恋文は投げられた
「あなたはジェイ様に愛されていないのよ。早く諦めて解消しなさい。」
ローズがヒステリックな声と共に目の前に落ちてきた紙を手に取っている間に、声の主とその侍女の足音は遠ざかっていった。
明らかにジェイクの筆跡で綴られた手紙にローズは青ざめたが、心配して駆け寄ってきたコレットの侍女に見つからないようにドレスに隠したのは英雄扱いされるほどのファインプレーだと思う。
コレットの元から帰るだけと油断していたのがローズの反省点である。まさかエリーゼ王女殿下本人が侍女を引き連れて目の前に現れるとは思わなかった。恐らく遅々として進まないと感じる婚約解消に業を煮やしたのだろう。待ち伏せとは三文小説のような展開に笑ってしまう。コレットの侍女は庇おうとしてくれたが、王女とその侍女には逆らえず引き離された。その途端に王女は手紙を投げつけて、捨て台詞をローズに吐きかけた。
「何であの侍女は持ち帰らないのよ。」
主人の失態は使用人が隠すものだ。ローズは小さな声で呟きながら馬車に戻り、待っていた侍女の前で隠した手紙を取り出し確認する。
「それはジェイク様の文字では?」
ユーリとは違い、理性的な侍女は小声で問いかけながら見ないように顔を背けた。ジェイクの手紙の中身など知っても損しかないことは分かっているが、読まなければならない。
「帰ったらすぐにオスカー兄様にお手紙を書くわ。急ぎだから、手配をお願い。」
はい、と小さく答える侍女の配慮に感謝しながら、ローズは頭を抱えた。
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ライル様に緊急で会いたいとオスカーに連絡を頼むと、一週間後に教会を指定された。
そこに現れたライル様は、同じように手紙らしき紙を持っている。
「昨日ジェイクが投げてきたよ。君が言われたような捨て台詞は無かったけれど、へっぴり腰でよく投げつけたものだ。」
思い出し笑いをするライル様が机に広げる手紙は王家の専用紙なのか上質で、王家の紋章まで透かしが入っている。
「これがエリーゼ様の文字ですか?」
女性らしい文字で書かれた文章にローズは何故か見覚えがある。
「私はお手紙を頂いたことがないから分からないな。さすがに恋人への手紙は自分で書くだろう。」
ライル様は疲れたようにジェイクの手紙を手に取り、エリーゼ様の手紙と見比べ始めた。
「これは付け足しか?愛の言葉より私たちへの悪口が多いのが笑えるが、王女は恋で目が霞んでおられるようだ。アレンジも下手だし、ジェイクは特待クラスには入れないな。」
「よくお判りですね。恐らくエリーゼ様からの返事がジェイクですが、彼には文才がまるで無いのです。」
ローズが思わず謝りたくなるレベルの文章に、ライル様は耐えきれずに笑い始めた。
「王女様の秘密の恋のお手紙なんて普通は見られないですよね。」
「亡くなった後に何年も経ってから公表される時もありますね。」
「けどこれではドキドキしませんね。」
物珍しげに手紙を見つめながら話しているのはユーリとライル様の乳兄弟で従者のハリーだ。ライル様か笑いの発作で蹲っているので、ローズはしょうがなく背中を撫でている。
「申し訳ありません、ローズ様。まだ仮の婚約者にも関わらず、ライル様の面倒を見ていただいて。」
軽い調子がユーリと合うのか、ハリーはへらっと笑ってまた手紙を見比べている。
仮の婚約者。いつの間にか、ローズはジェイクとの婚約解消を公表後にライル様と婚約することになっていた。確かにサミュエル領とウィンダム領は遠い。そして文句なしの良縁である。ジェイクの弟がサミュエル領を継ぐのであれば近くでも良かったのだが、ローズが口を挟む間もなく決定事項になっていた。
シェラード伯爵家はサミュエル侯爵家から慰謝料は受け取らないが、今代である限り何かあっても頼らないことを約束している。もちろんサミュエル侯爵領で格安にしていたシェラード領産の物の値段は他と変わらない通常の値段に戻す。夫人にお願いされて出店していたシェラード領にはメリットのないドレスの店も、撤退することに決まった。
サミュエル侯爵の一番の痛手はお父様に投資先の相談が出来ないことだろう。実直が売りの侯爵は貴族の立ち回りが下手で、人脈も少ない。一度投資に失敗してからはお父様が選んだ投資先ばかりに出資して資産を増やしていた。早めに代を変わろうにもジェイクの弟のノアはまだ子供だ。騙されて失敗するのが目に見えている。
「まぁ保管ですよね。燃やす訳にもいかないし。」
ハリーは丁寧に手紙を畳んで布に包んだ。
「じゃあローズ嬢、保管をお願い出来るかな?」
ライル様に包まれた手紙を手の平に乗せられ、しっかりと握りしめる。
「私は君が必要だと思った時に公表して構わない。出処はあちらも言えないだろうし。切り札が出来た。」
良くやったと言わんばかりにライル様が私の頭に手を乗せる、つい首を竦めるとユーリが間に入った。
「婚約が解消されたらドレスに合う靴を贈らせて欲しい。」
去り際にライル様からジェイクに言われたことの無い願いを告げられ、思わずときめいたが黙っておいた。
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「あんなに可愛いご令嬢と結婚したがらないって、婚約者は余程の変人なんでしょうね。」
ローズとユーリを見送り、自室に戻ったライルにハリーは声をかけた。
「変人だろうな。または愚か者だ。ローズ嬢は素晴らしいと思うよ。少し変わっているけど。」
けどの辺りでライルは肩が震え始め、ソファに顔を押し付けている。
「なかなかエキセントリックなご令嬢ですけどね。そんなに笑わなくてもいいんじゃないですか?」
ハリーがライルにクッションを投げてやればクッションに顔を押し付けて笑いをおさめている。こんな姿をメイドたちに見せるわけにはいかない。憧れている貴公子がこんな無様に笑っている姿を見れば、1000年の恋も冷めるだろう。そのためのハリーだ。
ローズに関して送られた資料の中にはオスカーに師事して作られた侯爵家の乗っ取りプランも入っていた。どうやらオスカーが書類化していたらしく、影響する商家や商品の一覧まで差し込まれている。
その一、平民・侍女やメイドに手を出した場合
そのまま愛人として保護し、二人を領地経営から離れさせる。ジェイクは経営に興味がないため、恐らく喜んで別邸に移ると思われる。愛人が出産した子供はローズの養子にして後継とし、引き離して養育。シェラードの身内から婚約者を出す。領地内外に噂をばら撒き、ローズが同情票を獲得して侯爵領への売値価格の値上げ理由を作る。養子が成人した際には領地運営の実績を証拠にジェイクに侯爵を引退させて養子がサミュエル領を引き継ぐ。
その二、伯爵家以下のご令嬢に手を出した場合
ジェイク有責での婚約破棄並びに慰謝料の請求。ローズはそのままシェラード伯爵領に残り、サミュエル侯爵領民に罪悪感を抱かせつつ商品を通常よりも高値にする。ジェイクではなく、弟が侯爵になるように働きかける。
その三、侯爵家・公爵家のご令嬢に手を出した場合
大人しく婚約破棄。遠方に嫁いでシェラード伯爵領の苛立ちを煽り、二よりも高値に値上げを敢行。サミュエル侯爵家を経営不振に陥らせてシェラード伯爵が借金を引き受ける。弟がサミュエル侯爵になるように働きかける。
その四、ジェイクが学園を退学した場合
結婚後、学力を理由に領地運営の独占を要求。その後伯爵領に有利に運営して離縁して修道院に。弟をサミュエル侯爵に推薦する。
その五駆け落ちして居なくなった場合
婚約破棄して慰謝料請求。弟を侯爵に以下略。
荒唐無稽かと思いきや、借金させる誘導先や、それぞれの値上げの幅や商品。何年で経営不振まで落とし入れ、どれくらい実績をあげるか。果ては修道院の目星までつけている。
「可愛らしいだろ。自分の経歴の傷よりも、目的達成にしか向かってない。」
リスト片手にケラケラと笑うライルにハリーが指摘する。
「いや、己の感情無視で淡々とした感じで怖いですよ。でもこんなに笑っている姿を見ているのに、ローズ嬢はお優しかったですね。」
しっかりと会うのは二回目なのに、驚くこともなくライルの背中を撫でて宥めてくれた。ハリーは前回も目立たぬように観察していたが、ローズ嬢は順応性が高いのか途中からは微笑むライルを全く気にしていなかった。見目も良いが器が大きい。わざとあちらの侍女と会話をしていても気にも止めなかった。公の場では別だろうが、ハリーにとって仕える身分には大変助かる。
「良い公爵夫人になりそうですね。」
現ウィンダム公爵夫人も気に入っているようで、早く茶会を開きたくてうずうずしているらしい。いつまでも奥様のサファイアを欲しがっているエリーゼ王女殿下とは雲泥の差だ。可愛がること間違いなしとハリーは確信を持っている。
「私の妻になる人だからな。公爵夫人として完璧だろうし、最高の夫婦になるに違いない。」
既に惚気けるライルを見ながら、本当に良かったと実感しているハリーだった。




