伯爵令嬢の自己嫌悪
次の日。迎えの公爵家の馬車に乗ると、ライル様の言葉の通りハリーだけが中に乗っていた。馭者の隣に座ろうと立ち上がった所で、見送りついでに公爵に定期報告に行くというサラと目を合わせたハリーが口を開いた。
「ローズ様。お目目が真っ赤ですが、どうされました?」
「自分が情けないわ。デイジー様の一大事なのに、ライル様のことばかり考えて眠れなくなるなんて。」
サラとハリーの反対を押しのけて登校すれば、教室に入った途端にイザベラ様に捕まった。周りを貴族平民問わずクラスメイトに囲まれ、何があったかと問われる。噂を聞きつけたマリーとシェリルまで加わっての質問責めに耐えられず、「婚約者のことを考えていて夜も眠れない。」などという他人から見たら信じられないほどくだらない理由に男性は離れ、女性は共感されたのか頷くばかりである。
「あの馬鹿からウィンダム公爵令息だもの。」
「毎日送り迎えをして、溺愛してるものね。」
「学園内を手を繋ぐ姿はまるで絵画だったわ。」
「最近身に付けていらっしゃる素敵なリボンだって、婚約者様からの贈り物なのでしょう?」
と続いたところで教師が入ってきたが、イザベラ様が保健室での休憩を提案した。
「淑女と評判のローズ様が体調を崩すほどの恋煩いにかかっていますの。こんな姿で授業を受けても頭に入りませんわ。」
単位も取っている、納得した教師に指示されて保健室でベッドに寝転がれば、付き添いのイザベラ様に呆れた顔をされた。
「デイジー様から意識を離すためとはいえ、伯爵令嬢が目を真っ赤にして登校なんてお止めなさい。」
後暗くて顔を背けると、「は?」という声と共に周りの空気が冷たくなる
。
「あなた、本当に恋煩いなの?」
イザベラ様の冷たい声に起き上がると、押し返されて再び寝かされる。
「それよりもどうしてデイジー様のことを?」
苦し紛れに疑問を呈してみると、イザベラ様が深くためいきをついた。
「婚約者の妹が、王太子殿下の元にいるのよ。出来の良い子だけど学園内の情報を求めてきたり、ローズ様の応援をしろと言ってきたり。昨日の夜何か話題を作ってデイジー様から注目をそらせって手紙がきたの。そしたらあなたが上手い具合に目立っているから、まさか本当に恋煩いなんて。」
「申し訳ございません。」
恥ずかしい限りで返す言葉もない。
「いいから昼まで寝てなさい。昼食でも惚気けて、令嬢たちの気をそらすのよ。」
デイジー様のため、イザベラ様からの指示を全うするしかなくなった。
昼食の場は散々だった。手を握ったなら抱擁はどうですか?王城でプロポーズされたとか?最近ずっと身に付けているリボンetc……。少し騒ぎが収まるとイザベラ様が爆弾を投下することの繰り返しで、食堂に隣接した庭で食べている生徒たちに私とライル様の話が広がっていく。
今日のイベントが恒例の迷路で良かった。興味のない初等部の男子生徒たちの迷惑にならなくて何よりだ。
午後の授業を受けようにも、頭に浮かぶのはライル様とホランド侯爵家のことばかり。「恋に狂ったローズ様」とイザベラ様に笑われた。
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待ちに待ったような永遠に来て欲しくないような授業の終わり、見慣れた馬車の扉を申し訳なさそうにハリーが開くと中にはサラしかいなかった。
「ライル様はいらっしゃらないの?」
つい口から出た声が弱々しい自分に驚いていると、ハリーが手を添えて中に入れてくれる。眠ってくださいと昨日言ったのは自分なのに、いないと落胆するなんて駄目な令嬢である。
「ライル様は出がけに急ぎの手紙を書かなければならなくなりまして、私たちがお迎えに参りました。」
これでもかと眉を下げるハリーと、サラは私の顔をよく見てからひしと抱きしめてくれる。
「可哀想なお嬢様。ライル様のことを思って急いで馬車にいらっしゃったのに、ライル様のことなど放っておいて伯爵邸に戻りましょうか?もう少し眠れば目も元通りになります。」
「ダメよ。ライル様のご様子も気になるし、手紙の件だってきっとホランド侯爵のことよ。」
首を横に振れば、残念と顔に書いたサラがしぶしぶ化粧を直して髪を整えてくれる。
「本当は温かいタオルを目に当てると、白くなるのですが。」
「いいのよ。学園で寝たら頭はスッキリしたわ。」
だから憂鬱なのだ。まず昨日の発言を謝らなければ。籍を入れるとか、責任を取ってくれればとか奔放なことばかり言ってしまった。ライル様はほとほと呆れているだろう。
いつも公爵邸を訪れると出迎えてくれる執事が今日は何やら満面の笑みで待ち構えていた。
「ようこそおいでくださいました、ローズ様。坊ちゃんがお待ちです。」
そう言って玄関の扉を開けてくれると、真正面に椅子に行儀悪く足を組んで座り、不貞腐れたライル様がいた。
「坊ちゃん、お待ちかねのローズ様ですよ。」
執事の声に立ち上がり、そのまま私の前まで来たと思えば顔を見て睨みつけられた後、呆然としている隙に横抱きにされた。思わず手を首に回すと、ライル様は舌打ちでもしそうな表情で顔を顰める。不快だろうか?その割に抱き上げる時の手は優しく、足もぶつからない。
「ハリー、用意したものを持ってこい。サラはお茶とタオルだ。」
イライラとした声で命令すれば、ハリーとサラはのんびりと返事をしてそれぞれに散って行った。抱き上げられたまま階段を上がり、ライル様の私室の隣の隣の部屋のドアを器用に開けられた。真っ白な部屋に青い絨毯が敷かれ、ポツンと白いソファが置かれている。
「ここがローズの私室だ。」
「まぁ。」
怒られていると思うのに、うっかり間抜けな声が出た。
早くデイジーの話に行きたいのに、なかなか進んでくれません。
明日も投稿予定です。




