親の願い
「長い間エリーゼの話を聞かせてすまなかった。婚約解消に向けて、要望を教えてもらいたい。」
エリーゼ様とジェイクが部屋から退出すると、陛下がぐったりとした様子で仕切り直した。あんなに長々と自分勝手な意見や婚約者のいる目の前で惚気たりできる王女に驚きつつ、止める手段が無かった公爵家と伯爵家の面々は目に見えて疲れている。お父様とお母様からの視線に困っていると、ライル様のお父上ウィンダム公爵が口を開けた。
「ひとまず私は息子の社交中の笑顔をお許しいただきたい。」
ライル様が驚いたようにウィンダム公爵の方を見る中、事情を知る陛下は項垂れていた。
「貴族として技を封じられたのです。息子に笑顔があれば、今よりももっと楽に切り抜けられることも多かったのだろうと想像できます。年老いた大貴族ならまだしも、若い息子には大事な道具でした。それを制限した王女を恨むことはございませんが、どうか息子が公の場で笑うことをお許しください。」
堂々としたウィンダム公爵の言葉に、陛下は小さくなられ王妃が支えられた。
「ウィンダム公爵がそう願うのであれば、サミュエル侯爵。私は娘が違う色、違うスタイルのドレスを着るのを許していただきたい。もちろん髪型もですよ。」
お父様の言葉に王妃様と側妃様が眉を顰めてサミュエル侯爵を見つめた。途端に侯爵と夫人は青い顔になる。
「未来の夫となるご子息の要望を娘は甘んじて受けてまいりました。しかし婚約が解消になるならば年頃の娘を我慢させる必要はございません。私自身も娘がパーティーで色とりどりのドレスを着る姿を見たい。」
ウィンダム公爵に負けないほどにはっきりと発言するお父様と深く頷くお母様の姿に私の目は潤んでしまった。
「さて、手始めは慰謝料の話になるかと思っていましたが、別のようですね。いかがいたしましょうか、陛下。」
宰相である伯父様が陛下に回答を促すと、目を閉じて唸り始めてしまった。すると王妃様が助け舟を出す。
「申し訳無いけれど、もう少しだけ待って欲しいの。今二人に変化が起きれば他の者達に気付かれてしまうわ。あまり事を荒立てずに解消に動かせていただきたいの。」
ごもっともである。ライル様が突然笑顔でパーティーに出席し、私が髪を下ろして黒いドレスでも着ていれば若い子息令嬢たちは大騒ぎすることだろう。
「あの鉄仮面がエリーゼ様に許されたのかと思う方もいるでしょうね。その後解消となれば、自ずと時期が確定してしまいます。」
ライル様が感情を出さずに淡々と述べると、確かにとウィンダム公爵が頷いた。
「私は構いませんよ。感情を押し付けるなら、これも慣れれば楽です。」
ね?とライル様がこちらを向くので、同意の意味を込めて頷いた。
「私も発表される日まで待てます。王家の許可が出るまで公の場で他のドレスは着用しません。」
私がはっきり断言すれば、陛下もサミュエル侯爵も苦い顔になった。両親を見ても同様で、何ならライル様は微かに震えている。
「王妃様、私にもお願いがございます。」
願いを言うなら今だ。ここがチャンスと椅子から立ち上がり跪くと、王妃様が首を傾げて微笑んでくださる。
「どうした?解消後は私が責任をもって良縁を見つけるし、コレットが自分の侍女にと望んでいるがローズ嬢がなりたいなら私の侍女にもなれるぞ。」
これは王妃様の侍女なれと言われている気がするが、そんな事には気付かないフリをして微笑み返した。
「是非母の店のドレスを着ていただきたいのです。またサミュエル領にエリーゼ様が嫁がれるのでしたら、私は遠くに嫁ぎたく思います。どんな方でも構いません。」
一瞬周りの空気が止まったが、何故かライル様だけが震えている。
「分かりました。ドレスは気になっていましたから、喜んで。」
王妃様は扇で口元を隠され、口調も改められてしまった。しまったかとお父様の方を向けば良くやったとにっこりと頷かれる。
「今日は驚き、疲れただろう。婚約解消は決定事項。後日慰謝料や償いについては決めよう。」
陛下の一言で解散となった会議は、次回からエリーゼ様とジェイクを呼ばないことに決まった。
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「エリーゼよりもローズ嬢の方が良い嫁になると思わないか?」
王に王妃、側妃と宰相という国の重役だけで別室での相談となると、王の本音が飛び出した。
「皆思っていますよ。侍女でも修道院でもなく、誰でもいいから遠くへ嫁ぎたいなんて言うとは思いませんでした。領地に居ては争いの元になると思ったのでしょうね。陛下、お姉様、良い縁を探しましょう。」
側妃がカップを持ちながら深くため息をつく。エリーゼにローズ嬢の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「シェラード伯爵夫人の店のドレスの件も驚きでしたわ。自分よりも領地の商売を優先して売り込もうとするなんて、シェラードの領民は幸せね。」
王妃も扇を揺らしながら呟いた。そんな貴族はこの国にどれ程いるのだろうかと考え、止めた。
「私の自慢の姪ですので。」
しれっとしている宰相は内心ハラハラである。次期宰相にするべく育てた嫡男が『もし婚約破棄されたら遠くに嫁いだ方がサミュエル侯爵の領地で値上げの理由に出来て、慰謝料を多く貰うよりも最終的には得だぞ。それに反感を嫌って侯爵はジェイクを後継ぎになんて出来ないしな。』とローズに話しているのを聞いたことが過去にあるからだ。侯爵家乗っ取り作戦だと聞いていたが、王家やサミュエル侯爵のローズへの印象はかなり同情に傾いているオスカーの入れ知恵だとバレないように心から祈っている。
コンコンコン
使用人を退かせているため、宰相がドアを開くとライルがいた。
「申し訳ございません。私の希望を言い忘れまして。」
無表情ながらに眉を微かに下げる青年を部屋に入れると、王妃が手招きする。
「ライルもご苦労だったな。お茶でもどうだ?」
側妃が立ち上がりカップの用意をするのを、ライルが手で制する。
「いえ、希望だけお話してすぐに退席いたします。皆エリーゼ様に疲れた後に、ローズ嬢の希望には驚いて話が終わってしまったと先程気付きました。」
ライルが軽く頭を下げる姿に、王妃が苦笑いした。
「あなただってローズ嬢の願いには笑っていたでしょう。表情を変えずに揺れるくらいなら声を出して笑いなさい。」
ごもっともである、王も宰相も頷いたがライル本人は首を横に振る。
「笑ったら止まりませんから。王城でなど怖くて出来ません。」
「それで、お願いとは何かしら?」
甥と伯母は似ているのか二人とも自分の意見をなかなか譲らない。それを知っている側妃が声をかけて話題を変えた。
「側妃様、ありがとうございます。ローズ嬢の結婚相手に私を推していただきたいのです。サミュエル領地とも離れていますし、条件には合うでしょう?ローズ嬢はシェラード伯爵領の発展に貢献しており、容姿、中身とも素晴らしいです。おまけに現辺境伯の姪、宰相殿の姪、第二王子妃の従姉妹と錚々たる血筋です。王女殿下の婚約者に選ばれる私なら相応しいでしょう。」
ペラペラと自分を売り込むライルに四人が驚いている間に、当のライルは扉の前で頭を下げた。
「私の我儘をどうぞ、よろしくお願いします。」
扉の向こうに消えるライルの顔には笑顔が張り付いていた。




