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涙を止める方法

 デイジー様にワインをかけられた私は動けなかった。

 手を取って椅子から立ち上がらせてくださったのはライル様。

 私の代わりに子供たちの対応をしてくださったのはイザベラ様。

 ライル様に命じられてデイジー様を拘束したのはハリーだった。

 シェリル様に先導されて孤児院の部屋に移動し、びしょ濡れのローブを脱げば制服は変色し、今朝侍女からもらったハンカチも紫に色を変えていた。

「一生の不覚でございます。」

 ユーリが悔しげに呟き、服を着替えさせてくれる。同時にタオルで髪を拭かれる。

「私が悪いのよ。油断したわ。」

 他人事のように返しながら制服を脱ぎ捨てたが、ハンカチは手放せない。

「お嬢様は悪くございません。そのハンカチをお渡しください。水で濯いで参ります。」

「嫌よ。ほつれてしまうわ。」

 刺繍が施されていない部分を強く握り、ユーリに渡せない。これは私の物だ。私との別れを惜しんで縫われた物だ。

「今から洗えば色は落ちます。大丈夫です、私がやります。」

 ユーリに手を重ねられ我に返り、名残惜しく手を離す。ユーリはハンカチをそっと机に置き、念の為にと持ってきた替えの制服を着せてくれる。

「もっとしっかり見ておけば良かった。ネリネを縫ってくれたのに。」

 後悔の言葉しか浮かばずに勝手に潤む目を必死に堪えていると、控えめなノックが響いた。

「ローズ、大丈夫か?」

 予想はしていたがライル様だ。ユーリがハンカチを持ってドアに向かい、入れ替わりにライル様が入ってきた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。私は大丈夫です。デイジー様はどうされました?」

 ライル様が言葉を発する前に、早口で問いかけた。失礼なことだとは分かっているが、背を向けて声が震えないように背筋を伸ばす。

「ひとまずデイジー嬢は侯爵家に送り届けるように指示を出した。君に差し入れをしようとして、ぶどうジュースと間違えてワインを零したと周囲には伝えてある。」

「苦しい言い訳ですね。」

 棘のある言い方をしてしまうが、振り返ることが出来ないためライル様の様子を窺いしれない。ライル様が深くため息をつく音に肩を揺らすと、足音が向かってきた。心音が聞こえてしまうのでは無いかと胸を押さえると、すぐに腕が目の前に現れ背中に体温を感じる。

「しょうがないだろう。ローズの事で頭がいっぱいだったんだ。デイジー嬢は逃げる気も言い訳もないようだったし、こちらを優先させるに決まっている。」

「ライル様、まだ髪にワインが付いております。離れないと、」

「どうでもいい。」

 切羽詰まった声が耳の間近で響き、頭に口付けられているのが分かった。

「イザベラ嬢が後はどうにかするそうだ。君も送るよ。」

「嫌です。帰りたくありません。」

 即座に返した声が揺れてしまい、必死に唾を飲み込んで涙を堪える。

「理由を聞かせてくれるか?」

 ライル様は私の動揺が治まるのを待って、甘い声で問いかけた。

「出がけにもうすぐ帰郷する侍女から刺繍入りのハンカチをもらったのです。先程ユーリが染みを抜きに行きましたが、きっと元には戻りません。侍女に合わす顔がありません。」

 言葉にするとハラハラと涙が零れ落ちていくのが分かる。せっかく着替えたのに、涙を拭うためのハンカチはない。俯くとライル様の腕が濡れるからと上を見上げると横目にライル様が映る。

「では我が家に行こう。そのまま嫁いでもいいし、落ち着いてから考えればいい。」

 本気か冗談か分からない口調でライルは提案し、腕が離される。

「ぁ」

 温もりが離れたことに思わず声が出る自分に驚いていると、また涙が頬に流れる。すぐに手を握られ、ライル様が正面に現れた。

「ローズは私が離れると思った?残念だけど、離す気はないから。」

 胸に抱かれれば、背中をトントンと叩かれる。

「涙が止まったら、出発しようか。」

「それでは翌朝になりますわ。」

 ライル様のシャツに縋り付いて涙を拭き、グダグダと子供のように文句を言うと小さく笑われる。恥ずかしいが、涙が止まってくれないので仕方がない。デイジー様に裏切られたこともじわじわとショックが広がっている。

「では少しだけ我慢してくれるかな。」

「我慢ですか?」

 不思議に思いながら顔を少しだけシャツから離すと肩に両手が置かれて、ライル様の顔が目の前に来た。と睫毛の見える距離になって、また顔全体が見える。

「王城のお返しだ。責任は取るから許してくれ。」

 ライル様の言葉で蘇るのは自分の婚約時の醜態。

「あんなこと思い出さないでください!!」

 思わず出た大きな声に更に羞恥心が増す。体が熱くなってきて、手だって真っ赤だ。しゃがみこもうとするが、阻まれぐっと強く抱きしめられる。

「可愛い。涙も止まったし、良い事ばかりだな。」

 吐息が触れるくらいに耳元で囁かれ、意識が飛びそうになるのを淑女の気合いで我慢する。



「坊ちゃん、お帰りになる準備が出来ましたよ。」

 ハリーの控えめな声に体を離そうとするが、ライル様は笑顔で離してくれない。と膝裏に手が回り、横抱きにされる。

「目は潤んで、顔は真っ赤だ。誰にも見せたくないから顔は私の胸に。」

 そう言われるとこれは良策かと思えてくる。婚約者であるならば、失礼には値しない。と自分の頭に言い聞かせて腕をライル様の首に回し、顔を押し付ける。

「上手に出来ました。ハリー開けてくれ。両手が塞がっている。」

 私に向けた甘い声の後、ハリーに向けて嬉しそうな声がして扉が開いた。

「っ、状況が飲み込めませんが、馬車でお送りを?」

 ハリーの息を飲む音が聞こえて、つい手の力が抜ける。。やはり下りようかと思っていると、軽く揺れて抱き直される。

「いや、可愛い私の婚約者は我が公爵邸が良いそうだ。馬車で伯爵夫人に手紙を書くから、睨むな、ユーリ。」

 ユーリもいるのならもう少しマシになるまで顔を見られたくない。念を込めて首に手をかけ直した。

「ひとまず転びかけて足首を捻ったことにしておいてくれ。」

 激しく同意と首を動かすと、ユーリのため息が聞こえてきた。



読んでいただきありがとうございます。明日も同じ頃に投稿します。

よろしくお願いします。

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