公爵家のチャリティーパーティー
ウィンダム公爵家の冬を目前に控えた恒例のチャリティーは例年よりも盛り上がりを見せていた。理由は嫡男の婚約者のお披露目である。貴族は王主催の夜会で二人の姿を見ていたが、婚約者が学生であることを理由にウィンダム公爵家は中々夜会で件の婚約者を見せてくれない。そこで公爵家主催とあらば確実に出席するだろうと踏んで、商家を主として多くの参加者が集まっていた。
チャリティーパーティーの開始と共に現れた公爵夫妻と嫡男の横にはお目当ての伯爵令嬢のローズが寄り添っている。膨らんだ袖に胸部での切り替えが際立ったドレスはペールグリーンで布地が足元に進むにつれて深い緑になる変化のある物で周囲の目をひいた。髪はまとめられ、青いリボンが器用に編み込んである。ライルのネクタイは裾と同じ深い緑で合わせている。皆の注目が集まっているのは理解しているだろうに、特に緊張で固まることもなく寄付者への対応を行っている姿は既に堂々として他と引けを取らない。王城で二人を見ていた貴族たちはあの主役の座を奪った王女殿下の婚約披露の場よりも二人の相手を気遣う姿に円満であることを感じ、婚礼の祝いの品を更に高価な物へと検討を始めた。特に笑顔を解禁された嫡男の様子が以前よりも格段に違う。婚約者に近づく男を値踏みし、悪意を感じる令嬢からは少しでも遠ざけ、僅かな段差でも注意を向ける仕草は最早『溺愛』以外の何物でもない。
「少しはローズ様に社交をさせておあげなさい。」
公爵令嬢イザベラが嫡男に苦言を呈すると周囲の皆が苦笑いをする。傍らには現在修行中の婚約者がイザベラに合わせて微笑んでいる。事実をしっかり包んで批判をするのが貴族だ。確かに公爵令嬢らしくはないが、苦言の内容は尤もだった。
何せそのイザベラまでもが嫌味を言う令嬢たちからローズを守っている。
「あら乗馬姿が素敵?一緒に遠乗りにでもお出かけになったの?遠目で素敵かどうかなんて、とても視力がよろしいのね。」
「あの素晴らしい歌劇は同性同士の方がきっと楽しめるわ。ローズ様、今度席を用意するから私と参りましょう。婚約者も来るから、ウィンダム公爵令息もよろしければどうぞいらっしゃって。」
「夜会だって伯爵と出席すれば良いわ。私の家の主催だったら気も楽でしょう。その前にお茶会かしら。男性は立ち入り禁止にいたしましょう。」
ライルを取られた腹いせに嫌味を言う年上の令嬢たちをバッサリと切り捨て、自分の方へと引き寄せるイザベラに学園の生徒たちは驚いていない。ローズから悪役令嬢を引き継いでからというもの、彼女の素質だろうかイキイキとした様子でカミラを演じている。恐らくそれがはみ出ているが、年配の貴族の前では切り替えているため特に問題はない。婚約者も優しい目で見守っている。
もちろん溺愛嫡男も負けていない。
「嫌だな、イザベラ嬢。馬に共に乗るのはローズだけだよ。遠くでは私がどうか分からないが、ローズには素敵に見えるといいな。」
「あの歌劇は男女の気持ちを比べるべきだと思うよ。ローズと同じ意見なら必要ないから、手配してくれなくて結構だ。既に共に行く予定は立てているしね。」
「今日からは夜会も共に行けると許可が降りた。ありがたくイザベラ嬢の夜会には参加させていただくが、茶会の暇があるなら私と短い婚約期間のデートをしよう。優先してくれるね。」
婚約者しか見えていない、独占欲丸出しの発言にイザベラに切られた令嬢たちが後ずさる。自分たちが憧れていたいつも優しく紳士だった令息は今や見る影もない。ダンスも婚約者だけだと断言している。旧知の友人たちはイザベラとのやり取りに王子妃となったコレットとの喧々諤々の学生時代を思い出していた。ローズの従兄弟ローガンもその場にいたが、ローズが慣れた様子で二人を宥める姿を見て助けるのではなく生暖かい目で見つめている。イザベラとローズの背後を守る双子の令嬢の髪にはローズのリボンと色違いが巻かれている。お揃いで何よりである。
「これほどまで短期間にライル様の寵愛をいただくには、もしや既にお腹にお子がおりますかな。段差への対応に腹の目立たぬドレスとは、ご子息もなかなかの心配症とみえる。」
挨拶の波に隙間ができた時、多額の寄付金と妖艶な養女を伴って参加した老年の男は嫡男に養女を一夜の相手にとの思惑が外れた八つ当たりに不穏な言葉を投げかけた。途端に嫡男を諦めきれない周りの令嬢は扇で醜く歪んだ口元を隠した。胸元の切り替えから広がったスカート部は確かに腹部の様子が分からない。好々爺とした男の発言に自然と目がローズのドレスに目が向かった。嫡男が無礼極まりない態度に不機嫌に眉を顰め、口を開こうとする横からローズが口を挟んだ。
「あら、私は貴方の娘さんのように体に自信がありませんの。強調することが全て武器になるわけではありませんわ。それにもし私が妊娠していたら、ライル様ならきっと段差すら抱き上げて運びます。お優しい方なので。」
最後に惚気を入れながら、ローズはやんわりと養女の体にピッタリと張り付くドレスに苦言を呈した。すると今度は養女の方に視線が向き、先程まで笑みを浮かべていた養女は不躾な視線に体を隠した。
「確かに私の子が出来たら私はずっとローズを抱いたまま行動するだろうし、まずパーティーになんて出席させないだろうな。それよりもローズは十分美しいのに、これから私の傍で大人の女性に変わっていく姿を見られるなんて幸せだよ。」
養女に視線を向けずにローズに蕩けるような笑みを浮かべる嫡男に、男は内心歯ぎしりをする。
「大変失礼致しました。恋人のように仲睦まじいと申し上げたかったのでございます。老人の戯言とお見逃しください。」
深々と頭を下げてその場を退散しようと背中を向けると、執事に乗っ取られそうになったと話題のホランド侯爵家の令嬢が目に入る。後ろにはその婚約者が急ぐ令嬢の後を追っている。そのドレスは色は紫だが、形は忌々しい伯爵令嬢と同じものだ。
「ローズ様、遅くなって申し訳ございません。」
「まぁ、デイジー様。よくお似合いですわ。」
どうしても気になって振り返ると手を取り合う二人の姿を婚約者たちが目を細めていて、公爵令嬢のイザベラと双子の令嬢は唇を噛み締めている。
「すっかり元通りになりましたわね。良かった。」
感極まるようにデイジーを見るローズに、デイジーの婚約者フィリップが口を挟む。
「ローズ様に選んでいただいたドレスだから分かりませんが、まだですよ。腕は小枝のように細いですし、他も戻っていません。倒れたら折れそうだと繰り返し伝えているのですが。」
ぶつぶつと文句を言うフィリップにデイジーは腕を絡ませ、ローズの方を向いた。
「過保護な婚約者がいますので、大丈夫ですわ。また学園で歌えるように頑張ります。」
つい話を聞いていた男も周囲の者にもローズが何故このドレスの形を選んだのかが分かってしまった。良好な関係の自分とお揃いのドレスという餌で療養中の令嬢を誘き寄せた。彼女の今一番気になる箇所は腕と胴体なのだろう。そこを隠すデザインを提案する令嬢の思惑にも気付かず、愛しい婚約者のためなら幾らでも金を出す客になったであろう嫡男を取り逃したと男は痛感した。きっと既に捨てる商人のリストに入ってしまっただろう。他の客を失う前にと、男はその場を後にした。
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パーティーの途中、ライル様の貴族用の笑顔が少し剥がれかけているのに気付いてデイジー様たちに断りを入れ、会場を離れると徐々にライル様の肩が震え始めた。
「ハリー、見張りをお願い。」
「かしこまりました。」
どうにかハリーとサラとライル様を見えないように私室まで運ぶと、ドアを開けてソファーに座らせた瞬間にライル様は笑いだした。どうやら限界だったらしい。呆れたような目で見るサラにお茶の用意をお願いし、ライル様の背中を撫でる。
「どうせ、あの商人とのやり取りを思い出していらっしゃるのね。」
じとりとした声で問いかけると、ライル様は笑いながら首がもげるほど縦に振る。
「本当に私の世迷いごとを止めていただいてありがとうございました。」
子供が出来る行為をしても構わないと言ったが、一度でも関係を持っていたら言葉に窮するところだった。そう反省していたのに、ライル様は息を整えながら楽しそうにまだ笑っている。
「ローズの子供が腹にいたら私が段差を抱き上げるという言葉と、周りの声も出せないほど驚いた顔が面白くてずっと我慢していたんだ。誰も反論しなかっただろ?寧ろずっと抱いていると言ったら、イザベラ様とローガンがすごい不服そうな顔をしたんだ。ローズ見ていなかっただろ?勿体ないな。あの商人は結婚式に招待してやろう。スレンダーなローズを見せつけなくては。」
次回は来週を予定しています。
閑話休題(サミュエル家のプチざまぁ)
数年後と続ける予定です。




