なんだかんだデート
資料室を後にはしたが、学園を出るまでの廊下や門までの道程は視線の多いものだった。
まぁ分からなくもない。
つい先日お互いの婚約者が恋人になったことで、婚約を結び直した2人が手を繋いで授業中の学園を歩いている。
しかもライル様では注目の的である。私だって普通の生徒であれば見ているだろう。
馬車まで案内されると、中には苦笑いのユーリがいる。
「最初から私は早退だったんですね。」
連絡をしなければと考えていたのに、1枚上手である。手を軽く引っ張って抗議しても、ライル様は何処吹く風だ。ずっと控えていたハリーが小さく頭を下げる。
「夕食は公爵邸にご招待するように旦那様から仰せつかっております。」
席に座りようやく手を離してもらえば、向かいのライル様が驚いている。
「待てハリー、そんな話は聞いてないが。」
「ローズ様だって急にライル様に連れてこられて、聞いてませんよね?」
にこにこ顔のハリーが同意を求め、ユーリが私の代わりに頷く。
「知りませんよ。お嬢様は予定があればちゃんと私たちに教えてくださいます。急な我儘など言わない良いお嬢様なのです。」
立つ瀬がないライル様が黙ると、ハリーが馭者に合図を出して馬車は動き出した。
「お嬢様の着替えはサラが公爵邸に準備しておりますので御安心ください。それに旦那様も奥様もいらっしゃいますから。」
その言葉にほっとして背もたれに体を預けると、反対にライル様の肩に力が入った。何かあっただろうか。
「それにしても、あの方を絵本の姫と同じだと思うなんて、まだ幼い令嬢ばかりだな。」
「名前も外見も絵本によく似ていましたから、女の子は魔法が好きですよ?」
イザベラ様から預かった絵本をパラパラと見ながら、騎士とライル様を見比べる。別にはっきり描かれている訳ではないが、瞳の色といい髪型といい雰囲気がよく似ている。
「モデルにしているのなら、近くにいらっしゃる方が絵を描いたかもしれませんね。あの方はそんなに国民にお顔をお出しにならない方ですから、貴族でないと。ドレスも以前見たことがある気がします。」
指で騎士の服をなぞりながら集中して思い出そうとしていると、目の前から視線を感じて顔を上げる。
「ドレス馬鹿だと思ってますか?」
アルカイックスマイルとは違う微笑みを浮かべるライル様に思わず唇を尖らせる。
「いや。自分の領地を潤す大事な産業に繋がっているんだからえらいと思うよ。君が我が公爵家をこれから支えてくれるのが楽しみだ。覚えるものはたくさんある。」
そう。たくさんある。なんと言っても公爵、もっと言えば順風満帆な公爵である。ウィンダム公爵領には鉱山があり、宝石も採れるそうだ。
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「さぁ、賄賂を買おうか。」
連れて来られたのは豪華な宝飾店。ユーリを留守番に、すかさず手を繋がれたライル様が隣に、ハリーは後ろについた。こんな高級店には1、2度しか母に付いて来たことしかない。最高級の絹をどれだけ買えるか分からない値段にくらりとしたものだ。
夜会と同じくらい緊張して入ると、深々と老年の男性が頭を下げる。
「いらっしゃいませ、ウィンダム公爵令息。この度はご婚約おめでとうございます。奥にどうぞ。オーナーがご挨拶をしたいと申しております。」
「ありがとう。こちらが婚約者のローズだ。店長、急で悪いな。」
奥の部屋に入れば、ライル様に促されてソファに座って待つ。
「ここは公爵家の取引相手でもある。職人が優秀で、加工も上手い。」
小さな声で囁かれる通り、飾ってある置物は見事である。
「ありがとうございます、坊ちゃん。ご婚約おめでとうございます。」
入ったドアとは違うドアからでっぷりとした中年の男性が現れた。
「お座りのままで結構ですよ。オーナーのボルトです。ローズ様、どうかお見知り置きを。」
恭しく礼をされ、人好きのする笑顔に良い商人であると確信する。
「これからローズも世話になるよ。私がいなくても、支払いは私に。」
見えるように繋いだ手を見せつけられ、思わず片手でライル様を窘める。
「私だけで入れるお店ではありません。」
「ではお2人でいらっしゃってください。」
ボルトさんがオチをつけて、先程の店長さんが箱を持ってきた。
「双子にお礼を贈らないとと思ってね。ローズがリボンと言ったから、こちらに相談したんだ。」
開けられた箱には赤、青、緑、黄色のリボンの端に小ぶりな宝石が付いている。赤にはルビー、青にはサファイア、緑にはエメラルド、黄色にはトパーズが付いている。私がライル様に言ったからか、2つずつ用意されている。
「まぁ!!色が合わせてあるんですね。これなら双子ちゃん達にぴったりです。どうしましょう、緑と黄色かしら。」
思わず感嘆の声を上げれば、ライル様とボルトさん、店長に笑われる。
「ローズは青だから。赤はイザベラ嬢に贈ってはいかがだろうか。オーナー、青と緑と黄色は2つずつ、赤は1つお願いするよ。」
ライル様に青のリボンだけ私の手に渡され、店長は恭しく礼をして部屋から出て行った。途端にハッとする。ここは高級店だ。こんなに買って頂いてはならない。
「ライル様。私の分は要りません。」
談笑していたライル様とボルトさんは私の言葉に固まり、すぐに笑い出す。
「婚約者に贈らずに、誰にプレゼントを贈れというんだ。ローズも気に入っただろう?身に付けてくれないと、悲しいな。」
「お値段ですか?これはそれほど高価ではありませんよ。娘に任せている少し庶民的な店で売るか悩むくらいの品物です。」
ライル様に手元のリボンごと手を優しく握られる。
「今まで私は婚約者に義務的にしか贈って来なかった。ローズも同じドレスだけだった。だから贈り物をするというのは新鮮だ。相手が喜ぶ姿が見たいな。」
眉を下げながらじっと見つめられれば、頷かざるを得ない。
「それは、ズルいです。遠慮なくいただきます。」
悔し紛れに手を広げれば、ボルトさんが豪快に笑い声をあげる。
「男は強請られると嬉しくなるものです。他もご覧下さい。」
少し悔しくて手に持ったリボンを見つめていると、ムクムクとアイデアが浮かんできた。
「ライル様、早速お強請りします。これの安価な物を作りたいのです。」
顔を上げて宣言すると、2人の口がポカンと開いてたが思いつきを話すことにした。
「制服の胸ポケットや、手鏡や荷物に飾りとしてこのリボンを結んで形を固定した物を金具で付けたいのです。リボンの端に小さな宝石を付けて縁どりの刺繍もします。それを私のお友達に配れば、魔女の証に見えます。リボンの布は私の邸に大量にありますし、宝石は小さく穴を開けた物をドレスの装飾によく仕入れています。こちらの石ではお値段が上がってしまいますしサイズが大きすぎます。違う店の石で作る権利を買ってください。」
一息で言えば、2人は困惑からか眉を顰める。やはり難しかったか。
「魔女のことはよく分かりませんが、ひとまず違う店というのは?」
ボルトさんが腕組みをしながら、質問してくれる。すぐに断られなかっただけ、マシではないだろうか。
「学生がよく行く通りにあるアリスという店です。センスある雑貨も多いですが、ドレスや小物に付ける石にも定評がある店です。」
そう答えれば、ボルトさんの眉は少し形を変えた。軟化したという表現が正しいのか分からないが、むにゅっと変わった。
「私の娘の店ですよ。こちらで使えない石を卸しているのです。利権については娘の方が適任ですね。すぐに見本を用意させて、こちらに呼びましょう。」
慌ただしく部屋を出ていく姿は、さすが商人とも言える順応性である。ライル様を見れば、眉を顰めたまま難しい顔をしている。
「ごめんなさい。いきなり変な話をしてしまって。」
十分変な話である。宝石を強請れと言われたのに、権利を強請った。王命とはいえ、変な女を嫁にしないといけないなんて申し訳ない。
「小物、チャーム、魅了か。いい作戦だ。」
ちょっと、いやそんなことは作戦とは思っていないのだが。うっとりとした表情に変わるライル様に下手なことは言わない。
「だって可愛かったのです。」
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「あらロージー、あなたやっぱりご令嬢だったのね。」
ボルトさんに似たアリスさんが現れたのは、30分も経った頃だった。アリスさんは30代の快活なぽっちゃりとした女性だ。アリスさんには母の店のただの従業員ロージーとしてしか会っていない。
「こんにちは、アリスさん。」
ブラウンの髪をポニーテールにしたアリスさんは豪快に笑った。
「話はここに来る途中で聞いたわ。あのリボンは悩んでたのよ。父の店では安い、私の店では高い。中流層の店は持っていない。買ってくれて助かるわ。おまけに改善策までくれて、確かに小さい飾りの方が売れそうね。小さな石はそのお坊ちゃまの所のだし、ロージーの所で作ってうちに委託してくれると嬉しいわ。金具の手配は私がするわ。あなたの店なら縫製は確実だし、何せ幸運のお嬢様だもの。売値の5割でどう?」
ペラペラと喋る交渉術に、1度深呼吸する。
「母に相談してからでないと。ここではお返事出来ません。」
「そうよ、商売の基本ね。お嬢様じゃなかったらスカウトしてるのに。」
うんうんと納得していただいて緊張が解ける。
「まずロージーの分を作ってくれて構わないわ。これ金具とお望みの加工した石ね。後から試作品を作って交渉しましょうね。」
あっさりとした会話に拍子抜けしながら、握手をして会話を終える。
「あぁ婚約おめでとう。坊ちゃんもおめでとう。そろそろ業者が来るの。じゃあね。」
ついでとばかりにライル様に挨拶をして、颯爽とアリスさんは出て行った。
「なかなか個性的な女性だな。」
興味を持たれなかったライル様は呆気に取られていた。
ローズの言いたいことはリボンのストラップのイメージですが、説明するのが難しいです。
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