個性が強い侍女のユーリ
「私も婚約している以上、エリーゼ王女とは結婚する気でいたよ。白い結婚は問題ないし、他に子を作る気もない。後継は弟に任せる。ウィンダム公爵家ではもう納得したことなんだ。ただこう、モヤモヤとはしていたんだ。」
ライル様は言葉とは裏腹に飄々と、すっきりした顔で述べ始めた。
「ローズ嬢の学生新聞のインタビューを読んだよ。それで霞が晴れてね。私が意訳するならば『どんなハゲでも老人でも暴力男でも、親が決めたからには嫁いでやる!それが領民のためだ!』とでも言うのだろう。そんな当たり前のことに目が覚めてね。しかもローズ嬢と言えば婚約者に赤いドレスで髪型まで指定されている女性だ。そんな令嬢の言葉だなんて。感動ものだったよ。」
しみじみと腕組みをして頷くライル様に、ローガンが手をかけた。
「新聞には書いてないけど『ただし、領民の為なら乗っ取ってやる』も入るぞって教えたら、更に感動してな。こいつは粛々と結婚の準備を進めてたんだよ。」
目の前で高位令息の三人が頷く様子に、ローズは首を傾げた。後ろを見ればユーリも微かに傾いている。
「では、なぜ婚約解消を企んでいらっしゃるのですか?」
政略結婚でも白い結婚でも受け入れる覚悟が出来たと言った本人が、婚約解消を企むとは正反対だ。意味が分からない。
「それは君の、悪いけど席を外してくれないか?」
ライル様が言葉を濁しす視線の先にはユーリがいた。余程に内密なのだろう。ユーリに目を合わせて退室するように頷くと、ユーリも頷きドアの前に立•••たずにあろう事かライル様の前に跪いた。使用人が指示なく貴族の前に立つなど斬り殺されても文句は言えない。
「私は孤児でして、ローズお嬢様の護衛でございます。」
「うん?」
いきなり始まったユーリの告白に、ライル様はポカンとして取り敢えず頷いた。
「孤児院にてローズお嬢様に侍女として選んでいただき、ここまで成長することが出来たのです。旦那様にはこの身を賭けてお嬢様をお守りすると誓っております。」
「命の使い所はちゃんと考えなさいとお父様にも言われたでしょ。ごめんなさいライル様。ユーリはまだ子供、ではありませんが少し真っ直ぐ過ぎるのです。」
慌てて立ち上がりユーリの袖を引っ張りながらライル様に頭を下げるが、ユーリは微動だにせずライル様に訴えている。
「外出先でお嬢様をお守りするのが私の役目。離れている時に傷物にでもされたら私はどうすれば良いのでしょう。」
話の筋を見つけたライル様が、そういう事かと深く頷いてユーリに微笑みかけた。
「安心して、ユーリ。私は君のお嬢様を傷つけない。もし付いてしまったら責任を取るよ。だから、」
ユーリがライル様の前に手のひらを向け、ライル様の話を遮った。高位貴族の言葉を使用人が止めるなんて殺されても仕方ない。ユーリの無謀な行動をどうすれば止めることが出来るかと、途方にくれる。
「妾では困ります。正妻にしてください。どうかこのユーリの目の前でブチューと口付けてお嬢様を傷物にしてしまいましょう。」
「私が殺します。」
護衛がお嬢様を差し出すなんて万死に値する。うっかり心の声が漏れるとライル様はまた笑いの樹海に入ってしまった。
「すごい、いいよ、ユーリ。ころされ、く。」
一応使用人の目の前では恥じらいがあるのかライル様が顔を両手で覆って隠しながらも震える様子に困惑していると、軽快なノックが鳴り背後のドアノブが回った。
「ライル坊っちゃま~、あれ?どうしたんですか?」
ツインテールに簡素なワンピースの女性は入った途端に眉をひそめた。この部屋の存在を知っていて、私が知らないということは従兄弟たちの知り合いではないだろう。ということはライル様の関係者である。そのライル様が悶える前に一人の使用人が跪き、その女性の袖を更に女性が引っ張り、顔見知りの子息二人が苦笑いしている混沌な状況があれば眉をひそめるのは道理である。
「説明をお願いしてもいいかしら?」
女性は後ろにいるライル様の従者に詰め寄った。
ライル様をソファーの端に移動させ、ローズが時折聞こえる嗚咽にも似たライルの声に慣れた頃、やっとツインテールの女性サラは事情を飲み込んだ。
新しく部屋に入って来たサラはウィンダム公爵家の使用人で、現在王家黙認でエリーゼ様のメイドをしているらしい。どうやら心を入れ替えたライル様がエリーゼ様の好みを知ろうと送った結果、どうこんがらがったのか婚約解消を希望するようになったらしい。
らしい続きなのは皆が口を揃えて『ライルが話すべき』と言うからだ。本人の回復を待つ間にサラがユーリに雑談という名の美容情報を提供している。
「ローズ様にぴったりのこのオイルを一度お試しください。実家の領地で作っている精油です。王都では売っていない我が領地の限定品で、今回ローズ様がいらっしゃると聞いておりましたのでご用意いたしました。こちらは若い方向けの品ですが、坊っちゃんのお母様である公爵夫人が使用しているものと成分に大差ございません。」
「あぁ匂いは薔薇なのですね。ローズお嬢様に相応しいです。」
「あまり強すぎるとまだ年齢的に嫌味になりますが、こちらは計算された爽やかさで人気の商品となっております。遠くからお見かけした時、うちの商品を使って頂きたいと強く感じました。こうしてローズ様に試していただける日が来るなんて、光栄の極みにございます。」
サラの営業トークをしながらオイルをローズの髪や手に付ける動きは!さながら敏腕商売人である。そして匂いだけでなく、髪は艶やかに光り上物であるのが分かる。
「お代は要りません。まずはお試しください。少量を毎日使っていただければ、効果は上がります。もし出来れば感想をお聞かせいただけると、今後はローズ様専用に調合させていただきます。」
サラがそう言ってやや強引にユーリに小瓶を押し付けていると、やっと動き出したライル様がため息をついた。
「サラ、そういうのはご希望される方にしなさい。」
「いえ、ローズ様にこの精油はピッタリなんです。お渡ししなければ悔いが残ります。王女殿下にはお渡ししたくありませんが、ローズ様であれば瓶ごとお渡したいくらいです。」
「ローズ嬢。すまないね、サラは強情なんだ。その小瓶を受け取ってやってくれるかい?でないと話が始められない。」
そう言われるとローズが受け取る他に選択肢は無い。
「ユーリよりは普通です。サラありがとう、いただくわ。」
物言いたげなユーリから精油の小瓶を受け取ると、サラは満足気に髪を揺らしながら従者の隣に引き下がった。ユーリの顔を見てまた笑いそうになるライル様の頭をオスカーが叩いてなんとか堪えさせる。
「ローズ、そろそろ話を進めたいんだ。余計な事は言うな。ユーリ、使い方は後で教えてもらいなさい。」
オスカーの言葉に私とライル様は向かい合わせのソファーにそれぞれ座す。ライル様の隣にはローガン、ライル様の後ろには分厚い辞書を持ったサラ。ローズの隣にはオスカーが座った。笑わせる方と笑う方を何とか止めたい配置である。
「さて本題か。本題は私の婚約者のエリーゼ様と、君の婚約者のジェイクが恋に落ちてしまったことだよ。」
ライル様が呆気なくすんなりと言われた言葉を、私は全くすんなりと受け止められなかった。
ユーリはライルと同い年くらい。なので、ローズは子供とは言えません。




