婚約パーティーとダンスと馬車
陛下がエリーゼ様とジェイクの婚約を発表する間、私たちは隅で人に壁を作ってもらって待機していた。二人でいることが周囲にバレたら、王女の婚約発表が台無しになってしまう。
夜会に出席すると決めると、まず髪を直されることになった。
気絶した時に崩れた髪をライル様は撫でながら直していたらしいが戻らない。毎日同じ髪型が多かったせいでシェラードの侍女は髪を結うのがあまり得意ではない。崩れた髪で出席するくらいならば、いっそいつもの髪にしようかと思うほどだった。それを制止したのは王妃様だ。祝いだからと王妃様の髪を担当する侍女様に特別に結っていただく。
そこで私はライル様への対策案をお願いした。『左に結って欲しい』と。
ライル様は私の左に立つと決まっている。ならば壁が欲しいのだ。ライル様のお顔と私の顔の間に壁が。
おかげで横目で見ただけではライル様のお顔は見えない。イコールライル様からも私は見えない。失態は犯してしまったが、柄にもなく緊張しているのをライル様にバレたくないのだ。
「ローズ。次は薔薇の刺繍が欲しいな。」
エリーゼ様が話し始めると左側からライル様が私に囁いた。刺繍とは靴のお礼にと先程渡した公爵家の家紋を刺繍したハンカチのことだ。ハンカチは今ライル様の胸元に納まっている。
「分かりました。薔薇と蔓を縁どりにします。」
少し踵を上げて返事をすると、その分屈んでくれる。結局顔が近づく気配がして私の作戦は失敗だとまだ登場してもないのに気づいた。
「今度は髪飾りを贈るよ。その次は指輪かな。」
耳元でライル様の囁く声を聞きながらも会場の拍手の音に添えていた手が緊張で震える。ということは手を添えているライル様にも判ってしまう。せっかく緊張をほぐそうとしてくれているのに、私にはあまり効果は無いらしい。
「今日のローズの仕事はドレスを宣伝することだ。私たちが守るから、ドレスを綺麗に見せてやりなさい。」
ライル様の言葉が合図かのように壁は無くなり、貴族令嬢として口角を意識的に上げて前に進んだ。
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二人でのダンスの練習はしていない。
共通して教わったことのある学園の講師にウィンダム公爵家が内密に依頼してみると、私は練習が必要ないと答えたらしい。リードをするライル様にだけ教えると訪問はしたそうだ。休んでいる間に講師から届いた手紙には、「いつもより胸を少しだけ張ってパートナーに任せなさい。」とだけ書かれていた。
挨拶の後がダンスで助かった。あのまま囲まれていれば、ボロを出してしまったに違いない。
一曲目をそつ無く踊りながら少しずつ緊張が解けていく。ジェイクに比べてライル様のリードは圧倒的に踊りやすい。体が自然と動くと余裕が生まれる。
「ローズ、次の曲でリフトをしてみようか。」
「分かりました。お手並み拝見致します。」
中央付近でライル様が話しかけられる。リフト、少し不安で目線が下がると、ライル様に手をギュッと握られる。意識して顔を上げるとライル様が微笑んでいる。
「心配しなくても平気だ。先生からは私と君なら大丈夫だと保証されている。ローズは完璧だから、頑張りなさいと発破をかけられた。」
そう言われると自然と胸を張って笑顔があふれた。
踊る最中にチラリとジェイクを見ればエリーゼ様の身長に慣れていないせいか動きが悪い。
「何であんなに踊り慣れていないんだい?」
笑顔で問いかけるライル様に私は笑みを返す。
「私以外に、慣れていないからですわ。ジェイクは苦手なことは必要最低限しかしないタイプですの。」
短所である。だから地理にも社交にも弱い。
「君は私にも慣れているようだがね。」
確かにジェイクとライル様は身長も体格も違う。体型で言うとひょろひょろのっぽと、中肉中背だ。
「父とも兄とも叔父とも従兄弟とも踊りますもの。相手なんて選びませんから。」
「あぁ、ジェイクは君だけか。」
ケラケラと笑いながらステップを踏むライル様も、エリーゼと1曲踊った後はいつも色々な令嬢の相手をしていたただけあって慣れている。
「やはりダンスは慣れと練習あってのものだな。ローズとはこれから慣れていくんだから、楽しみでしかないよ。」
「それでも今日は三曲くらいでお休みさせてくださいね。踊り終われば囲まれますわ。」
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「リフトの時に裾がパッと舞って、とても美しかったわ。どこの物かしら?」
「ありがとうございます。裾の刺繍はクレールの職人が担当してくれましたの。デザインは母の店ですわ。」
「今度お願いしようかしら。」
「ぜひよろしくお願いします。」
婚約関係の話は近くに控えたアーク殿下とコレットが、男性の貴族はライル様が、私は主に女性のドレスに関する話を中心に人を捌いていく。
待ち構えていた女性からの反応で特に多いのは踊っている時の裾に対しての感想だ。近寄ると今度は首元や袖のレースに目がいくのか、デザインについての質問が続く。思っていたよりも効果は絶大なようだ。
「そういえばローズ様はご存知ないと思いますが。ライル様の乗馬姿はとてもかっこいいのです。」
少し年上、ライル様と結婚しても問題ない年頃のご令嬢から繰り出される『ローズ様はご存知ない』というワードにさっきから苦笑いは止まらない。
その度に、
「では今度一緒に遠乗りに行こう。私と一緒の馬に乗れば怖くないだろう?」
「あの歌劇はとても好きだよ。まだ見たことが無いなら予定を合わせて行こう。ローズの好きな作品も知りたいな。」
「あの子爵はとても商才があるんだ。先程二人でと夜会に招待されたから、予定を空けておいてくれ。」
と、ご本人のライル様が私に話しかけてくる。
「結婚は早くしたいよ。もちろん最高のものにしたいから時間はある程度かかるけれど。その間にローズとはお互いを知りたいと思っているんだ。悪いけれど、あまり私のことを教えないでくれないかな。」
キラキラ度MAXで向かってくるご令嬢たちに笑顔を浴びせ、繋いだ手を引っ張られる。別々の人間と話しているのに私とライル様の手は繋がれていて、たまに握られあまつさえ引っ張られる。
「ライル様、転んでしまいます。」
ヒールの高い靴で不安定だから手を離して欲しいと暗に言うと、繋いでいたライル様の手が今度は腰に回る。
「大事な婚約者を転ばせるわけが無いだろう?この方が安定するかな。」
体が更に近づけば令嬢からは悲鳴が上がり、子息からは歓声が上がった。
「おおっ、ライルやるな。」
男性からの野次に注意がそちらに向いた時、背後でパシャと水音がした。
慌てて振り向けば上着を濡らした王太子様と、真っ青な顔をした令嬢がいる。令嬢の手には赤ワインが少量入ったグラスがあることから、彼女が王太子にワインをかけてしまったのだと推測する。
「君、危なかったね。もし今日の主役のローズ嬢の見事なドレスに赤ワインなんてかけていたら、国内で新しいドレスを作れなかっただろう。」
「いいえ旦那様、作ってくれ店はあるわ。国の中でもトップクラスの若い才能たちに作って頂けないだけよ。貴女のような令嬢に相応しいドレスは断られる可能性が高いだけ。」
眉一つ動かさずに側近たちに服を拭かれる王太子様と、じっくり値踏みするように令嬢を見つめる王太子妃様に皆が頭を下げる。
「『偶然』ライルの後ろを通りがかったら、危なっかしくワインを持っている令嬢が見えたんでね。危ないよと声をかけようとしたら、『うっかり』間に入ってしまって。いや、失敗だったな。」
「そうですね。『うっかり』ローズ嬢のドレスにかからなくて良かったです。貴女のお父様のウィール男爵はどちらにいるのかしら。」
扇で口元を隠して王太子妃様が言えば、王太子様が笑いながら首を横に振った。
「気にしなくていいよ。ローズ嬢が無事で良かった。」
王太子妃様を宥めながら王太子様はライル様に視線をやり、そのまま離れていった。すかさずコレットが声を出す。
「ちょっと疲れたわね。ローズたちも休憩しましょう?」
コレットに手を引っ張られてライル様から離されると、そのまま休憩室のある扉に向かう。
「他が上手くやってくれるわ。」
コレットの笑みに王太子妃様と同じ匂いがした。
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帰りの公爵家が所有する馬車の中、今日は従者のハリーが腹を抱えて笑っていた。馭者ですらニヤニヤと笑いながら馬を操っている。
「そろそろ家だぞ。笑うのを止めろ。」
ムスッとしたライルは頬が赤く腫れていた。
先程までローズと侍女のユーリが乗っていたが二人が起こした出来事のせいで、ハリーはまだ笑いを止められない。
王家の休憩室の廊下まで侵入する令嬢が現れたことで、結局ライルとローズはそのまま帰ることになった。後はオスカーやローガンたちが上手くやるのだろう。
「あぁ、久しぶりに笑顔でパーティーに出たから疲れてしまったよ。」
ライルの隣はハリー、ライルの向かいにはローズ、その隣にユーリで座る。事前にライルがローズを伯爵邸に送り届けると決まっていたのでウィンダム公爵夫妻が所有する中で一番、ライルは二番目に高価な馬車で登城した。シェラード伯爵の馬車とは違うらしく、ユーリがこそこそと座面の布を確認してはローズに小声で報告している。
自分の頬をぐにぐにと触るライルをローズが見ていると、良いことを思いついた。
「公の場では無意識に使わなかった筋肉でしたから、余計にお疲れのようですね。我が家に良いマッサージが伝わっていますが、試されますか?ちょっと痛いのですが、効きますよ。」
ちょっとでも何でもライルはマッサージと称してローズが触ってくれるのなら良いと思い頷いた。するとローズはユーリに頷いてみせ、ユーリは席を代わるようにハリーに要求する。
よく考えれば伯爵令嬢がマッサージを自分ですることは無いだろう。ここでローズにしてもらいたいというのは無理な話である。
ライルの隣に座ったユーリは、「久しぶりですが、頑張ります。失礼します。」と頭を下げてライルの頬に触れた。
そして左右に思い切り伸ばし始めた、
「痛い痛い、いーっ、ユーリ、痛いぞ。」
美形であってもやはり頬を引っ張られれば間抜けな顔になるのだと、ハリーは思いながら顔の筋肉を引き締めた。引き締めるだけでは耐えられそうにないので、頬を噛む。
「けど効くのです。我慢してください。」
「はい、明日驚くほど楽になりますから。」
手加減せずに引っ張るユーリと、痛いのを知っているため顔を顰めながら応援するローズ。そして叫ぶライル。その形相に笑いを堪えるハリー。声だけが聞こえてくる馭者は少しスピードを緩めた。
「大丈夫です、ライル様。あと少しですわ。」
ローズが堪らず正面からライルの手を取って握ると、ライルの叫び声は小さくなりしっかりと手を握り返す。それがハリーのツボにはまり、自分の腿をつねりながら早く終わることを祈る。もしここで自分だけ吹き出したら、三人はきっと冷たい目で見るのだろう。男二人にとっては拷問の時間だった。
伯爵邸に辿り着くまで行われたユーリの顔面マッサージが終わると、ライルの頬は赤く少し顔が大きくなっていた。
「出来れば少し冷やした方が良いかもしれません。」
頬に触れるか触れないかで手を止めたローズの手を握り、ライルが自分の頬に当てさせる姿は正に貴公子であったが頬は物理的に赤い。
「今日は楽しかった。また連絡するから、ローズからも手紙が欲しい。」
キザな台詞を吐くライルにローズが頷き、邸の玄関まで送り届けて別れとなった。
その後の馬車でようやくハリーと馭者は笑っている。よく耐えたとお互いを褒めたいくらいである。
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「良い日でしたね。」
邸に帰り、ライルの頬を濡れタオルで冷やしながらハリーはまだ思い出し笑いをした。問いにライルはすぐに口角を上げる。
「あぁ、ローズと婚約出来てダンスもした。口付けまでしてもらえて幸せだよ。」
「倒れた時に抱きしめましたしね。」
「咄嗟によく出来たよ。いい匂いだった。」
「頬を引っ張られてもお釣りが来るくらいの良い日でしたよ。」
最良の日に続く日々が始まることにライルは満足気に微笑んだ。
これにてスキャンダルまでは終了です。
数年後を書くか、ライルとローズの結婚までを書くかで悩んでおります。
感想お待ちしております。




