8 部屋探し
朝から、ソワソワしている。さすがにこれからお金がかかるのに、働かないって選択肢はなかった。でも、一刻でも早く物件探しに行きたくて、仕事の時間を短くした。
パブリックオフィスの4階。
仕事を探せるエリアよりは、人が少ない。ガイドの数も少ない。物件を探せるであろう端末はあるが、壁には写真もたくさん貼ってあって、圧倒された。こんな数から選ぶってことか。アカリが悩んだって言っていた意味が解った気がする。
フロアの真ん中にはこの周辺の地図が置いてあり、場所が確認できるってことか…。
一際大きい写真に近づいてみると、外観の写真と内装の写真がセットで張り出されていた。家具も入っていて、ホテルみたい。1LDKで値段は、380…えっと、一、十、百、…38万ゴールド!!
うわ!たっか~!!
俺の予算の10倍以上だ!!
しかも1LDKって、一部屋ってことだよな?
ヤバい!東京の物価、舐めてたかも…。
常駐しているガイドさんの方を見ると、こちらに気づき、微笑んだ。
「どのような物件をお探しでしょうか?」
おぅ!高級物件を見たあとで、少し言いづらいが、
「あの、一番、安い…物件ってどこですか?」
「それでしたら…。」
と言いながら、端末を操作し始めた。この壁一面の物件で全てではないってことか!とんでもない量だな。
見つかったらしく、端末を俺の方に向けて案内してくれた。
「こちらが、最安値物件です。」
いかにもボロアパートといった二階建ての外装に、3畳程のスペースに畳んだ布団が積み上げてある。値段は、34000ゴールド。
ボロい!!でも、なんかいい!!
これなら、今の俺でも借りられそう!
ご飯を食べることや、少しは余裕を持っておきたいこと等考えると、もう少し稼がないとならないが、明日ならなんとかなりそう!
ガイドさんに、明日、また来ることを告げ、今日は帰ることにした。
値段も安いし、見るからにボロアパートだったけど、始めての独り暮らしなんて、貧乏学生でも借りられる狭くて暗い部屋をイメージしていたから、ぶっちゃけ、イメージ通りだ。今の俺は、収納は必要ない便利な状態だから、狭さは気にならない。暗さもおそらく分からないはず。ホテルで寝たら時間まで起きることがないんだから、部屋でも同じシステムだろう。寝るためだけの部屋なのだから、別にボロくても関係ないだろ~。
逆に少しボロいくらいのほうが、芸人さんの下積み時代の部屋みたい!っと、テンションが上がる!
朝から、8時間働いて、部屋を借りた。ウキウキとした気分で部屋に向かっている。ガイドさんに教えてもらった地図表示をして、部屋の場所につけてもらった印に向かっているのだが、行けども行けども近づいている気配がしない。
しまった…。値段に夢中で、場所を確認するのを忘れた…。めちゃくちゃ遠いから、安かったってことか…。
1時間近く歩いて、なんとか到着した。最後少し迷ったし…。
こんな距離を歩くと思っていないから、皿洗いだけで体力はギリギリになっていて、その後の1時間歩きで、いつ動けなくなるかと心配だった。頻繁にステータスを確認しながら歩いたが、体力が少なくなると、ある一定のところから減らなくなるのだ。その代わり、普段ジワジワ減っているだけの、満腹ゲージがすごい勢いで減っていった。
せっかく満腹にしてから帰ってきたのに…。
普通なら、寝たり、座ってのんびりしたりして回復する体力を、満腹ゲージを使って無理矢理回復しているってことか!?
ということは、ご飯さえしっかり持っていれば、ずっと行動し続けることが出来る!?ご飯代、馬鹿にならなそうだから、やらないけど…。
部屋に入ると、どっと疲れが襲ってきた。今まで体の疲れも空腹も感じたことないから、気疲れだな…。
お握りで、ちょっとだけお腹を満たし、すぐに寝ることにした。
睡眠時間が、10分単位で決められることに感動したのだが、それも一瞬のことで、すぐに寝てしまった。
起きたらすぐに家を出た。部屋にはキッチンなどついているわけもなく、やることがないのだ。さらに、パブリックオフィスまで、1時間近くかかるのだ。朝からしっかりカレーを食べて皿洗いだ。
帰りに、[とりまる]でご飯を食べ、唐揚げをテイクアウトしてもらった。時間がたってもおいしい唐揚げは、奮発して10個買ってきた。これでしばらく大丈夫だ。
1日のうち、8時間睡眠で、2時間移動時間、8時間皿洗いで、その他食事や休憩時間という毎日でお金を貯めようかと思ったのだが、空しくなってしまった。
誰かと話したい。
一人でいるのが好きで、高校も行かなきゃならないから仕方がなく行っていたが、今思えば、高校に行けば友達と話す時間があって、それがありがたいことだった。下らない話ししかしていなかったけど、下らない話しができるって、幸せなことなんだよな。寝てる時間が長いし、皿洗いの間は意識していないとボンヤリ手だけ動かして時間が過ぎている。だから、今まで一人ぼっちだったことが気にならなかったのだろう。この生活について行くのに必死だったこともあるだろう。でも、慣れてきて、ずっと一人なのが寂しくなってきた。一番はこの前アカリと夕飯を食べたことが、楽しかったんだ。友達っていいなって思う。バカ出来る男友達、欲しいなぁ。
欲しいと思って男友達が出来る訳じゃない。無い物ねだりをしても仕方がないので、朝、アカリに連絡をした。「夕飯一緒にとらない?」って誘ったら、「わ~。いいねぇ~。」って、喜んでもらえたのだ。同じ店で食事を取ると、俺は無駄に食べすぎるし、アカリはレベル的に足りないだろ。本当は効率がよくないんだけど、ちょっとした無駄も友達付き合いの醍醐味だと思い始めた。
俺も早くレベルをあげないとな。
何時ごろに採集から戻るか聞いたら6時頃には戻るというので、その頃また連絡をして合流することになった。
さて、パブリックオフィスには相談室がある。レベルを効率よくあげる方法と、体力の節約か、睡眠以外の回復方法を聞いた。
レベルを効率よくあげるのは、想像通り、時給の高いところで働くのがいいらしい。俺が採集に行きたいというと、今のうちから素振りをしておくと、体力は消耗するものの攻撃力をあげておくことが出来るらしい。やってみる価値ありだと思う。
睡眠以外の体力回復方法は、椅子に座ってのんびりするっていうのもいいが、勧められたのは、パブリックオフィスのホテルにある温泉に入ることだった。お金はかかるが、1時間ほどでかなり回復するらしい。これも、泉質があるから、レベルごとに入る風呂を変えるべきだと。
8時から休憩をはさみ8時間働き、一番安いお風呂で回復し、アカリと合流した。
「やっぱり、この唐揚げ最高~。」
アカリは、やっぱりレベルの低い俺の奢りに遠慮をしていたらしく、今日は各自食べた分を自分で払うということで好きなだけ食べるらしい。初めから唐揚げを3人前頼んでいた。
「俺、アカリの独り暮らしが羨ましくて、部屋を借りたんだけどまだそんなにお金がないから、めっちゃ安いところを借りたんだ。そしたら、遠くてさぁ~。」
目を見開いて、少しだけ言いづらそうにしたが、
「場所、確認しなかったの?」
そう突っ込まれると思ったよ。
「だろ~。30分くらいなら歩いてもいいかなって軽く考えてたんだ。もっと遠かったんだけど。」
たぶん迷わなければ、45分くらいだと思うんだよな。
「え?どこら辺?」
えっと、何て言えばいいんだろうか。近くには田畑があるくらいで、目印もない。
「方角だと、ここから北西って感じかな。」
頭の中で地図を思い浮かべているのだろうか。目線を少し上に向けて考えている。
「じゃあ、門に近い訳じゃないのね。」
「門?」
ってなんだ??
「東西南北に門があってそこから町の外に出られるのよ。」
門の場所ってどこだ??パブリックオフィスも門も遠いから安かったのか!?
「え~!!俺の家、ダメダメじゃん。」
肩を落としていると、イタズラを思い付いた顔で、俺に追い討ちをかける。
「ふふふ。立地のよさと、体力に回復量で、値段は上がるみたいなんだよね。」
笑顔でいわれて、腹が立たないでもないが、ちょっと可愛いから、まぁいいか。
「回復量も変わるの??おぅ~。」
天を仰いで、頭を抱えてしまった。
「部屋は一度に何件も借りられるし、元々1ヶ月更新だし、次いいところにしたらいいんじゃない?」
お金を貯めて、もう一件借りればいいのか。
「そっか。じゃあ、そうすればいいか。アカリはどこに借りたの?」
女の子に家の場所聞くのって、不味いかな?と思ったが、アカリは全く気にする様子もなく、すぐに答えてくれた。
「パブリックオフィスと西門のちょうど中間くらいかな。」
頭の中に地図をイメージしたが、西門がどこか分からないので、なんとなくここら辺かなって思いながら頷く。
「立地は良さそうだね。」
「パブリックオフィスと、門までは交通機関もあるから楽なの。レベルの高い冒険者に人気なのは、やっぱりパブリックオフィスの周辺のみたい。」
私にはまだ無理だけど…。って小さく呟いた。あの高級物件みたいなところってことかな。
「え?冒険者って、外に行くんでしょ。門の近くがいいんじゃない?」
「門とパブリックオフィスの間はバスもあるし、逆に門に行くにはワープスポットへワープすればいいから。」
うわ!また知らないことが出てきた。
「え?ワープスポット??」
「町の中の移動は距離にもよるけど、1000ゴールド以内でワープできると思う。町の外の移動は、メチャメチャ高いけど。」
ゲームでよくあるようにワープができるってことか。ゲームなら普通無料のところ、お金がかかるってことね。
「それって、俺でも使えるの?」
「うん。一度行って、直接登録しなきゃいけないけど、登録すれば使えるよ。」
まだまだ話したいことはあったけど、俺もアカリも寝なきゃならない。また明日も時間が合えば夕飯を一緒に食べようって約束して帰った。