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元王女の目覚め

 怒り八割、悲しさと呆れがそれぞれ一割ずつ。

 夫ジェイクから愛人に子供が出来たと言われたエリーゼの心情はそんなものだった。

 一年の新婚生活が過ぎ、エリーゼの環境は王都にいたときよりも大きく変化していた。


 一番大きく変わったのはもちろん既婚者になり、王都から南に移ったこと。

 年中陽気な南の気候はエリーゼに合ったが、ジェイクにはもっと合ってしまったらしい。領地内外の商会からの食事会への誘いが多くなり、外泊も増えた。課外学習との理由だったが、二年目も評価は悪いままだった。エリーゼにすら分かるくらいに進歩が無い。夫婦になればいつも一緒にいられると思っていた二人が夫婦として共にいる時間は月が進む程に王都での楽しい密会よりも少なくなった。


 第二に変わったのは使用人である。

 エリーゼの元に最初にいたのは若い女性ばかりで、複数の『ローズ』がいた。あっという間に解雇すれば、王城のように次の使用人は現れなかった。母が用意したのは老婆に近いベテランばかり。どの使用人たちもエリーゼが文句を言っても動じず、言い返してくる。的を射ているのでエリーゼの手に負えない。エリーゼの何倍も生きている使用人たちにとって、エリーゼの反抗は大したことではないらしい。筆頭となったバーバラの夫が執事となり、夫婦ともに仕えている。エリーゼには年の近い使用人よりも合っていたらしく、ジェイクの件はともかくとして王城よりも落ち着いた生活が出来ている。自分の言うことに怯えるか呆れた顔をする若い侍女ばかりだった王城よりもよっぽど暮らしやすく、領地に目を向ける余裕まで出てきた。


 その矢先のジェイクの失態に対する怒りは、もちろん夫としてもそうだが、領主としての不甲斐なさも含まれている。

 使用人から事前に言われた通りにジェイクの妾からの言葉には表情一つ変えずに、特に気にしていない風を装った。以前のエリーゼならば物でもぶつけるレベルの内容だったが、手を強く握ってごまかした。

 ジェイクと妾のいた部屋から出て、その足で母の元に向かうと補佐官のジョンと共に待ち構えていた。


「子供はもらうなんて、あなたにしては良い提案だったわね。あの二人の元に置いておくなんて愚かでしかないわ。」

「良いお考えです。あの妾は一度エリーゼ様の侍女志望に来た女でしたね。エヴァ様が返り討ちにしたはずですが?」

「港町のマダムからの紹介状に『野心家だから、断ってくれて構わない』と書いてあったの。少しの野心ならエリーゼの刺激にもなって良いけれど、顔を見たら笑えるくらいにあからさまだったから追い返したのよ。」

 ソファーに座るように促されお茶を出されると、エリーゼは素直にカップを持った。

「養子をとるのはもう少し先になると思っていたけれど、まぁ想定内だしいいわ。」

 エリーゼがカップの水面を見つめながら呟くと、二人と傍に控えている使用人たちが動きを止めた。

「知ってたわよ。私たちに子供が出来ないことくらい。」

 エリーゼだって子供ではない。王族にも関わらず子孫を残すことを望まれていないことくらい分かった。

「覚えてないけど子供の頃に処置されているんでしょ?ジェイクがいくら頑張っても無駄よ。」

 心外だとばかりに話を続ければ、母とジョンは肩を落とした。

「ちょっと利口になったのかと思ったわ。」

「はい。利用されないために馬鹿なフリをして隠していたのかと思いました。」

 緩んだ空気に変わると目の前にアップルパイが置かれ、エリーゼは目をつり上げて思い切りフォークをアップルパイに突き刺した。

「何よ。間違ってるの?」

「ええ、出来ないのはジェイクよ。」

 さらりと言う母の答えに当然のように頷くジョンと使用人たちの姿につり上がった目は瞬きと共に通常に戻った。

「ジェイクは王太子殿下に渡された書類にサインをしたの。あなたと婚約して王城を出発する際に子供を作れなくすることに同意するってね。」

「かなり不味いお薬だったようですよ。あまり需要がございませんので、改良されていないんでしょうね。」

 のんびりとお茶を飲む母と補佐官を見ながら、エリーゼは王太子である兄のことを思い出した。

「私の書類には浮気したら領土を相手に渡す。あとは査察官の評価によって収入が変わるとか、使用人たちへの待遇の最低条件とかが書いてあったわ。ジェイクからはそんな文面一言も言われていない。」

 夫婦になる以前に既に隠し事があったということに憮然とするエリーゼに、補佐官は微笑んだ。

「ジェイク様の部屋付きだった護衛曰く、三十秒も経たない内にサインしてお返しになったようです。王太子殿下も驚いた様子だったとか。」

 暗に読んでいないと言われ、エリーゼの眉はまたつり上がった。

「元侯爵家嫡男とは思えない行動ね。」

「あなたも元王女とは思えないことをしたんだから、お似合いだったということよ。エリーゼ、分かっているの?ジェイクはこの地に来た時からいくら浮気をしても子供が出来ないの。」

 母の言葉にエリーゼは眉間に皺を寄せる。

「じゃあ妾のお腹の子供は嘘?」

「いえ、いるにはいるようです。別の男の子供が。」

 即答する補佐官は苦笑いで天井を指さした。

「エリーゼ様とジェイク様には王太子殿下が影を付けておられます。ジェイク様に女が出来てからは更に追加で。」

 つい天井を見上げたエリーゼはポカンと開いてしまった口を慌てて閉じ、肩を落とした。

「全然気が付かなかったけれど、監視されていたのね。」

「監視と見守りは紙一重、兄として心配したのでしょうね。ひと月に一度、私にも簡単な報告書が届くの。子供の父親は無関係な旅の方だそうよ。身元も殿下と陛下が確認済みだから、妾が一人で企んだみたい。」

 自分の知らない情報に頭がクラクラとして、エリーゼは思わず頭を押さえた。


「ジェイク様の子でないならば、養子を考え直しますか?」

 補佐官の言葉にエリーゼは返事を保留にした。顔を見ない限りは決められない。あの妾と同じで顔も見たくないと感じれば、兄経由でどこかの孤児院に入れる。そしてジェイクと離縁して妾と共に放り出す。そう決めて妾の出産を待った。


 主寝室と執務室、応接間の一つをジェイクと妾に明け渡し、エリーゼは対極の客室に移った。主寝室にほど近い部屋は立ち入れないように塞ぎ、妾の自由は応接間と主寝室のみである。

 妾の腹は日毎に大きくなり、医者の見立て通りの春に出産した。


 赤子に必要な処置を済ませると、すぐさまエリーゼと母、補佐官や乳母となる使用人の待つ応接間に届けられた。


「男の子にございます。とても可愛らしいですよ。」

 赤子というのは全て可愛いと聞いていたエリーゼがそっと包まれた布の中を覗き込むと、うっすらと生えたブラウンの髪が目に飛び込む。容姿の特徴がジェイクと同じ人間を種にしたのかと、妾の狡猾さを忌々しく思っていると赤子が急に目を開いた。緑の眼に真っ直ぐと見つめられ、エリーゼは徐々に顔を近づけてマジマジと産まれたばかりの赤子を見つめ返した。

 ぷっくりとした頬にムズムズと動く唇、ぎゅうと握りしめた手を瞬きもせずに見つめていると、隣から肩を叩かれる。

「あまり見てると驚かれるわ。名前は何にしようかしら。」

 いつもより優しい母の声にエリーゼが顔を上げると、使用人たちがエリーゼを生暖かい目をして見ていることに気付いた。

「何にも考えていなかったわ。だって絶対に可愛くないと思っていたもの。」

 あの妾と知らない男の子供である。エリーゼは確信に近い感情で出産を待っていた自分が簡単に覆ったことに驚きつつ、赤子の頬をつついてみせた。

「ジェイクや妾が思いつかない素敵な名前を付けてあげるわ。あなたが男爵になるまでにあいつらを追い出して、豊かな領地にしてあげる。」


 エリーゼは過去の貴族名鑑を読み漁り、王領になる前のこの地の名高い領主からルイと名付けた。

読んでいただき、ありがとうございます。

もう少し続きますが、次回は来週を予定しております。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 子供の名前はルイではなかったでしょうか。
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