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公爵家の令嬢私室

 革張りのソファーにゆっくりと下ろされると、ライル様は絨毯の上に立膝をして、私の頬に手を添わせた。

「朝はもっと赤かったのかい?混乱させてしまって悪かった。」

 サラから充血した目のことが伝わったのか、こんな酷い顔を見せることは出来ない。目を合わせられずに伏せると顔が近づく気配がする。

「いえ、私が悪いのです。デイジー様のことが今一番心配なのに、ライル様のことばっかり考えて。」

「ん?」

 焦って深く墓穴を掘ったことに気付く。顔を上げると、先程とは打って変わって周囲に花が咲いたのではないかと思うほどの笑みがそこにあった。

「サラからは聞いていたんだが、まさか本人の口から言ってもらえるとは。」

 顔を更に近づけながら、ライル様は今度は怒ったように眉を上げる。あまりの迫力に後ずさりするが、ソファーの背もたれにピタリと当たって逃げ場所は無い。

「こんなに可愛らしい顔で学園に行ったなんて、不埒な思いを抱いた者も多いだろう。サラとハリーを叱責せねば。」

「私たちもお止めしたんですよ。けれどお嬢様がどうしても行くと言って聞かなくて。」

 いつの間に部屋にいたサラが弁解しながらライル様の前にティーポットの乗ったトレイを差し出した。

「全くまだテーブルも入れていないんですよ?ライル様の私室にご案内すれば良かったじゃないですか?」

 うっと詰まった表情でティーポットを持ち、手ずからカップに注いで私に渡してくださる。紅茶ではなく、おそらくハーブティー?

「坊ちゃん選択のカモミールティーです。」

 ドヤ顔をするサラを忌々しげに睨みつけるライル様。二人の顔を見ながら一口飲んでみると、ホッと息が漏れた。緊張が解けるところまでは行かないが、少し落ち着く。

「二人を怒らないでください。私が行くと判断したのです。それに午前は保健室にいましたから、あまり人に見られておりません。」

 カップを置く場所もないので持ったままサラを庇うと、ひょいとカップをライル様が持ちトレイに置いた。目で追っていると、ライル様がトレイに置いてあったタオルを私の目に当てた。温かい。

「昨日私にちゃんと寝て食べろと言ったくせに、こんなになるまで私のことを思って眠れないでいたご令嬢の言葉は当てにならないな。大体どいつもこいつも我が家の使用人たちは私に遠慮がない。門の前でローズを待っていたら執事にみっともないから中で待てと言われた。出かける直前の手紙だって、イザベラ嬢の嫌がらせだ。サラだって、お嬢様ってお前の主人は公爵家だろうが。」

 玄関で見た不貞腐れ顔がぴったり合う声音に小さく笑うと、頬を撫でられる。

「坊ちゃん。ローズ様がお優しいからって、ご令嬢に目隠しなんて趣味を疑われますよ。」

 窘めるサラの声に耳を傾けていると、片手が握られる。手の大きさと感触でライル様の物だと直感で分かるくらいに私たちは手を繋いでいたらしい。その手を確かめるように両手で握りしめると、ぐぅと何かを潰した声がした。

「お待たせしました……何で二人ともそんな顔してるんですか?」

 ハリーの呆れた声に顔を上げようとすると、タオルを強く押された。



 ライル様とサラの咳払いが続き、ようやくタオルを外されると部屋の中が眩しかった。ハリーは小さなテーブルにいそいそと手のひらほどの箱を数個出している。

「準備が終わったら二人にしてくれ。」

 若干耳の赤いライル様が言えば、我先にとサラが部屋から出て行った。続いてハリーも礼をして出て行く。ライル様が隣に座り、一番小ぶりな箱を手渡された。開けるようにと促され開いてみると、見事なパールのイヤリングが現れる。コレットが身に付けるくらいに立派な物だ。

「まずはこれを。そこまで派手ではないから、君がどのドレスを着ても邪魔をしないだろう。」

「はい、青にも赤にも緑にも。黒にも似合いそうですね。」

 私の反応に気を良くしたライル様は次々に箱を開けていく。中にはエメラルドやオパール、ルビーにサファイアと色とりどりの宝石がついたネックレスやブレスレットが並んでいる。

「今まであまり興味が無かったが、ローズを着飾ると思うと欲しくなって買ってみた。気に入ってくれるかい?」

 職人の逸品に感嘆の声を上げていたが、ライル様の声に耳を疑う。

「買ってみたとは、私と婚約する前から?」

「いや、婚約した後だ。さすがに噂になるようなことはしないよ。」

 ケロリとして言うライル様に頭を抱える。ということは婚約した短期間の間にこれだけの品を購入したのだ。商人たちの間ではさぞ目立っていることだろう。

「これ以上の購入は止めてください。」

 目が眩むような金額であろう品々に、思わず声が低くなる。

「あぁ、結婚してからの楽しみが減るからね。今度はこの部屋の家具を揃えなければ。この絨毯は君の兄上と相談して取り寄せたんだ。伯爵領で制作されたものだよ。」

「まぁお兄様が。」

 守銭奴とは言わないが、貴族向けの商品を売る時の兄は搾り取れるギリギリの値段を提示する。ライル様から教えられた値段は商品の質をみても大体相場通り。さすがに未来の義弟をぼったくるほどの性格では無かったようで一安心だ。

「このソファーも兄に?」

 こんなソファー作っているとは聞いていない。座り心地は最高。程よい弾力に寝そべったら、どんなに気持ちいいだろう。

「いや、これは王太子からローズに迷惑料だと送られてきた。王太子妃の母国の物だそうだ。」

 ひっと声が出て立ち上がると、ライル様に手を握られて座り直す。

「そんな物が私の部屋にあっていいわけありませんわ。どこか客室にでも置いてくださいませ。」

「王太子妃がローズのために取り寄せた品だそうだから、許されないよ。ちゃんと使っていないと王太子妃に嫌味を言われるぞ。」

 その言葉にしっかりと座り直すと、ライル様の肩が震える。

「笑うなら、しっかり笑ってください。」

 話しながら脇に置いてあるクッションを手渡すが、首を横に振ってクッションは床に放り出された。

「今日はローズの話を聞くと決めたから。時間が勿体ないだろ。」

 ふぅと深呼吸をして気持ちを落ち着かせたのか、握ったままだった手を力を入れずに両手で包まれる。

「さぁ教えてくれるかな。不満と不安を。」

まだ続きますが、明日はお休みします。

次回も読んでいただければ幸いです。

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