元王女の成長
ルイが生まれてからエリーゼの生活は変わった。
南に来てからはベテラン使用人たちに起こされて朝日を浴びていた。
それが乳母と共にルイのベビーベッドの近くで眠り、夜泣きに目覚めておしめを変える。ルイが乳母に腹を満たしてもらえば、眠るまで傍であやし子守唄を歌う。乳母の子供のベッドも隣に置き、恐縮する乳母の横でルイ同様にあやす生活を送った。
離乳食を食べる時期になれば自ら料理人に提案し、試行錯誤しながら栄養価の高い食事を与えるようになった。領地の孤児院で試食会を実施し、他の子供とのふれあいをさせながらルイの体力作りにも精を出した。
立ち上がる時期になれば庭の一部を砂場に変え、領地の農村で村の子供たちと泥んこ遊びをさせた。
言葉を発するようになると絵本やぬいぐるみを持って、ルイと意思疎通を図った。マナーや所作も年齢に合わせて厳しく教えている。
「まるで庶民のような育て方ね。」
エリーゼがルイを授かった同時期に第一子となる女の子を産んだ次期伯爵夫人のローズマリーはあまりのエリーゼの執心ぶりを呆れたように断定した。エリーゼの私室は本と絵本と玩具で溢れかえり、かろうじてローズマリーはソファーとテーブルでもてなされている。
エリーゼの結婚式から何かと構ってくるこの美女は父の領地を継ぐため、許嫁と結婚した。あっという間に子供を出産すると、ジェイクの妾が妊娠したことを知ってエリーゼの元を訪れた。
「消すツテがあるから、目障りが増える前に消してしまいましょう。」
その時のローズマリーはとても南の社交界の華と言われる女性の顔とは思えないほど険しく、必死に首を横に振って断り続けた。ルイが生まれて養子として自分の籍に入れると教えてからは、娘を連れて頻繁に訪ねてくるので友人となった。
「あら、土に触れるのも子供同士で遊ばせるのもとても良いと本に書いてあるの。良いことならさせてあげるのが親でしょう?」
ルイが眠ると数多の育児書を読み漁る日々を続けるエリーゼは、事も無に言う。
「乳母の意義は何なのよ。夜泣きの対応だってしてたと聞いているけれど、いつ寝てたのよ。」
ローズマリーが愚痴るとエリーゼは苦笑いで子供たちの相手をする乳母を見やった。
「乳母は私では与えられないルイの食事を提供してくれたわ。今だって様子を見てくれているし、オムツは他の使用人が洗ってくれていたし、乳母は一緒にルイのことを考えてくれている。私は出産をしていなくて、体は大丈夫なんだから大したことないわ。」
エリーゼの闊達な回答に口をモゴモゴとさせたローズマリーは返事に困ると、庭から見える真新しい家に目をやった。そこにはジェイクと妾が住んでいる。屋敷に比べれば小さいが、居心地がいいのか文句はない。使用人の話によると、第二子を作ろうと毎夜頑張っているらしい。
「産んだ女は未だに男爵と?金をやって追い払わないの?」
「ルイを産んでくれて、ジェイクの面倒をみてくれているの。今は感謝しかないわ。」
エリーゼにとってはジェイクは取られたが、代わりにルイをもらった。相殺すれば圧倒的にプラスである。
「確かにルイは良い子ね。娘が転けたら助けてくれるし、危ない場所は手を繋いでくれる。顔も良いし、婿にしてあげてもいいわ。」
ローズマリーが部屋の中に視線を戻すと、エリーゼはルイを見つめた。見ていることに気付いたルイはエリーゼに手を振るので、エリーゼからも振り返す。
「嫁入りなら考えてあげる。」
エリーゼが不敵な笑みを浮かべるとローズマリーは声をあげて笑い、それにつられて子供たちも笑い転げる。
使用人たちはますます男爵と妾に厳しく対応することにした。
======
誕生から一ヶ月頃、ルイを養子にすると兄に手紙を書くと、待ってましたと言わんばかりに自らお忍びで領地に来た。
ジェイクが気付かないように母の応接間に案内された王太子がソファーで優雅に待っていたため、エリーゼは眉をひそめた。腕にはルイを抱いている。
「何故お兄様が来るのよ。誰でも送り込めばよいでしょ?」
もっともな意見を言う妹に王太子は機嫌よく微笑み、眠っているルイの頬をつついた。
「なんて可愛いんだ、初めまして君の伯父さんだよ。ジェイクと同じ色の男を狙ったと聞いていたが、顔つきが全然違う。愛嬌があって、賢い顔をしてるな。」
「触らないでよ。起きちゃうじゃない。」
ルイを庇うように背を向けてエリーゼは離れ、向かいに座るとルイの寝顔を見つめる。ルイは寝つきが良いタイプらしくちょっとの衝撃では目を覚まさない。
「ジェイクよりもよっぽど良い子だ。あいつにも乳母がいるんだろ?」
兄の言葉にエリーゼはつい苦笑いした。
「彼の世話をする人がいないのよ。使用人は皆ルイに夢中なの。」
「で、ルイのことだがジェイクと平民の子供と登録した。その上でエリーゼの養子と明記したよ。戸籍を担当する役人以外は見ないだろうが、王位の継承権が無い時点で気付く者もいるだろうな。」
「構いません。継承権なんてあった所でお兄様の息子たちがいるんだから、使わないでしょうし。私だって無いに等しいのだから、放棄したと思い込ませるわ。」
眠るルイを見ながら話すエリーゼの様子に王太子はため息をつき、ソファーの背もたれに体を投げた。
「せめて結婚前のお前とこういう風に話が出来れば良かったとつくづく思うよ。」
「あら無理よ。王都にいた私はお兄様のことなんて一つも分からなかったし、分かる気も無かった。ライルとの婚約は私個人としては最悪だったけれど、王家としての私への気遣いだってようやく気付いたわ。ライルに嫁いでいれば、きっと浮気も隠し子だって無かったし、社交で嫌な思いもしなかった。気ままに生きられたでしょうね。夫婦仲は最悪だけれど。」
その言葉に王太子はあ、と声を上げてエリーゼを見やった。
「その元婚約者が王都に来た際はお会いしたいんだとさ。コレットから事情を聞いて、ジェイクの元婚約者が慌てふためいているそうだ。妊娠しているのに、こちらに駆けつけると言い張るのを俺への伝言で止めたらしい。」
「私は王都に行っていいの?」
てっきり事実上の追放だと思っていたエリーゼはキョトンとして問いかけた。
「陛下も王妃ももちろんアークも会いたいそうだ。ジェイクは必要ないそうだから、社交シーズンを避けてエヴァ様とルイを連れて来るといい。王都に行くと一筆書かないと、ローズ嬢が臨月で詫びを入れに来るぞ。」
「想像しただけで鬱陶しいわね。」
使用人がすかさず手紙とペンを用意すると、エリーゼはサラサラと一文を書いてそのまま兄に渡すと、王太子は意外そうにエリーゼを見返した。
「いいのか?読むぞ?」
「どうせライルだって検閲するでしょう。問題ないわ。」
《王都で私の息子を見せてあげるから、産んで育てて待っていなさい。》
王太子はルイが目を覚ますまで笑い転げ続けた。
=======
マリアンヌは妾ではなく、乳母ということにした。王女を娶ったのに早々に妾を作ったことは自慢話にはならないからとジェイクにも納得させた。誰もルイの乳母とは言っていない。男爵が雇っている『乳母』だ。
ジェイクがマリアンヌに買い与えるドレスやワインはジェイクの私財から出されている。男爵家の経費にならないことにジェイクは抗議したが、補佐官はすました顔で却下した。
「乳母に男爵夫人よりも豪勢なドレスは必要ないでしょう。アルコールを摂取する必要なんてありません。ご子息にもし被害があったら、王家が調べるでしょうから男爵家の帳簿に乳母が飲むワインなんて書けませんよ。解雇しましょうか?」
補佐官の微笑みにジェイクは項垂れて返事もできなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
来週も金曜日に投稿する予定です。
よろしくお願いします。




