そして結婚=南の領地
エリーゼが王都で考えていたジェイクとの結婚式は現実には実現しなかった。
まずウェディングドレスから違った。王都でエリーゼが夢見ていたドレスは腕までビッシリのレースで覆われてスカート部分は幾重にも重なり、ドレープがたっぷりとある古き良きウエディングドレスだった。コレットが式を行った時、絶対に自分の方が似合うと確信してかなり前から仮縫いまで進めていたものだ。
しかし南の領地ではレースだらけのドレスはオーソドックスではなかった。何故なら王都より暑いからだ。仮縫いを試着すると汗が止まらず、化粧は崩れる。作物は育つだろう太陽の恵みがこれでもかと降り注ぎ、せっかくの高級レースは拠れてしまった。
エヴァはそれを予測していたのか、肩を出したシンプルなプリンセスラインのドレスをすぐに提供してきた。ベールだけは長めの凝ったものだ。通気性が良いのか、風が通って舞う姿にエリーゼは納得して着ることになったが最初の予定とは大幅に違う。寧ろ出立前の夜会のドレスの方がエリーゼの理想だった。
結婚式の列席者も違う。
王族であるならば、婚約発表のように民衆に祝福されながらパレードを行い、名だたる貴族が集まり讃えるのが通常だ。
しかしパレードは安全面での課題が多く、元から計画には無かった。
ジェイクの家族はサミュエル侯爵夫妻のみで、ジェイクの弟ノアは新しい嫡男として学園の準備に忙しいらしい。
「昨日でジェイクという愚息は消えました。今日はウォール男爵とエリーゼ王女の結婚式に参加しております。」
ジェイクの両親は親族としての参加は拒否し、近隣の貴族より後ろに席を構えた。
エリーゼのエスコートは王太子であり、王は最前には並んでいるが仁王立ちで様子を見守っている。
兄からジェイクにエリーゼは託され、神父の前に立つ。誓いの言葉はもちろん憧れ通りで、口付けもあった。これがジェイクとの結婚生活でエリーゼが最高と感じる瞬間であった。
ガーデンパーティーは行わず、王族が滞在する際に使用する邸で夜会を行った。男爵には大きすぎる邸だが、国王の好意でそのまま住むことになっている。
赤いドレスに着替えたエリーゼはご機嫌だったが、ジェイクはファーストダンスに緊張していた。さすがに練習を重ね以前のような失敗はなくそつ無くこなしたが、結婚の喜びよりも緊張が勝る姿が印象に残る結果となった。エヴァが王と王太子が王都に戻ったと挨拶の際に話したことでやっと関心は新婚夫婦に集まった。王都の夜会では目立たない男爵や子爵たちにジェイクはしどろもどろに応え、エリーゼはライルの隣にいた時のように笑顔で頷く。
徐々に男爵たちの波が実権を持つであろうエヴァや補佐官に流れれば、今度は夫人や令嬢たちがエリーゼの元に集まってきた。
「ウォール男爵、男爵夫人、おめでとうございます。何か困り事があれば教えてください。お役に立ちますわ。」
艶やかな美女が扇を揺らしながら微笑みかけ、胸を強調したドレスに自然とジェイクの視線が向く。
「ありがとう、あなたお名前は?」
ジェイクにイラつきながらも、内心を隠してエリーゼは名前を聞いた。
「伯爵の娘でローズとお呼びください。こちらは友人のローラですわ。」
また違う美女が隣に並びジェイクの視線はそちらに移るが、名乗った爵位と名前にエリーゼの目は釣りあがった。何故南まで来て、同じ名前を聞かねばならないのかと怒りが込み上げてくる。
「ローズなんて名前、趣味が悪いわ。あなたの支援は結構よ。」
初対面の女性に対する態度に周りは驚き、ローズと名乗った美女は眉を顰める。
「お父様が付けてくださった名前です。そんな言い方されなくても。」
涙を目にためる姿は不憫で堪らず、誰かが呼んだのかすぐに美女の父親の伯爵が現れた。
「おぉローズ、可哀想に。お前の名前はお祖母様から戴いた幸福の名前だ。涙は祝いの席に相応しくありませんので帰らせていただきますよ。」
娘を溺愛していることで有名らしい伯爵は、そのままパーティーを去り場の空気は最悪のままエリーゼたちは退席した。
この日の新聞には『コレット王子妃、ご懐妊』の文字が踊り、エリーゼとジェイクの結婚は小さく掲載された。
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「あら、あっという間に有力者を敵に回したわ。」
離れた所で客のもてなしをしていたエヴァが補佐官に耳打ちをする。
「自分が男爵夫人だということを分かっていないようですね。まぁ伯爵もローズ嬢もわざとでしょうが。」
ワインを片手に補佐官はエヴァに苦笑いをみせる。伯爵には先に書面で領地の協力を依頼し快諾されている。でなければ、離れた場所で新婚夫婦の見物など出来るほどに余裕はないだろう。
「あれはただの遊びね。伯爵はさっき言ったもの、『少し余興をしよう』って。本気じゃないわ。」
王都で貴族の『お遊び』と向き合っていたエヴァにとっては大したことはないが、エリーゼはあんなじゃれあいも本気になるのだろう。王族教育を途中で投げ出しただけのことはある。ライルに嫁げば周りを固めたし、つつく者も少なかっただろうにわざわざ茨の道を突き進んでいる。
「ご令嬢の本当のお名前は『ローズマリー』ですからね。ゴシップ好きのご婦人方にこれから揉まれることでしょう。」
暫くの間エリーゼの前には『ローズ』と呼ばれる夫人や令嬢、使用人、果てはペットまで現れるようになる。




