乗っ取り事件の報告書と王太子夫妻
ホランド侯爵家執事とその妻、そして息子は侯爵家乗っ取りの画策及び実行した罪により裁かれた。
事の始まりは侯爵家嫡男のイーサンを乳母であった妻が娼婦時代のツテで手に入れた媚薬で誘惑したことである。一度関係を持ってしまえば後は泥沼のようにイーサンは妻にのめり込んだ。妻はイーサンが侯爵になった後の資産に狙いを定め、少年期から虜にしたのである。
時を同じくして息子はイーサンの婚約者マチルダに横恋慕した。傍にいるだけで幸せだった少年時代は終わり、すぐに自分の物にしたくなった。母を情婦に、マチルダを妻に出来る立場にあったイーサンに恨みを抱いていたのは想像にかたくない。落馬事故にみせかけて殺した若しくは落馬したイーサンを助けずに見殺しにした可能性が高いと司法は判断した。
もちろん執事も妻の不義は把握していた。その上でイーサンの死後、侯爵にイーサンが妻に関係を強要していたと告白したのだ。侯爵は薄々気付いていた息子の不始末と元々友人であった執事の憔悴した姿にショックを受け、罪悪感から通常の雇用関係を逸脱するようになった。侯爵に大したことのない助言をし、助言料として多額の給金をもらい懐を暖めていた。
夫人と令嬢デイジーにとって不幸中の幸いであったのは、執事とその妻は金と愛息にしか興味がなく、息子はマチルダに固執していた。だから何度もマチルダに息子と結婚するように侯爵に手紙を書かせていたのだ。おかげでデイジーは領地経営を期待できるフィリップと婚約が出来て、尚且つ学園にも問題なく通えた。全ては長く金を取るため、令嬢として貞操は守られた。
それがエリーゼとライルの婚約解消によって話が変わった。
他との婚約を妨害し続けていれば落ちると思っていたマチルダが粗相をして王太子妃の使用人となったせいで、平民の息子が結婚出来る可能性が限りなく無くなったのだ。そこで結婚相手の矛先はデイジーに移った。しかしフィリップがいる手前、使用人の息子といきなり結婚はおかしい。また学園内でのフィリップとデイジーの仲睦まじさは友人たちに知れ渡っている。デイジーを乱暴することは可能だったが、良策でないことは明らかだった。そこでデイジーの品位を落としてフィリップとの婚約解消を申し出ることに決めた。
執事はパーティーの翌日にはデイジーに薬を使うことを決めた。
薬は少しでも自分が思ったことを肥大させ、間違いないと思い込ませる効果があった。既に侯爵に使用していた執事は、夫人の侍女にしていた妻をデイジー付きに変えさせてデイジーに薬を盛ることにした。問題は誰で品位を落とすかである。
白羽の矢が立ったのはライルの新しい婚約者ローズである。王命での婚約での注目、デイジーと同じ学園の生徒であれば近づくことも容易である。侯爵家よりも下の伯爵令嬢ということは大きなことは言えまい。そう平民の執事は判断した。
そして侍女となった妻はデイジーの部屋からマチルダが描いたものを元にした絵本を見つけた。数年前にデイジーが侯爵に強請って出版した物だ。手製のマチルダの絵本が傷んでしまい、複製を作る際にどうせならと出版社に勧められた物だった。売れ行きは小遣い程度で、当時の執事は気にも止めていなかったが丁度エリーゼとライルをモデルにした内容を利用することにした。
『ローズは魔女のカミラが変身した姿で、ワインをかければ魔法は解ける。マチルダは失敗して捕まっている。デイジーが二人を助けなくてはならない。達成出来れば、きっとマチルダはデイジーに感謝するだろう。』
要約するとこんな子供だましな内容を妻は折を見て会話に混ぜた。急なために薬は侯爵よりも強めに使った。そのためかデイジーは翌日にはローズがカミラだと信じた。下級生を使うというのも妻の案だ。比較的新しい男爵家や子爵家を狙って茶会を開き、そこで彼女たちに絵本を配りデイジーが出来れば広めて欲しいと話した。令嬢たちは侯爵令嬢のデイジーに盲信した。協力してくれれば家の後ろ盾になるという約束が効いたのだろう。次の登校日からローズを攻撃し始めた。さすがにワインの持ち込みは出来ないからと水に変更したが、別に成功しようがしまいが執事たちにはどちらでも良かった。『ホランド侯爵令嬢に指示された。』と言ってくれれば問題なかった。
計算外だったのは、フィリップがローズにデイジーを紹介したことだ。一回会話をしただけで、デイジーは既にローズに好感を持ち始めている。全く知らない者であれば暗示もよく効くが、少しでも人となりを知っていると薬は効きづらくなる。侯爵に前の執事を辞めさせる際に『騎士団に突き出すべきだ』と囁いたが、実際は紹介状と幾らかの金貨を渡していた経験から執事は考えた。考えている間にもデイジーはローズと親しくなり、薬の効果は弱くなる。自己嫌悪から自分から絵本については話すかもしれないが、そんな告白ではフィリップとの婚約解消には程遠い。
そこで執事は孤児院の慰問に妻を同行させることにした。歌唱が終わったデイジーにいつもより多めの薬を飲ませ、ワインの入ったグラスを手渡して囁いた。
『早くしないとエリーゼが結婚してしまう。マチルダも城で死んでしまうかもしれない。チャンスは今しかない。』
自我を無くして人形のようになったデイジーはローズにワインを頭からかけて、執事は目的を達成した。はずだった。
伯爵家へと侯爵を連れて謝罪に向かうとデイジーの所業は知られておらず、伯爵令嬢はまだ家に帰っていないという。伯爵家の執事と埒が明かない押し問答をしているうちに伯爵令嬢の婚約者の侍従が現れ、伯爵夫人は公爵邸に向かってしまった。さすがに追いかけるわけにもいかず、執事は屋敷に戻って事が大きくなり過ぎたかもしれないと頭を抱えた。デイジーの名に傷がつくだけで良かったのに。
翌日になってもホランド侯爵家を訪れる商人たちに変化は見られない。使用人を使って調べてみると、その場にいた関係者たちに隠蔽されたのか全く情報が無い。せいぜい葡萄ジュースの瓶中に間違ってワインが混ざっていたという話くらいだ。意味が分からず動揺していると、ウィンダム公爵家からはデイジーに修道院に反省のために預けるようにと書状が来た。薬の効果がまだ残っているデイジーを引き渡すわけにはいかなかったが、ウィンダム公爵令息本人が書状を持ってきたため文句も言えない。後ろには昨日の従者もいる。侯爵夫妻は狼狽えながらデイジーを馬車に乗せざるをえなかった。執事は妻を同行させようとしたが、公爵家の髪の短い侍女が同行するため身の安全は保障すると言われれば頷くしか無かった。
それから毎日執事は荷物に財産を詰めて怯えていたが、いざ侯爵家執事という地位と毎月せしめていた給金に未練が残って高飛び出来ない。妻と息子がデイジー個人の問題だと思われているのではないかと言えば、そんな気もする。その間に息子が酒場で騒ぎを起こしたが、引き取りに行っても特に騎士団に踏み入られずに済んだ。
こうして気が緩んだ所をアーク第二王子率いる騎士団により捕縛。
雇い主に対する謀反と薬物使用により執事と息子は絞首刑。妻は侯爵夫人の嘆願により、死刑ではなく罪人の焼印を押した上での王都放逐。尚執事は拘留中に自死のため、執行不可。
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「この国は死刑以外にも裁く方法を知っていたのね。」
王太子妃は微笑みながら刑の執行許可書にサインをした。この国の貴族に対する罪は成人済の王族の許可がいる。大半が謀反。次いであるのは名誉毀損だ。王族が異議を申し立てることは出来るが、王太子妃は嫁いでから一度も適正ではないと思ったことはない。
「謀反の場合は一族諸共死刑が基本だね。火種が残るといけないから。」
のんびりとした様子の王太子が答えると、王太子妃はペン先で妻の名をつついた。
「この女は死刑を免れたと思っているんでしょうけど、簡単に死なせてもらえない方が苦しいことをこれから学ぶのね。」
手首に『殺人と色欲』、太ももに『詐欺』、背中に『謀反』を意味する焼印と国と番号が足首にそれぞれ押される。これは隣国でも通じる共通の証だ。
「手首に殺人なんて押してあったら普通の労働は出来ないでしょうね。詐欺と謀反が入った女を買う人間は少ないでしょう。」
彼女は貴族の寄付が主財源の修道院にも入ることは難しいだろう。各教会には焼印を押した人間がどういう罪を犯したか、詳細な書類が配られる。
「そうなると行き着く先は以前の客のところ?」
「というより、真っ先に頼るだろうね。」
「それが狙いね。大体この書類には薬の入手先が書かれていないじゃない。どの実行した理由も杜撰過ぎるわ。この女は温情で生かしてもらったのではなく、囮として活かされた。」
「働き蜂を捕まえて足にリボンを括り、巣まで追う。よくある事さ。」
読んでいただき、ありがとうございました。
次回は来週になるかと思います。
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