元王女の帰郷と文通相手
エリーゼの王都への帰郷は各々が万全を期すためにルイが三歳になるまで待ち、ジェイクとマリアンヌには秘密裏に行われた。
ルイが罹ったタチの悪い風邪がエリーゼにも移り、暫く邸に入ることを禁じると嘘をつくとジェイクは嬉々として受け入れた。その間の仕事は補佐官が代行すると伝えたからだ。妻と息子を微塵も心配しないジェイクと生みの親であるはずのマリアンヌには皆が辟易しているが、今回ばかりは見舞いに来られては困るためそのまま住まいへと見送った。去り際にわざと侍女が咳をしてみれば、二人とも足早に戻る薄情さである。
エヴァと護衛と侍女が同行し、補佐官のジョンはジェイクはともかくマリアンヌに嗅ぎつけられた時の対応のために念のため残った。
「ここがお母さまの暮らしていた王都よ。」
馬車に揺られながら窓から見えた城壁をエリーゼが指さすと、エリーゼの膝に乗るルイは目をキラキラと大きくし手を叩いた。ルイの様子を目を細めて見ていたエリーゼは向かいの母からの視線に眉を顰めると唇を尖らせた。
「何よ、間違えていないでしょ?」
問われたエヴァはルイの頬を指でつつき、エリーゼから視線を逸らして微笑んだ。
「南に移る時に初めて外側から見たんだからルイとはさほど変わらないでしょうに、自慢げに振る舞うからおかしかっただけよ。」
そう答えられればエリーゼも気まずい。陛下も王妃も外遊への参加を強制することはなかったため、エリーゼはライルと共に王城で行われる式典や晩餐会にしか参加していなかった。王都の周囲を囲む城壁など一部を目にするだけで、高くそびえ立つ姿に驚いたのは南へ出立した時だった。エリーゼの無知振りを知る母と相変わらず無表情な母の侍女に見られるのは居心地が悪い。
今回は『ウィンダム公爵家に婚約解消時の騒動を謝罪するため、領地経営に忙しい夫の代わりに夫人が幼い息子を連れてウィンダム家を訪問する。』というそれらしい名目を付けている。また『ウィンダム公爵家は謝罪を受け入れ友好を深めるために、王都滞在中は公爵家のタウンハウスに宿泊することを提案した。』ため、王城には滞在せず陛下に謁見するのは後日と決定した。
自分が嫁ぐ予定を壊したウィンダム公爵家に恨まれこそすれ、宿泊の招待を受けることにエリーゼは大いに懸念をもったが次期公爵家当主の元婚約者からの手紙には『妻が望んでいる。』『既にもてなす準備が始まっている』『ローズが楽しみにしている』と繰り返し綴られ、《ローズを喜ばせるために来い!!》と伝える文章に首を縦にせざるを得なかった。
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さて、夫の元婚約者ローズが美しいのは従姉妹のコレットを見ても分かっていたが、婚約者が変わってからはますます光り輝いているとローズマリーの要らない情報でエリーゼの耳にも伝わっていた。結婚前からライルは惜しみなくローズを愛し結婚するとすぐに子も出来た。夫妻のぴったりと寄り添い合う姿は、こちらが運命だったのではないかと貴族内では囁かれているという。
その次期公爵夫人が月一でエリーゼに手紙を送っていることを元婚約者のジェイクは知らない。
毎回便箋五枚にもなる手紙は季節の挨拶に始まり、育児に関する内容がつらつらと続き最終的には『お会い出来るのを楽しみにしております』で終わるのが恒例となっている。
最初に届いたのは王太子たる兄が帰って一ヶ月後。丁度読んでいた育児書と同じくらいの分厚さの便箋の束を補佐官のジョンが届けに来た。どうやら王家からの書類に便乗して送られたらしく、ジョンは複雑そうな顔で両手で仰々しく差し出した。
「次期ウィンダム公爵ローズ夫人からです。中身は全てチェック致しました。不穏な言葉は何一つ書いておりません。」
受け取りながら告げられた名前にエリーゼが思わず顔を顰めると、ジョンは小さくため息をついた。
「そういう顔はお止めください。」
「絶賛浮気中の夫の出来のいい元婚約者からの手紙なんて言われたら当然するでしょう?」
「だったとしても部外者にする顔ではございません。」
困ったように眉を下げるジョンにエリーゼは顔を顰めるのをやめてニヤリと笑った。
「あらすぐに身内でしょ?お母様と仲良いじゃない。口付けくらいはもう済んだのかしら。」
その言葉にジョンは苦い顔をした。
「もしかして南の担当になったのもお母様目当てだったの?あなた王都での出世じゃなくてお母様を選んだのね?」
そういえば爵位を決める試験の際に女を宛てがうと言っても心が動かなかったのは母という心に決めた人がいたからかと可笑しそうに質問をぶつけてくるエリーゼにジョンは深呼吸すると、ずいと手紙を押し付けた。
「口付けなどしておりません。エリーゼ様がお好きだった恋愛小説に書かれるようなことをエヴァ様になど恐れ多いことです。元々南は私の担当でしたから、陛下の人選は妥当かと思います。それよりも早くお受け取りください。これもおまけですよ。あなたの元婚約者様からです。」
ムキになって早口で喋るジョンが一枚だけ色の違う便箋を束の上に乗せ、猛然と部屋を出る姿を見つつエリーゼは忌々しくライルからという手紙を薄目で見た。
『必ず読んで妻に返信をするように願います。』
簡潔な言葉に圧を感じ、嫌悪感からその便箋をゴミ箱に捨てると返信するかはともかく、ローズの手紙というには分厚過ぎる大作に目を通すことにした。
休憩を挟みながら読み切ったエリーゼは手紙を書き、補佐官を呼び出した。
「あなたがあんな顔をした理由はよく分かったわ。ごめんなさい、反省しています。解消された側の元婚約者からの夫の浮気に対する詫び状なんて読んだらあんな顔になるわよね。まぁ元婚約者というよりも出来の悪い弟か幼馴染という内容の昔話と謝罪文が満載だったけれど。」
ゲンナリとした気分を通り越したエリーゼが気遣うと、補佐官は両手で顔を覆った。
「文官を務めている中で見た書類で一番似ているのは弟の不貞を謝罪する姉といったところでしょうか。あれを妻を溺愛していると評判の次期公爵が読んだと思うと身がすくみます。」
「ひとまずライルからの願いの通りに手紙は書いたわ。一応確認をしてちょうだい。」
内容は『ジェイクの事はあなたには無関係気にするな。』『そろそろ臨月だって聞いている。赤ちゃんに集中しなさい。』の二点だ。それに可愛い愛息の自慢話を少しだけ追加したものなので問題はないはずである。
「少々ルイ様の事が多い気はしますが、支障はないでしょう。届く頃には出産されているはずです。お祝いの品も贈りましょうか。」
補佐官の言う通り、出産祝いとしてこちらで流行りの隣国の最高級タオルを贈った。肌ざわりが良くルイにも使っている商品でエリーゼもお気に入りである。繊維産業の盛んな領地出身のローズにも気に入る生地はあると思うが、元王女のエリーゼが知らない生地は隣国の誇る最新技術だと聞いているので目新しいだろう。たかだか夫の元婚約者だ。不興を買っても知れていると開き直った。
これがローズには当たりだったらしい。お礼の手紙とともに領地自慢のタオルが届けられた。
それからはお互いの子供と育児についての情報を交換する手紙を送り合う関係が続き、王都での再会を約束する間柄となった。エリーゼを嫌っているはずのライルも溺愛する妻には逆らえないのか、滞在まで許す始末である。ルイとローズの娘マーガレットの育児書で言うところの『魔の二歳期』が終わった春、ようやく婚約披露パーティー以来の再会が決まった。
としたのにまだ王都にすら入っていません。
なろうで魔の二歳児って見たことないですが、あるんでしょうか?
また来週更新します。
読んでいただきありがとうございました。




