伯爵令嬢の不満と不安
メンバーは同じ筈なのに、以前の公爵邸での食事会とは空気が違っていた。
何故ならライル様は顔を覆って震え続けているし、公爵と父はそれを見て戸惑っている。母と夫人はといえば二人揃ってニヤついている。
「襲うなんてやるわね。」
「我が娘ながらそう思うわ。私でもやらなかったわ。」
襲うという言葉にビクリとする父たちと、更に震えるライル様。なかなかに酷い空間だ。
「そろそろ許してください。私が転けたのが悪いんです。」
私だって食事どころではない。素知らぬふりだって限界である。転けた先にいたライル様の横に手をついて起き上がろうとした所をユーリに見られたのだが、我ながらまずい体勢だった。おかげでライル様は両親がいても復活する様子が見られない。食事は全く進んでいない。
「ハリー、ライルは外でこんなに笑うようになったのかい?」
話を逸らそうとしようとしてくれる公爵は後ろに控えているハリーに問いかける。
「ローズ様といるとよくこうなりますよ。」
サラリと言うハリーに頷く公爵に、ようやく夫人も微笑んで食事を進める。
「貴族社会の中で部屋の中だけで笑うように訓練していたけど、結婚相手の前でだって自分を解放してもいいわよね。」
「そろそろ会話が出来る状態に戻って欲しいがな。ホランド侯爵の件だ。」
苦虫を噛み潰したような顔で公爵が呟いたことで、ようやくライル様は手を顔から外した。
「すみません、大事な話ですね。」
「せっかくの料理を味わいなさい。話は終わった後だ。」
ホランド侯爵の話があると知って、食事は静かに再開された。
応接室に移動して紅茶を用意してもらうと、公爵が口を開いた。
「ホランド侯爵家のタウンハウスに明朝王国騎士団が調査に入る。調査内容は違法薬物の所持、令嬢に対する使用だ。令嬢の修道院での様子から薬物を使用していることが明白になってな。症状から考えて違法の物である可能性が高いことから踏み切るそうだ。指揮にはアーク殿下も加わる。既に城の中は騒がしいぞ。」
「ローズは明日以降ホランド侯爵のことを聞かれても、知らぬ存ぜぬを突き通せ。」
違法薬物という言葉に驚いていると、父が続けて言う内容に反射的に頷く。
「ライルは明日の昼までにアーク殿下の元へ、ローズ嬢の受けたホランド侯爵令嬢からの奇行に関する報告書を完成させて届けるように。」
「それはほぼ完成しておりますので、朝には届けましょう。」
ライル様が応えるのは想定内なのか、当たり前だと公爵が頷いた。
「違法薬物とはどのような物でしょうか?」
摂取していたデイジー様の事が気になる。
「まだよく分からんが、禁断症状が出ている点から診断された。もし分かればライルから連絡させよう。」
公爵の言葉に頭を下げると母が隣で背中を撫でてくれる。デイジー様はどんな目に合っていたのか、分からない恐怖に震えがくる。
「ご令嬢にはあまり耳にしたくない内容だったな。ただ公爵夫人となれば、国の深い話も聞くことが増える。慣れるしかないだろう。」
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少し暗い雰囲気のまま食事会はお開きとなり玄関に向かう最中、私はライル様の手を掴んだ。貴族としての仕事をちゃんとして頂かなくてはいけない。
「明日の朝はお迎えに来て頂かなくて大丈夫です。アーク殿下の元へ行ってください。調査の前の方が資料は必要でしょう?帰りも、その時間があるならどうか眠ってください。」
私の言葉に少し驚いた顔をしたライル様は、そのまま手を握り返して父の方を向いた。
「少しだけ話をしてきても宜しいでしょうか?」
渋い顔をした父が頷くと、ライル様は人気の無い場所に案内するように私に言った。ライル様が先程まで寝ていた客間のドアを開ければ、少しライル様の眉が下がった。
「ローズは危機感が足りない。男をベッドのある部屋に案内するなんて、襲われたらどうするんだ。」
そう言いながら私を胸に引き寄せるため、見上げてしっかりと抗議をする。
「男と言ってもライル様です。ハリーも公爵もこの部屋には案内いたしません。」
そう伝えればますますライル様の眉が下がった。後頭部に手が回り、そのまま胸に顔を押し付けられる。苦しいと背中を軽く叩くと、力が弱まった。
「ローズの言いたいことが分かるような、分かりたくないような。」
「婚約者ですから。責任を取ってもらえれば。」
少し先走っても問題ない。と言外に言うと、言葉にならない唸り声をあげながらライル様は私の前髪をかきあげて額に口付けられる。
「そういう話はおいおい説教するけど、ひとまずローズはどうにもならない時にむちゃくちゃなことを言い出すことが良く分かった。朝はハリーに学園まで送らせる。私は殿下に書類を提出したら仮眠をとって、食事もちゃんとする。そして万全の状態で帰りを迎えに行く。そのまま公爵邸で話をしよう。お願いだから、私の一番の楽しみを取らないでくれ。」
お手本のような有無を言わさぬ懇願にしぶしぶ頷き、もう一度強く抱きしめられると手が頭から離れた。
「デイジー嬢もホランド侯爵も無事だから、落ち着いて。今ローズに出来ることは、無事にデイジー嬢が学園に復帰できるように祈ることと、しっかり眠ることだ。私たちのことは、早急に進める。我慢が出来ない。卒業式の翌日を目標とする。」
一つ一つ人差し指を顔の前に示されながら頷き、まだぼんやりとしていた結婚にライル様が前のめりになっていることまで示される。ふぅと息をついたライル様にほんのり赤くなった頬を撫でられ、再び額に口付けられる。
「行動が先になって申し訳ない。王命で親が認めているから、甘えていたのかもしれない。ローズの不安は全部教えてくれないか?」
「不安?」
「婚約解消から私との婚約で慌ただしいのに、次は学園で悪役令嬢。不安になるだろう。まだ心が追いついていないから、不用意に私を惑わせるようなことを言うんだ。」
確かに。さっきのベッド云々は令嬢として有り得ない。熱くなった頬を両手で押さえていると、クスクスとライル様が笑う。
「今日は私のことだけ考えているといい。明日は不安や不満を語り合おう。」
最後に頬に口付けたライル様を見送り出来ずに、私はベッドに座り込んだ。
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