公爵令息の回想
再びライル目線です。
伯爵がタウンハウスに戻ったと聞き、次の日には行動を開始した。
ローズを守りきれなかった謝罪の手紙をハリーに届けさせると返事を持ってきた。『直接会って話がしたい。出来ればローズがいない時間に我が家へ』と書かれた内容に震えながらローズを送った際に伺うとすぐに返事を出した。
通された応接室には伯爵と夫人が並んでおり、お茶を出されるとすぐに頭を下げる。
「ご令嬢を守りきれず、申し訳ありませんでした。」
あれだけ近くにいたのにイザベラ嬢に気を取られ、背後から来たデイジー嬢に反応出来なかった。ローズの悲しげな涙は痛恨の極みだ。
「いや、それはユーリも反応出来なかったから君のせいではない。」
「そうよ。悪役令嬢をやると決めたのはローズだもの。誰も怪我をしなくて良かったわ。」
夫妻揃って仕方がないと首を横に振る。はて、では何故呼び出されたのか。叱責される気で来たがどうすれば良いのか、伯爵を見ていると深呼吸をされて真剣な表情になる。
「ローズに君から口付けたと聞いた。婚約してからまだ時は経っていない。少し早いのではないかと、私は思うが。」
その言葉に勢いよく下を向く。報告は義務かもしれないが、次の日に当主が知っている内容だろうか?
「あら、旦那様が私に口付けたのはもっとお若かったと思いましたけれど。それにもうローズから婚約直後に王家の前で口付けをしたではありませんか?」
のんびりとした夫人の声に伯爵が慌てる。ふふふと微笑まれる夫人はローズと顔立ちがよく似ているが、いたずらっ子のような目をしている。
「あれは君が口付けしないと帰らないと言うから。ローズのは事故だ。あれはうっかりだから。」
「頬で良かったのに、驚きましたわ。ローズは勘違いかも知れませんが、明確にライル様のお口を目指して突撃したのですよ。旦那様、お顔が赤くなってきましたわ。」
動揺して顔を紅潮させる伯爵を気にもせず、伯爵の上着の裾を引っ張ってみせる夫人に驚いてしまう。執事は慣れているのか、全く気にせずに数枚の書類をこちらに渡してきた。執事が手をパンパンと打ち鳴らすと、夫妻のイチャイチャが止まる。
「そろそろ遊ぶのはやめて、本題に参りましょうか。ローズが頭を悩ませているデイジー嬢のことです。」
「ゴッホン、君がホランド侯爵と聞いて思いつくのは何かな?」
すっと表情が変わる夫人とまだ落ち着かず赤いままの伯爵。無理やり頭を切り替えて自分も本題に集中する。
「特徴のある領地ではないため、年代的に事故死した嫡男イーサンのことでしょうか。学年が同じだったのは初等部くらいで、関わりはありませんが。」
「だろうな。君とは格が違う。」
「ただ一つ気になることがあります。亡くなる数ヶ月前に学園で広まっていた噂の内容です。。『数年前から乳母に夜の教育を受けている』と。これみよがしに肯定している所を見たことがありますので間違いないかと。」
絶句する夫妻を見て当然だと感じる。イーサンが死んだのが十五歳。それよりも前からだとするなら、まだほんの子供が母親代わりの大人の女性と交わったことになる。
「書類を見たまえ。イーサンの乳母は元娼婦のようだ。麻薬のような快楽だったろうな。」
その言葉に体がブルリと震えた。もし自分であったなら、堕ちずにいられただろうか。そんな関係の使用人がいればローズに会っても婚約など出来なかっただろう。
「旦那様、何故乳母のことなどお調べに?」
のんびりとした夫人が書類を見ながら不思議そうに尋ねる。確かにこの話は初出しだ。誰にも話してなどいないし、デイジー嬢の件でホランド侯爵が浮上したのは昨日だ。
「旦那様に昨日邸に来た男のことをお話しましたら、すぐにその関係者を調べるようにと仰せになりました。いつも夫人に会った人間は全てお調べになりますから。」
平然と話す執事の言葉に伯爵は固まり、夫人は目を見開いていた。知らない話のようで、私には居心地が悪い。
「とにかくそちらの父上と相談して、ホランド侯爵のことを調べるように。デイジー嬢を悲しませたら、ローズは落ち込むだろう。その時は婚約期間を延長していただくから。そのつもりで動きなさい。」
言葉が段々と雑になる伯爵は誤魔化すように言い放って、夫人の追及を逃れようと部屋を出て行った。
「口付けくらい、いくらでもすればいいと思うわ。婚約者ですもの。ホランド侯爵の件、体にだけは気をつけて調べてね。」
こちらに嬉しい言葉を投げて立ち上がった夫人は、夫を追及するべく部屋から出て行かれた。では帰るかと立ち上がると、ベテランの執事がドアを開けてくれる。
「ローズお嬢様は帰ってくるなり、私のことを心配してくださる優しい方です。どうか幸せにしていただけますよう、お願い申し上げます。」
「彼女がいるだけで私は幸せになれるから、負けないように頑張るよ。」
絶対に婚約延長だけはしない。
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ゆっくりと目を開けると自室とは違う、暗がりの中見知らぬ白い天井が見えた。目を横に向ければ恐らく水色の壁紙だろう。ぼんやりとした思考が、その壁紙を見ている間にバチンと明確になった。
ここは伯爵邸で、二階の角部屋。ローズに連れてこられた部屋だ。
「怒っても可愛いな。」
起き上がろうとした体をもう一度寝転げ、小さく呟くと自然と笑みがこぼれる。少し無理をしている自覚はあった。しかし、しょうがないのだ。ローズを早く手に入れるためには自分の睡眠時間なぞ犠牲に出来る。
カチャという音がすると、自然に瞼を閉じてしまう。昔よくした寝たフリの癖が抜けないようだ。
「ライル様、寝てらっしゃいますか?」
小声のローズが部屋の外から声をかけているのだろう。随分遠い。夫人からの命令は断れなかったようだ。
「そろそろお義父様がいらっしゃるお時間ですよ。」
少しずつ近くなる声に口元が緩むが、そのまま目を閉じて体が揺さぶられるのを待っていると声が近づいてくる。
「ライル様、起きてください。ライっ!!」
ドンと上半身に衝撃を感じ驚いて顔を上げると、ローズの顔が触れそうな所にある。
「あ、あの、暗くて転けてしまいました。」
ローズが喋ると唇に空気が当たる。何か喋れば、そのまま唇を合わせられるのではないかと考えていると遠くでユーリの声がした。
「ご主人様!!奥様!!お嬢様がライル様を襲っておられます。」
その言葉選びに俯いて笑ってしまうと、ローズが膨れっ面で私の揺れ続けてしまう胸を叩いた。
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