない他国の伝承などを事も無げに話すエリーゼはライルの知っている元婚約者とは別人だった。自分の意見が通った所で得意げにする訳でもない姿は王城でのわがまま王女ではなく、息子を愛し自分に出来る最善を差し出そうとする母であった。もちろん自分も妻もそうであるものの、元婚約者も同類だとは夢にも思わなかった。
「お変わりになられましたね。」
夕食前にひとまずお茶をと出されたカップに口を付けながらライルが思わず呟くと、エリーゼはさっと自分の手の甲を見て嫌な顔をした。
「やっぱり黒くなったかしら。ルイは色んな草や虫を見るのが好きで、日傘はさしてもらってるけれど、やっぱり南は日差しが強いから困るのよ。ただ植物の成長は圧倒的よ。この辺りとは違うわ。」
ローズは誇らしげに領地を語るエリーゼの手を取り、優しく微笑んで甲を撫でた。
「とても立派なお母様の手です。実家の布で作ったグローブと日傘を用意します。明日にでも庭を一緒に回りましょう。」
にこにこと提案するローズにエリーゼは目を細めた。
「こんなにいい女を何でジェイクは愛せなかったのかしら。元々頭がおかしかったのね。」
不意打ちの夫に対しての暴言にライルは初めてエリーゼの前で笑いを止められなくなった。
子供達もルイのお気に入りの植物図鑑をマーガレットが、マーガレットの動物図鑑をルイが食い入るようにじっくりと眺め続けて侍女に叱られた。落ち込んだ二人だったが、親たちと同じだと言われて上機嫌となった。
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「マーガレット、あなたのお父様はそれはそれは意地が悪いの。」
「お母様にも私にも使用人たちにも優しいです。」
「あなたたちにだけよ。私には意地悪よ。」
「……好きな人には意地悪すると聞きました。」
「それは人によるわね。マーガレットは好きな人にはどうするの?」
「親切にします。」
「そうでしょう?あなたはライルの娘なのだから、きっとお父様に似たのよ。だからライルも好きな人には親切よ。……何故そんなに嫌そうな顔をするの?」
「お母様がいいです。」
「お顔がローズにそっくりね。」
「お母様に似て親切が良いのです。」
「お父様と結婚したい?」
「いえ、お母様がいいです。」
「そう。私がもらうのは「嫌です」分かったわ。そんな事しないから。私はライルが嫌いよ。マーガレットの好きな人は取りません。」
「……」
「ローズだったら分かってくれるわ。ライルに似ていたら分からないでしょうね。」
「分かりました!!」
ちょっと急に忙しくなりまして、来週は出来る限り投稿&一部書き直す予定です。




