二人の婚約
バルコニーでエリーゼ様とジェイクが婚約発表をしている間に、私はライル様と婚約することになった。婚約すること自体は決まっていたが、エリーゼ様に内密にするためと契約日を指定したのは王家だ。
王城の広間にはウィンダム公爵家、シェラード伯爵家、王妃様に王太子夫妻、第二王子夫妻まで揃っていた。
「皆へのサプライズだから、エリーゼ達にはパーティーまで内緒だよ?あちらも浮かれているが油断はしないようにね。」
王太子様は誰よりも弾んだ声で浮かれ、承認のサインをするためのペンをいち早く持って待ち構えるので王太子妃様に窘められている。
隣にいらっしゃるライル様はもちろん正装で、いつもよりも神々しい。おまけに無表情ではなく笑顔を振り撒いている為に私は疎か、王城に勤める使用人ですら動揺を隠せていない。
「今日のローズ嬢を見ると、やはり今まで赤だけではもったいなかったと深く感じますね。」
アーク殿下にお世辞を言われる通り、今日の私はトレードマークの赤いドレスではない。
青のドレスはAラインで、今まで覆われていたデコルテがさらけ出されて落ち着かない。髪だってひっつめておらず、右に流して結び白い紐を編み込んである。
「レースも刺繍も一流ですもの。完璧よ。」
ドレスは母がオーナーをしている店の店長・マダム ミーナが指揮を執って、独立している元お針子部隊が自分の得意分野を極めた我が領地の最高傑作となった。エリーゼ様たちの手紙が新聞に発表されてから、近々私が主役になるパーティーが確実にあると踏んだマダムが声をかけて、私に内緒で作られたドレス。それは澄んだ青でレースに縁取られた胸元、裾の銀糸で波打つ刺繍と生地や付ける宝石と技術をこれでもかと発揮したドレスだ。正直私が着るのが勿体ないくらいだが、サイズぴったりに調整されたドレスを鏡で見る度に自分の気分が上がっていくのが分かる。ジェイクに決められて着ていたドレスとは違う、私に似合う事を第一に考えられたドレスは光り輝いている。
「今まで隠していた分、この白さが出たのかしら。羨ましいわ。」
コレットがわざとらしく私の胸元を指摘するために顔を赤くすると、そっと隣から青いスカーフがかけられた。
「コレット王子妃、お言葉が過ぎますよ。邪魔をしないでください。」
「あら、可愛い従姉妹を嫁に取られるのだから、もう少し堪能させなさいよ。」
2人の空気が険悪になる前に、慌ててライル様の腕を引っ張る。その間にコレットはアーク殿下が回収していく。
「ライル様。靴を贈っていただき、ありがとうございます。」
足を少し前に出して靴を見せてから微笑めば、上がり気味だったライル様の眉が通常に戻った。
「夫人から青のドレスだと聞いたから、銀色が相応しいと思ったんだ。本当はアクセサリーもと思ったんだが、やんわり断られた。ネックレス、よくドレスに合っているよ。」
胸元のネックレスは母のお気に入り、主張し過ぎない靴と共にドレスを主役として引き立たせている。
「さて、サインをお願いしましょうか。」
王妃様のかけ声でお父様、ウィンダム公爵、ライル様に私とそれぞれサインをし、最後に王太子様が王家承認のサインをして役人に渡す。
「これで婚約完了ね。」
周囲から拍手をいただいていると、ライル様が皆を手で制した。その横顔に嫌な予感がする。
「私たちは婚約が結婚に繋がるなんて信じていませんよ。」
ざわつく家族にライル様がニヤリと笑った。貴族ではなく舞台で悪役がやるような片側だけ口角を上げる笑顔だ。
「ユーリ、ちょっと前においで。」
壁際に並んでいたユーリに声をかけたライル様に、私は絶望している。王城に来る侍女にライル様がユーリを指名した時に薄々気付いていた。この人は何か企んでいる。教会の小部屋でライル様はユーリの言葉に爆笑していたのがどうにも気になる。
『妾では困ります。正妻にしてください。してくださるなら、どうかこのユーリの目の前でブチューと口付けてお嬢様を傷物に。』
されそうな気がするのだ。この場で傷物に。
ライル様は私を立たせて正面で片膝をついた。私の手を取ると、自分の両手で包み込んでこちらを見上げてくる。正しくプロポーズの姿勢である。
「ローズ嬢、君を妻にしたい。一生大切にするよ。」
正統派のプロポーズである。心臓がドキドキしていると、ライル様に目で返事を促される。ライル様には舞台俳優のような演技は似合うが私にまで真似事を強いるのは間違っている。
「もちろんです。よろしくお願いします。」
いきなりにしては優等生のような答えになったが、どうだろうと不安が募る。チラリと周りに目を向けると、お母様たちの目がキラキラとしているので間違いではないようだ。
「ありがとう。では…」
そう言って立ち上がったライル様はユーリに意味ありげに視線をやり、私の肩に手をかけた。
やられるくらいならやってやる。
何故そう思ったのかは分からないが、私は徐々に寄せられるライル様の唇に口付けていた。不慣れなものでぶちゅーと。
離れて見えるのは呆然としたライル様の表情。
あれ?と思いながら見つめていると、ライル様は顔を真っ赤にして座り込んだ。
「坊ちゃんは頬にキスをするおつもりだったんですよ。」
ユーリと同じく待機していた従者のハリーが呟く声が部屋の中に響き渡り、私は意識を手放した。
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目が覚めると通い慣れたコレットの部屋のベッドに寝かされていた。事実が脳裏を巡ったが途端に思わず顔を両手で覆い隠す。
「もうお嫁にいけない。」
絞り出すように出した声に、コレットやお母様が気付いて近寄ってくる。
「未来の旦那様にしたんだから問題ないわ。」
「そうよ、お父様たちの前でしたからびっくりしただけよ。」
「伯爵様はずっと窓から外を見ていらっしゃいます。」
最後に入ったユーリの報告に私は手を頭を抱えた。
「結婚はします。けれど今日の夜会には出たくない。このまま帰りたい。」
寝心地のいいベッドで唸りながら悶える。本当はぐるぐると回りたいが、ドレスに悪くて出来ない。明日ならライル様に会えるかも知れないが今日なんて申し訳なくて合わせる顔がない。しかもダンスもある。
「くっついて踊れない。」
誰の説得だろうと肯定なんて出来ないと顔を腕で覆って駄々を捏ねていると、ノックの音がしてコレットたちが出ていく気配がした。
「ローズ、被害者が来たよ。」
同時に聞こえる楽しげなライル様の声に思わず肩が震える。
「夜会で私と踊るのが嫌だと聞こえたけれど、間違いだよね。」
ベッドの縁が沈み、ライル様の手が私の髪を耳にかける。もしや二人きりというではないかと不安に思いつつ、顔が見せれずに手は外せない。
「お嬢様、ライル様のお耳が赤いです。まだダメージあります。」
すかさず入ったユーリの報告と、ハリーのくぐもった笑い声にひとまず部屋に四人はいることを安心しつつ、指の間からそっとライル様を見た。
「赤いかな?」
「真っ赤です。」
頬も赤い気がする。ライル様にそっと腕を取られて顔を隠すものは無くなり、大人しく起き上がると頭を撫でられる。
「君は本当に面白い。可愛い婚約者を紹介したいから夜会には出て欲しいな。」
ライル様の目尻が下がり、細くなった目で繰り返し頭を撫でられるが私は頷きたくない。
「私には執着がないとライル様は仰いました。諦めるのが早いと。だから諦めません。」
自分の手を握りしめながら俯くと、ライル様の口から軽く嘆息が漏れる。
「言ったけど、違うことに執着しなさい。大体夜会に出ることは君の愛する領民の為になることになんだよ。」
見つめる手にライル様の手が重なり、指が絡んでくる。ジェイクにされた事がないが、これは婚約者として合法だろうか。
「領民のため。」
「そうだよ、君の着ているドレスはシェラードの技術をフルに使った最高傑作じゃないか。それを一番注目される日に着るなんて、最高の宣伝になる。領地も潤うと思うよ。」
ぼんやりと考えていた頭が冴えてくる話に目線を上げると、ライル様が微笑んでいる。
「一番目立つのはエリーゼ様とジェイクでは?」
「私が引き立て役だ。一番になれるように頑張るよ。」
領民を盾にとられると、私は頷かざるを得ない。ライル様は私の顔を見てしてやったりと笑った。




