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選択肢を間違え続ける男

 途中までされていた目隠しを取られ、ゆらゆらと揺れる船内で絶望している少女たちと共にジェイクは座っていた。手は縄で縛られ、もちろんドアに鍵はかけられているが、足は拘束されておらず部屋の中に見張りもいない。自殺防止の猿轡すらない緩い状態に身を任せ、今までのことを考えていた。


 自分はどこで間違えたのだろう。


 王都に向かったことか。

 ルイの結婚相手を探したことか。

 ルイをマリアンヌに産ませたことか。

 マリアンヌを男爵邸に呼んだことか。

 マリアンヌを出会ってしまったところか。

 エリーゼと南に来て結婚したことか。

 ローズと婚約破棄をしたことか。

 エリーゼに出会い、恋をしたことか。

 ローズに恋を出来なかったことか。


 ジェイクはローズのことを考えた。

 子供の頃から共に遊び回っていた時代からローズに勝てるものは無かった。

 駆けっこも木登りも乗馬も、どれも勝てなかった。

 学園に入ると学力では明確に差が開いた。入学時点で特待クラスと普通クラス。マナーも数学も歴史も勝てない。身長や体格は勝っているが、そんなことで勝ち誇ることは恥であると父親に殴り倒されてから口には出していない。

 性格だって短絡的な自分とは違って、ローズは聡明で有名だ。助言は的確で、失敗した後のフォローも間違いない。家格の差を大きく上回る人間であることは明らかだった。

 そんな相手の外見がいくら日ごとに美しくなろうとも心は惹かれなかった。

 ローズだって自分に好意を抱いていないことはジェイクにも分かった。お互いに想い合わずともするのが政略結婚である。貴族の義務をジェイクもローズと果たそうと思っていた。



 転機は偶然だった。

 母への誕生日プレゼントを買いに学園の帰りに雑貨屋に立ち寄った時、目の前を白い帽子が舞った。思わず掴むと、前方から少女が走り寄ってきた。可憐な少女は帽子を手に取るとジェイクにはにかみ、礼を言った。それが恋愛小説に憧れて城下に現れたエリーゼである。エリーゼの侍女の力を借りて再会し、好意を伝えられた時がジェイクの最良の時だった。

 一国の王女に好意を寄せられる。

 まさにローズよりも自分が上だと感じた瞬間だった。どれだけ美しく秀才であってもローズは王子に惚れられてはいない。王子妃になったのはローズの従妹のコレットだ。ジェイクは王族に見初められたのだ。

これだけで自分はローズよりも上として夫婦になれると思った。

 

しかしジェイクの思う通りには進まなかった。後々のことを考えてエリーゼとは口づけもしなかったが、エリーゼは婚約相手との破棄とジェイクとの結婚を望んだのだ。誰もが反対して元通りになるだろうとジェイクは思った。所詮侯爵家が公爵家の婚約相手を奪えるわけがないと。四つの家が了承した時、ジェイクはローズだけでなくエリーゼの婚約相手ライルにまで勝った気になった。


 騒動の結果はジェイクは父の後を継げずに男爵に、ローズは次期公爵夫人となった。それでも王女のエリーゼからの愛はジェイクを有頂天にさせた。婚約破棄でなくても名前に傷のついたローズをエリーゼの侍女にして楽をする計画は脆くも崩れさり、ローズはライルの婚約者となったが政略結婚である以上自分よりも幸せにはなれないだろうと思っていた。


 束の間の幸福の後、魅惑的なマリアンヌからの誘惑に耐えきれず子供まで産ませたことで元王女エリーゼからの愛を失った。貴族の籍と息子まで取り上げられ、残ったのはマリアンヌだけだ。そのマリアンヌも平民となった途端にジェイクに働くように促し、落胆していた。そして愛想をつかされたらしい。

 それに比べてローズは王妃の甥である夫に愛され、子供は既に隣国に嫁ぐ予定まである。将来は安泰だ。


「こんなことならローズで我慢すれば良かった。」

 今ならジェイクにも分かる。予定通りローズと政略結婚していればサミュエル領はローズが立派に経営しただろう。そしてジェイクは侯爵という肩書を持ち、群がる女の中から妾を選び放題だっただろう。ローズにプライドも資産も守られ、きっと楽しい暮らしだったに違いない。


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 船から出されると少女たちとは別の馬車に押し込まれ、深い森にある屋敷に連れて行かれた。使用人部屋に入れられて拘束を解かれると身なりを整えるように言われ、貴族時代に着ていた物とは違う安っぽいタキシードに着替える。侯爵家では使用人だってこんな質の生地は使っていない。憤慨しながらシャツに袖を通し、素肌が見えないように靴下を思い切り上まで引っ張った。着替え終わると見張りに応接間に誘導される。主賓の座るソファーには片眼鏡をした髭面の四十代と思しき細身の男がテーブルの上に足を置きふんぞり返っていた。背後には屈強な二人の男が腕組みをしている。

「よくお似合いだよ、奴隷君。私はカイエン伯爵だ。跪きたまえ。」

 馬に使う鞭で床を叩き、ジェイクに楽しげに微笑みかけた男にジェイクは首を傾げた。どこかで見たことがある気がする。ジェイクにとって顔と名前が一致する貴族は数少ないが、それでもカイエン伯爵とは違う気がする。


 その時、ローズの声が脳裏に甦った。あれはまだエリーゼに会う前、サミュエル領で行われたパーティーであの男を見たローズに耳打ちされたのだ。

「お前はグエン商会の主人ではないか?確か名はピーターだ。」

 ジェイクの指摘に固まった男を見て、ジェイクは心の中でローズにガッツポーズをした。やろうと思えば出来るのだ。侯爵家の嫡男をなめるなと言ってやった気分だ。


 ピーターという男は危ない噂が多いため、偶然会っても知らない振りをしろというローズの注意をジェイクは覚えていなかった。



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 グエン商会のピーターという男は人よりもほんの少し加虐心が強く、かなり慎重であると自覚していた。

 趣味は男をいたぶること。痩せた自分より逞しい男を虐めたいのではない。もっと弱々しい男で満足出来る。跪かせて許しを乞わせ、鞭で叩いて殺すと脅し、解放して感謝される。これで十分である。解放する時は食料と僅かばかりの金を渡しているから、売られた人間の中で、ピーターに買われた者は幸運であると言える。

 ピーターはこの欲求を満たす際にはわざわざ隣国に渡り、人里離れた別荘を借りる。国内でも出来るが万が一にも素性が分かることは避けたい。仮面という手も一度やってはみたものの視界が狭まるため、やはり普段から付けている片眼鏡姿のままである。仲介役にも護衛役にも多めに金を払い、安全を一番に半年に一回ストレスを発散している。商売は繁盛しているため、湯水の如く金を使っても痛くもないのだ。また平民に僅かばかりのコンプレックスがあるピーターは自分の中にある『カイエン伯爵』というキャラクターになりきり、趣味を楽しんでいた。他に迷惑がかからないよう隣国にカイエン伯爵なる者がいないことは調査済みである。


 それが目の前にいる男に名前も商会の名も言われたことで、動揺して自称カイエン伯爵は霧散した。あとに残ったのは堅実さと慎重さが売りの商人ピーターである。どうして売られる身分の男が自分の名を知っているのか。

「申し訳ありません。どうやら元貴族のくず野郎のようで、貴族時代にダンナの顔を知ったのではないかと。」

 人買からジェイクを買い取った部下がピーターに耳打ちすると、最近王女から離縁され平民落ちした愚かな男のことを思い出す。これがその男かと思うと、鞭を振るう気も失せた。

「商会の名前まで分かるのなら、捨てるのも得策ではないな。見えない所でやってくれよ。」

 護衛の男に視線をやれば心得たと買ったばかりの男を連れて部屋を出て行った。後のことはしっかりやるだろう。

「平民落ちまでする馬鹿な男に顔がばれるなんて、もう潮時のようだな。」

 ピーターの深いため息にてカイエン伯爵の出番は終わった。

読んでいただき、ありがとうございます。

書いても楽しくないジェイクはサクッとしました。

次回はエリーゼ覚醒回想です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 選択肢を間違えたのはこいつではなく親なのでは。 侯爵家の嫡男をなぜ甘やかしてこんなバカに育てたのか意味不明です。 優秀なローズに任せればいいと高を括っていたのでしょうか。 [一言] ざ…
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