男爵の突飛な提案
「いったいどういう事だろう。説明していただけますか?ロード男爵。つい先程申し上げたようにマーガレットは隣国に嫁ぐと決まっております。記憶が飛びましたか?」
呆気にとられ静まりかえった輪の中で、アルカイックスマイルを消してライルは問いかけた。エリーゼが後ろから止める中、得意げにジェイクは話し始める。
「私とライル殿の夫人ローズと、ライル殿と妻のエリーゼはそれぞれ婚約を結んでおりました。私とエリーゼによりそれぞれがお互いの婚約者と結ばれた訳ですが、やはり王家とウィンダム公爵家には蟠りがあることでしょう。それを子供の代で解消しようではありませんか。南は暖かく過ごしやすい所です。ご令嬢を隣国になどやりたくはないでしょう。ライル殿にも良い話ではありませんか?」
名案を発表していると言わんばかりの態度に淑女は口元を扇で隠し、ライルは眉を顰めた。子供たちは大人しく音を立てないように動かない。
「ウォール男爵が来ていると聞いたから来てみれば、面白いことを話しているね。」
ライルが口を開きかけると、エリーゼの後ろから声がかかる。現れたのはにこにこと微笑む王太子だ。一同が頭を下げると、使用人がすかさず用意した椅子に座る。
「ウォール男爵、君の主張を続けたまえ。何故その子供とマーガレット嬢が結婚することが正しいのか話すといい。」
軽やかな口振りでジェイクに話の続きを促すと、ジェイクは喜色満面で王太子の隣に立った。
「マーガレット嬢を見たルイの顔をご覧下さい。南にはこのように美しい令嬢はおりません。故に、頬を赤くしております。もう恋ではありませんか?ルイの元に嫁げば隣国の相手よりも深く愛し、大事にするに決まっております。」
「しかし公爵家から男爵家に嫁ぐとなれば、令嬢の都落ちだと噂する者も多いだろう。家格差はどうするんだい?」
王太子からの問いかけに、ジェイクは目を見開いた。
「よく言っていただけました。王太子殿下の可愛い妹と侯爵の長男の私の間に生まれた子供との結婚です。血筋は問題なくとも今の家格では不満が出ることも理解致します。であれば男爵から伯爵、いや侯爵に爵位をあげていただけませんでしょうか?」
あまりにも突飛な願いに皆が苛立つ中、王太子はヘラリと笑ってみせた。
「なるほど。名案だが、六年経つがまだ領地経営の補佐官を外す許可すらないのだろう?それはどうする気だい?」
名案と言われたことに喜ぶジェイクは更に思いつく。
「補佐官を私の臣下にすれば良いのです。そうすれば我が領内でのこととなるため、王家にご迷惑をおかけすることはないかと。」
アーク王子の目が鋭くなる中、エリーゼの厳しい声が飛んだ。
「あなたのためにルイの結婚相手を決めないで。ライルの娘を選ぶなんて、傲慢にも程があるわ。」
以前のエリーゼの口からは聞いたことのない、思わず賛同としたくなる意見にパーティー会場にいた者たちは驚きを隠せない。
「親の利益になる結婚をすることが令嬢の常識だろう?マーガレット嬢が私たちの友好の証となるのに問題はないだろう。」
エリーゼに微笑みながら話すジェイクは王太子に同意を求める。
「まぁ貴族の結婚とはそういうものだからな。」
調子に乗ったジェイクはマーガレットに歩み寄り、にこにこと笑ってみせる。
「マーガレット嬢も政略結婚で隣国になど行きたくはないでしょう?一緒にお父様にお願いしましょう。ルイと結婚式させてくださいと。」
小さな体をライルによって隠されていたマーガレットは、父の足の影から顔を出して、小さく笑ってみせた。
「ウォール男爵はとても面白い冗談を仰るのね。私の結婚は男爵と同じく『恋愛』結婚ですの。私の婚約者のウィル様はとても透き通った紫の瞳をしていて、アメジストってご存知ですか?ウィンダム領で採れる物に劣らない美しさなのです。髪もお菓子みたいにふんわりしてますの。絶対にお父様よりもカッコよい、素敵な男性になりますわ。」
イキイキとした表情でペラペラと早口で話す内容がマーガレットの婚約者のことらしいということを理解したジェイクは政略結婚でないことに驚いた。両親が急な政略結婚だったせいで甘やかしたのだろうか?ジェイクは自分を棚に上げて憤った。
「ライル殿、なぜウィンダム領の利益となる結婚をさせないんだ?我が家と婚姻を結べば、必ず貴殿の評価は上がる。隣国の男なんて婚約解消してルイと結婚するといい。」
どの口が言うのかという話でも、娘を可愛がる父なら崩せるだろうとジェイクは思った。何せマーガレットが婚約者について話している間、ライルは苦虫を噛み潰したような表情をしていたからだ。
「それが、そちらよりも利益が上がらない相手ではないんだ。尤もウォール男爵家と比べれば、他家でも十分なんだが。」
嫌そうにしながらもジェイクと会話をしながら、ライルはマーガレットを自分の前に立たせて話すように促した。
「もちろん両国の和平に繋がりますわ。仲睦まじく暮らす自信があります。それにウィル様が継がれる領地には金山がありますの。ウィンダム領の宝石と金、宝飾品を作るにはぴったりの組み合わせです。それに母の生家は縫製業が盛んですから、アクセサリーとドレスで世界の流行を作ることも可能でしょう。他国に売り込んで利益を出せば、国に税として還元できて皆が潤います。あちらの取り分と税をざっと見積もって……」
幼女が『縫製業』や『還元』という不似合いな言葉を使って大人顔負けの説明をすることにジェイクは唖然とした。確かに幼馴染のローズも頭は良かったが、娘は桁違いだ。凡人でも分かるくらいの天才である。どんどん細かく説明し続けるマーガレットにジェイクは恐怖を覚えた。
「ま、マーガレット嬢を外に出してもよろしいんですか?国にとって財産でしょう?いっそ王家に、いや私が保護しましょう。」
王家に嫁ぐに相応しいと言いかけて、ぐっと堪えたジェイクは自分を褒めた。金儲けに使えそうなローズの娘をエリーゼの元に隠せば隣国であろうとも手は出せないだろう。王家も欲しいのだろうが、アーク殿下の子では血が近い。王子は婚約した後だ。恩を売るチャンスに違いない。当初の思いつきとは全く変わってしまったが、願いは同じだ。問題ない。ジェイクはそう自分に言い聞かせた。
「どうか息子と結婚し、国の発展にお互い貢献しましょう。」
ライルに微笑みかければ、下から鈴を転がしたような笑い声が聞こえる。
「私、ウィル様と結婚出来なければ口を閉じますわ。何を思いついても決してお話してあげません。お父様、本当にウォール男爵は面白い方ですね。何で私を自分の領地に連れて行きたいのでしょう?」
幼女らしく首を傾げる姿に、王太子は笑い声をあげた。
「それはマーガレット嬢が可愛いからだろう。自分の息子の嫁にして近くに置きたいのさ。そうなると、エリーゼに続いてライルから二人も奪い取った男になるな。」
「あら、私は行きませんわ。だってウィル様がいらっしゃらないんですもの。」
笑い合う二人に自然と冷や汗を流しながら、ジェイクは王太子に歩み寄った。ざっと王太子の後ろにいた近衛に警戒されるが、王太子が手を振ると待機の体勢に戻った。
「まぁマーガレット嬢とエリーゼの息子を結婚させることで王家と公爵家の絆を内外に知らしめるのは確かに有効な手ではあるね。その利点について考える前に、エリーゼとジェイクに王太子として質問があるんだ。」
言葉を切った王太子にジェイクは身構えた。何を聞かれるのか、さっぱり見当がつかない。
「ルイは本当ににジェイクとエリーゼの息子かな?」
次は恐らく年始になるかと思います。
読んでいただけますと嬉しいです。




