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歌姫誕生

お約束通り再開いたします。

 次の日フィリップ様の連れてきた婚約者は中等部特待クラスのホランド侯爵家の令嬢デイジー様という、紫色の瞳が印象的な黒髪が腰まで伸びる少女だった。

「フィリップ様、私の歌なんてとても聞かせられませんわ。」

 双子の情報によると控えめで大人しいが成績は優秀で、侯爵家を継ぐためにフィリップ様が婿入りするとのことである。

「声が小さくても私が水をかけられるだけですわ。着替えも万全ですから心配はありません。フィリップ様の好きなデイジー様の歌を聞かせてくださいませ。」

 そう声をかけると、ふるふると震えながら頷いてくださった。

「では、これをお渡ししますね。少し失礼します。」

 私が気持ちを込めて縫った小さなリボンのチャームを胸ポケットに付けさせていただく。色は瞳に合わせて紫だ。

「これで私たちの仲間ですわ。悪役令嬢いたしましょう。」


「オーホッホッホ!!今日はデイジー様が戦いますわ。もしあなた方の声がデイジー様よりも大きかったら、大人しく水をかけられてあげますわ。曲は賛美歌にしましょう。」

 昨日よりも気分が乗って声を上げると、令嬢たちからどよめきが漏れた。

「あら魔女ですもの。部下はいるでしょう?」

 そう言ってもイマイチ納得されない。困ってイザベラ様の方を向けば、思い詰めた顔でデイジー様が前に出てきた。

「ローズ様のために私、戦います。」

 この言葉でようやく令嬢たちは乗り気になったのか、双子が指し示す台の上に乗った。隣の小さな台にはデイジー嬢が乗る。賛美歌は小さな頃から教えられ、口にする歌だ。問題ないはずである。

 他クラスにお願いしたバイオリンとフルートの伴奏が始まると緊張が高まる。


 結果は歴然としていた。

 デイジー様のあまりの美声に令嬢たちの声は止み、テラスにいた生徒たちまでも静まり歌声を聞いていた。声の大きさの問題ではなく、聞き惚れている。


 歌が終わった途端にパチパチと拍手が疎らに鳴り出し、すぐに皆が拍手を始めた。食堂の職員までもが自分の仕事を止めて拍手をする。


 デイジー様は驚きながらも笑顔でカーテシーをして、フィリップ様の元へと走り寄った。

 イザベラ様に腕を押されて我に返り、扇を手にデイジー様が降りた台に乗る。

「勝負は決まったわね。尻尾を巻いてお帰りなさい。次からは歌の上手い仲間でも連れてくるといいわ。」

 パシンと扇を閉じると双子が令嬢たちを出口に誘導し、食堂の扉が閉まる。

「ということで、デイジー様。またお願いしますわ。素晴らしい歌声をもっと聞かせてください。」

 大きな拍手が再び起こり、デイジー様はフィリップ様に促されて頷いた。


 それから約一ヶ月。

 学園内にはデイジー様のように素晴らしい特技を持つ方がいる。ローズは次の日の相手を紹介し、それに勝てるお友達を初等部から探し出してくるようにオーホッホッホと言っている。


 力自慢の商家の息子は初等部のぽっちゃり令息五人を軽々と持ち上げて勝利し、初等部の男の子たちの人気者である。少し厳つい顔で大柄で怖い印象だったが、一緒に遊ぶ姿を見て根が優しいことが周囲に広まり、実家の商家の方にも影響があるという。

 女生徒たちの人気は音楽系である。個人的なお茶会に参加しないと聞けないフルートの名手や鳥の声真似がそっくりな生徒まで登場して周囲を驚かせた。放課後には一緒に合奏をしたり教えてもらったりと交流しているようだ。


 しかし一番の注目は男女共にデイジー様である。

 少し物悲しい曲を選びがちだが、確かな歌唱力が琴線に触れ噂を聞きつけた教師が涙する姿もある。鎮魂歌を得意とするのは嫡男である兄を落馬事故で失ったことが原因であると、本人は語った。

「お兄様は大変優秀で可愛がってくださいました。お兄様が守るはずだった領地を私が守りますと天国にいる兄に話しながら歌っているのです。」

 目を伏せながら話すデイジー様にそっと寄り添うフィリップ様。お二人の姿に好感を持つ人間も多く、生徒間での茶会に呼ばれているようだ。喉の酷使は危険だとマリー様が即席マネージャーとして学園内のスケジュールを取り仕切っている。外でのものはイザベラ様が公爵を通じて話をつけているため、無理には入っていない。


 ====

 ライル様が自由に使う馬車に乗ることに慣れてきた。学園の門で手を振って待っている姿も、皆素知らぬ振りで通り過ぎるほどだ。イザベラ様と双子が「執着心と独占欲が強すぎる。」と怒るくらいの頻度でお迎えに来て下さる。放課後の馬車の行先は勉強のために公爵家か、我が家かの二択である。私を学園から早退させた罰として公爵様から言いつけられたことにライル様は不服そうだった。

「歌劇やカフェでデートをしたかったんだ。今までしてこなかったから。」

 と語るライル様の顔は寂しげで、つい手を取るとアルカイックスマイルで微笑まれた。

「だから迎えに行くよ。毎日は無理だが、出来るだけ。最優先で。」

 その言葉に違えず、三日と開けずに隣に同乗している。我が家に来れば庭園を眺めたり、お茶を楽しんだりと時間が足りないと言わんばかりに。



 そういえばユーリは通常の外出担当の侍女となった。婚約者が変わったことでお忍びの時間が少なくなり、サミュエル領に嫁ぐことも無くなった。今までの侍女の婚約者はサミュエル侯爵家本邸の庭師だったため、嫁いでも都合が良いという上での担当だった。だからライル様に嫁ぐと離れ離れになってしまうため周囲が考えを巡らせた結果、我がシェラード伯爵家の本邸の庭師に転職した。そして来月には侍女は本邸に移動する予定となった。今は引き継ぎ業務と、私に渡すお別れのハンカチにチクチクと刺繍をしている。

 お別れのハンカチとは歴代の侍女たちが自分の技術を一枚のハンカチに刺繍した作品のことだ。ベテラン侍女が辞める際にくれた見事な刺繍を見て幼い私が言ったらしい。額縁に入れてタウンハウスに大切に飾られるシェラード伯爵家自慢の品である。タウンハウスを離れることが決まった侍女の儀式としてまだ浅いが伝統となった行事だ。



「ライル様はホランド侯爵の嫡男だった方をご存知ですか?」

 必死に平静を装いながら口から出た話は学園の歌姫デイジー様のことで、ふと問いかけると満足気に伏せられていた目が開いた。


 当たり前のように右手を取られてライル様の白磁の頬を触らされているが、毎日されても慣れない。「触るのは伯爵や君の従兄弟たちに殺されそうだから我慢するよ。けど私が触ってもらうのはいいだろう。」さすがにこんな暴論を邸で実行する勇気が無いのが救いだが、馬車という密室の中で四人中二人がこんな事をしていれば目のやり場に困る。同行するユーリの目が呪っているのではないかと思うくらいの鋭さになっても、ため息が出そうなくらいにハリーがうんざりしていてもライル様は何処吹く風と到着するまで流されているが今日は違うらしい。


「ホランド侯爵家の嫡男か。亡くなって五年ほどかな。」

「お知り合いでしたか?」

 同い年だとは思ったが、いけない質問だったかと空いている片手で口を押さえる。

「いや、名前を知っていたくらいだ。私は学園に未練がなくて、飛び級をしてさっさと卒業したからね。葬儀も父が行ったくらいに縁遠いよ。」

 安心させるように微笑まれるが、何となく違和感を感じて自分からライル様の頬を撫でる。動揺するライル様をユーリもハリーも面白そうに眺めている。

「本当にですか?」

「あまり良い印象がない人物だと思っただけだ。」

 デイジー様は優秀な兄だと言っていたが、同級生からは違ったのだろうか?小首を傾げると、一度眉間に皺を寄せたライル様はにっこりと笑った。

「今度の学園からの孤児院への慰問にはデイジー嬢も行くんだろう?」

「えぇ、楽しい歌を歌って心を癒していただく予定ですわ。」

 分かりやすい敵役が欲しいとカミラ役で私もイザベラ様から呼ばれている。デイジー様も既に選曲を終え、皆が楽しみにしている。

「私も行くよ。ローズのカミラを見たいからね。」

「ええと、いらっしゃるんですか?」

 ライル様と会うとイザベラ様のご機嫌は急降下する。なるべくなら避けていただきたいが、ライル様が気にする様子はない。

「ところでカミラといえば、何故令嬢たちは水をかけようとするのだろう。」

「絵本にそんな事が書いてあるのですか?」

 慰問に来ることは決定したらしく、ライル様が疑問を投げかける。好機とばかりにハリーが口を出した。よほどに甘い空気に戻るのが嫌だったのだろう。

「ありませんわ。姫が騎士の元に向かって結ばれて終わりですから。カミラを倒したりという描写は一切ありませんでした。」

 そう。別に処刑だの切られるだのカミラには無い。ただ主役が幸せでめでたしめでたしとなる。

「では小さな令嬢たちが水をかけると退治出来ると決めたのだろうか。」

「双子もそれとなく令嬢たちを探ってくれているのですが、なかなか教えてくれないようです。」

 探究心に火がついた二人は伝手を使って絵本の作者を調べている。が、高貴な方だからと出版元も口が堅いらしい。

「このまま遊びとして終わるといいですね。」

 ユーリの言葉に頷くと、公爵邸の前に到着した。学園での遊びの話は終わりだ。公爵夫人になるための勉強に頭を切り替えた。


デイジー14歳。フィリップ17歳です。

読んでいただき、ありがとうございます。明日も投稿予定です。

よろしくお願いします。

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