可愛いは禁止
「「おはようございます。ローズ様、既に準備は進んでおりますわ。」」
次の日。父の出立を見送り、馬車の中でユーリと悪役令嬢の練習をしながら学園に登校したローズは教室に入って早々に双子に声をかけられた。二人は特待クラスではあるがまだ中等部で、もちろん同級生ではない。
「おはようございます。マリアンヌ様、シェリル様。お二人にお会いしたかったのですが、準備とはどういうことでしょう?」
リボンを渡すために手紙を書こうと思っていたが、手間が省けた。鞄の中のリボンを入れた包みを確認しながら、準備とは何か問いかける。
「マリーで結構ですわ。昨日の高等部の食堂は大騒ぎだったのでしょう?私たち出遅れましたが、イザベラ様からお話は聞きました。私たちはローズ様を慕う双子の手下役です。」
「私たちはいつでもローズ様にお会いしたいです。黒板をご覧下さい。最高学年の特待クラスが知恵を絞った内容ですわ。」
シェリル様に示された黒板には上に『ローズ=カミラ食堂計画』と大きく書かれ、細かく何かが書いてある。
途端に派手な紫の扇が目の前に現れた。イザベラ様である。
「やはり扇は必要でしょう?一番目立つものを持って参りましたの。お使いになって。」
広げたままユラユラと揺らされる度にキラキラと光る。
「少し違いませんか?」
仮装にでも似合いそうな扇だ。悪役令嬢ではない気がする。
「何をおっしゃいますの?これはお遊びですもの。」
イザベラ様は扇が気に入ったのか、腰に手を当て扇を顎に当てる。
「「イザベラ様の方が悪役っぽいです。」」
双子に令嬢らしからぬ怒声が返されるのも無理は無い。
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「オーホッホッホ。小娘たち、昨日はよくもライル様に正体を明かしたわね。覚悟なさい。」
授業が始まるまで繰り返し練習をさせられた口上は、少し上ずったが我ながら合格点だ。昨日立ち向かってきた小さな令嬢たちは、魔女が本性を表したことに小さく震えている。
「可愛い」
思わず呟くと、遠くから扇の閉まる音がする。音の方を向くと演劇好きの特待クラスの同級生が首を横に振って、先に進めと促される。
「えっと、コップでは他の方にかかる場合があります。私に水をかけたければこちらをお使いなさい。」
色とりどりの小さなジョウロに令嬢たちは目を輝かせ始めた。好きな色の取り合いを始める始末だ。
「小娘たちに武器を与えてやるなんて、なんてお優しいカミラ様。敬服しますわ。」
私よりも堂々としたイザベラ様が、結局紫の扇を使っていて隣からアシストしてくれる。ハーフアップした髪には私が渡した赤いリボンが巻かれている。「令息にしては良いセンスね。あなたの仲間だと分かるように付けてあげるわ。」と言われた通り、今日の私はポニーテールにして青いリボンを巻いてある。
「もちろん昼食は食べて来たんでしょうね?食べていない子は、私が食べてしまいますわ。」
オーホッホッホと続けると、令嬢たちは「たべました」とそれぞれに声を出す。
「可愛い」
パチンと聞こえる扇の音に慌てて口を閉じると、口元を引き締め両手を広げた。
「では、かかっていらっしゃい。」
初等部の昼の休憩時間は一時間。中等部と高等部は交流や来客の多様さから一時間半あるため、初等部の令嬢たちが初等部が多く使う食堂で昼食を食べてから戦う。カミラが水をかけられたら負け。というルールを双子が既に決めて高等部の食堂には許可が取れていた。全てはイザベラ様の生徒会長権限と、双子の交渉術である。来るまでに準備と昼食に別れ、準備をした方が終了後に昼食。先に食べた方は片付けだ。大きめの食堂の一部を使用しているが、昨日の出来事を知っている生徒たちは寛大で離れた場所で見ながら食事をとっていた。
初回は特に準備も出来なかったので、ジョウロを持たせての追いかけっことなった。かかとが低い靴と身長差のおかげで早歩きくらいでどうにか逃げきれた。水をかけようとしてもスカートに少しかかるくらいの高さでしかジョウロが使えないから少量が床を濡らしただけ。さすがに小さな令嬢たちに体力は無い。ものの10分ほどで座り込んでいた。双子たちが水分補給をさせつつ、オーホッホッホと遠くで笑ってみせて、存分に悔しがらせて終わった。帰った後はモップで拭いて片付いたが、さすがに食堂を走り回らせるのはマナー違反だ。残り時間を反省会と称してノートを前に皆で考え込む。
「計算問題でもさせましょうか?」
「マナーのテストでもしましょうか?」
どうしても内容が堅くなる。どうしようかと頭を抱えた時だった。
「ローズ様、拝見していました。」
反省会中に見知らぬ男子生徒に話しかけられる。高位令嬢のイザベラ様に緊張されてか、少しオドオドとしている。
「フォード男爵家のフィリップと申します。一つ案をお出ししたいのです。私の婚約者には特技がありまして、お役に立てるのではないかと。」
「まぁ、どんな?」
案と聞いてザワつく中、マリアンヌが笑顔で椅子を勧めて先を促す。
「私の婚約者は歌が得意で、あの小さなお嬢さんたちと合唱対決などはいかがかと思いました。どちらの声が大きいのか競うことならお嬢さんたちも楽しいのではないかと思うのです。」
「まぁ。とても素敵な婚約者なのね。」
声に出してしまうと、恥ずかしそうにフィリップ男爵令息は頬を赤らめる。
「私にはもったいない人です。学生時代の良い思い出になるかと、このお話に便乗させていただきたいのです。」
思いがけない提案に想像する。可愛い令嬢たちが声を張り上げて歌う姿。
「なんて可愛い。」
パチンとなる扇の音に思わず反応すると、同級生たちがため息をついた。
「暫く可愛いは禁止なさい。」
イザベラ様の言葉に皆が頷いた。
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「お二人にライル様からお渡しくださいとの事です。」
食堂で小さな令嬢たちを待っている間に双子のマリー様とシェリル様にリボンをお渡しする。キラキラと目を輝かせるお二人は口をそっと押さえてぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「可愛い」
可愛い以外の何物でもない。可愛いは正義である。二人は暫く跳ねて満足したのか、そのキラキラとした瞳で私を見つめた。
「ローズ様に付けていただきたいです。お願いしても良いですか?」
マリー様が言えば、シェリル様もコクコクと頷く。
「シェリルも、付けてください。」
なんて可愛らしいお願いを誰が断れるのだろう。リボンを机に置き、マリー様のツインテールの片側に緑色のリボンを付ける。もう片方をと思うと、緑のリボンがイザベラ様に持たれた。
「そんな時間はありません。私が片方やるから、そっちの黄色をやりなさい。」
「黄色って言わないでくださいませ。」
シェリルの抗議をものともせずに、イザベラ様が緑のリボンをマリー様に結び、黄色のリボンでシェリル様の髪も結ぶ。
「ほら、あなたも黄色を結んで。そろそろ来るわよ。」
イザベラ様に急かされてシェリル様に結び終えると、イザベラ様は高らかに笑った。
「私とお揃いよ。光栄に思いなさい。」
よっぽど悪役令嬢にお似合いの笑い声に、高飛車な発言。今後の目指す人物が決まったようだ。
いつも応援いただきありがとうございます。
ストックが切れましたので、一週間ほどお休みしてこの話を書き終えます。ブクマいただけると幸いです。
その次は結婚式編としたいと思っております。何とか年末までに完結したい所存です。




