スキャンダルは明かすことにした
「ローズ様、少しお時間よろしいですか?」
声を揃えた双子のマリーとシェリルが昼食を食べようと食堂に向かう私に声をかけた。
「もちろん。どうかなさったの?」
いつも賑やかな双子だが、今日は何だか張り詰めている。というかここ数日、周囲の雰囲気が何となくおかしい。
声をかけることを計画されていたのか、人目のつかない予約制の個室に促され、まずは昼食をいただく。言葉少なに手早く食べてしまえば、双子の目が私をしっかりと見据えた。
「ローズ様、この前の夜会で変な噂を聞きました。ローズ様とライル様が二人きりで会っているのを見た方がいると。本当ですか?」
マリーの質問に頭が真っ白になる。確かに隠し部屋で密会はした。ただ複数の人間が同席している。あの部屋の存在を誰が喋ったのか、疑いたくない人の顔を思い出していると、シェリルが付け足す。
「王立図書館の書庫で抱きしめあっている二人を見たそうなのです。」
「そんなことしてない。行ってもないわ。」
即座に否定すると、二人は椅子から立ち上がって近寄った。
「ということは、お二人は別の場所で会っているのですね。」
さっきのは双子カマをかけられたのだと気づき、愕然とする。
「二人きりでは会ってないわ。疚しいことは一つも無いの。」
悔しくて手を強く握りしめて俯くと、シェリルが私の手を優しく包み込んだ。
「大丈夫です、ローズ様。私たちもおかしいと思ったんです。二人が王立図書館で密会するなんて不思議なお話しだと感じていました。」
「だから調べました。どこが噂の出処なのか。」
マリーは私の目にハンカチを当ててくれる。どうやら目が潤んできたことがバレたようだ。
「噂を広めようとしているのは、どうやらエリーゼ王女殿下の侍女をしている令嬢のご友人ばかりなのです。婚約者のライル様を嫌っているのは有名ですが、低俗なゴシップにローズ様を巻き込む理由が分からなくて。それでお呼びしたのです。」
二人の説明に頭の中で整理がつく。売られた喧嘩は買わねばならない、マリーとシェリルの手をギュッと握った。
「お二人にご相談したいことがあるの。放課後にどこかで会えませんか?」
マリーとシェリルが夜会での噂と噂を流した人間まで調べてくれたおかげで、私の中で決心がついた。使う気が無かった手紙を公表する気になったのは、エリーゼ様とジェイクがライル様と私の噂を流したからに他ならない。自業自得だと自分に言い聞かせる。
早速放課後二人をシェラード邸に招待して手紙を見せると、二人はよく似た顔で目を白黒させながらじっくりと手紙を精査した。ライル様には連絡せずに判断した。これなら責任を取るのはシェラード伯爵令嬢の私一人だ。
「これを公表したいの。流出元を明かさずに出来ないかしら。」
心配する二人にジェイクのお陰で培った悲しげな表情で教えを乞うと、然るべき二社を選び抜粋する箇所、一緒に掲載する文章まで考えてくれた。
「こんな二人にローズ様の幸せを壊す権利はありませんわ。」
双子は交互に慰めて、帰って行った。
次の日には学園に手紙を持って行き、双子に同席してもらって別の取材と称して新聞記者と打ち合わせる。決して出処は口外しないと念書を書いてもらい、手紙を託した翌日には新聞の一面に掲載された。
そこからは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
お父様とお母様に事情を説明すれば、良くやったと褒められた。使用人もここ数日の噂を聞いていたのか、ジェイクとの婚約が無くなりそうだと喜ぶ反面嫁ぎ先はどうするのかと複雑な面持ちだった。
さすがに学園に通えないため仮病を使い邸に閉じこもっていると、ライル様がお見舞いに来てくださった。
「ちゃんと先触れはお見舞いに行くと伝えたよね?」
「えぇ、お見舞いのお花もいただきました。ありがとうございます。」
お父様から庭園でお茶をするようにと指示を受け、一応仮病の身として最低限の格好で赴く。
あちらも今まで見た中でも一番ラフなシャツでいらっしゃった。
「じゃあ何でそんなに侍女たちが睨んでいるんだい?見舞いだよ。」
ライル様の後ろにはもちろん従者のハリーがいるが、私の後ろには侍女どころか使用人たちが男女問わずに並んでいる。
「お嬢様をお叱りにいらっしゃったのでしょう?」
何故か代表してユーリが発言すれば、皆が頷く。
「本当に見舞いだ。さぞ大変だったろう。労いに来たんだよ。だから二人で話をさせてくれないか?絶対に泣かせるようなことは言わないから。」
伯爵家の使用人に丁寧に懇願するライル様に皆が不審がる。当然だろう、我が家の使用人は平民ばかり。公爵子息が命令すれば、最悪命だって危ういのだから。
「本当にですか?離れたらお嬢様の頬をぶったり、ムチで叩いたり、服をぬ「しないから。」
どんどん過激になるユーリの発言内容に殺気立つ使用人に、ライル様は椅子から立ち上がって両手を空に向けて上げた。
「皆に誓う。君たちの大事なお嬢様に手を出さない。もし出したら、私を殺してくれて構わない。」
あまりのオーラに使用人たちは圧倒され、私が合図をすればズルズルとユーリを羽交い締めにして距離を置いてくれた。
「ライル様、使用人が失礼なことを。」
「いや、大事にされてるね。婚約者のあんな手紙が世間に知れたら、ざまあみろと考えるやつもいるよ。現にうちには居たみたいだ。だけど事情も知らないのにお嬢様を守りに来たんだろ?きっと私が抗議しに来たと思ったんだろうね。」
確かに私が公表したことを知らないのだから、皆はもっと傷ついていると思っていて毎日私の好きな料理や花を飾ってくれる。
「ひとまずお茶を飲んで落ち着こう。見舞いにクッキーも持ってきた。」
ライル様がポケットからクッキーを差し出すと、ハリーは笑いながらユーリたちの元へと下がった。
「焦れて情報漏洩とか、二人の考えそうなことだね。あの噂さえ出さなければ公爵になれたかもしれないのに。」
私が手ずからお茶を入れて、やっと人心地つくとライル様が話を始める。
「しょうがありません、こちらを悪者にして婚約解消を狙う相手のお手伝いなんて出来ませんから。最も愚かなのは、証拠の手紙をそれぞれが私達に提供したことでしょう?」
意識的に唇の端を僅かに歪ませると、ライルは声を上げずに笑った。
「婚約者に執着して解消を遅らせているなんて、勘違いも甚だしいよ。所詮政略結婚なのに理解できないな。」
私は深呼吸すると手にしていたカップを置き、居住まいを正す。
「勝手に新聞社に公表してしまい、お騒がせ致しました。どんなお叱りでも受けます。一応いつでも修道院に入れるように簡単な荷造りは出来ております。」
「いや、早まるな。父上も母上も怒ってないから。君は即断するくせに、諦めるのが早いんだな。」
確かに私は諦めるのが早い。
ストンとライル様の言葉が胸に落ちた。
ドレスの件ももっと粘れば良かった。そうすれば色々なドレスも着れたかもしれない。
ジェイクとエリーゼ様の関係も、領地を乗っ取ることを本気で考えれば好きでなくてもエリーゼ様から奪い返して婚約を続けれたかもしれない。
「もう少し君は執着というものを覚えた方がいいかもね。」
穏やかに話すライル様からハンカチを差し出され、遠くから聞こえるユーリの絶叫で自分が泣いていることに気付いた。
「閲覧可能にしたおかげで、私の元には真実の愛を夢見るご令嬢たちからお手紙が届きますわ。『貴女の味方です。』って。」
落ち着いた私はテーブルに肘をつき、恨めしそうにライル様を見る。するとその表情がツボにハマったのかライル様は腹を抱えて笑いだした。鼻をすすりながら負け惜しみのように吐き出した言葉は大いに気に入られたようだ。どこが冷徹なのか、完璧な笑い上戸だ。王女の目は節穴過ぎるだろう。
やっと治まったのか、息も絶え絶えになりながらライル様も小さなテーブルに突っ伏すから指が肘に触れる。
「うちには貴族を馬鹿にする金持ちの商人たちから来るよ。『同情します。応援します。』ってさ。まぁあんなのと結婚しなかっただけマシだな。貸しも作れたし。」
「王家への貸しなんて、滅多に作れませんしね。」
ローズは話をしながら指から伝わる体温が気になり肘をそっと退かそうとした。するとライルの指が肘から伝ってローズの手のひらに向かい、そのまま握られる。思わずギョッとして顔を見れば、ライルはニヤリと笑った。
「その結果が君との政略結婚だ。よろしく頼むよ。」




