7 食事
いつもよりは早く起き、活動を始める。
よ~し!今日は8時間、働いちゃうぞ!
途中で少し休憩し、黙々と皿洗いを続ける。始めのうちは仕込みの人が少なかったのだが、夕方が近づくとともにキッチンは賑かになり、慌ただしくなってきた。俺が仕事を終わる頃には、客が増え、店が混んできたようだ。
給料を受けとると、邪魔にならないように、そっと帰る…つもりだったのだが、廊下からチラリと見えた客席のなかにピンクの髪を見つけた。
ついつい立ち止まって客を見渡す。
俺の思っていた客層と違う…。
高級店だから、カップルだらけとか、社長みたいな雰囲気の人とか、そんなことを想像していたのだが、がたいのいい人が多い。すぐそこの人なんて、襟付きのシャツを着ているが、筋肉の盛り上りが隠せていない。サイズも合っていないのかもしれないが、はちきれそうだ。
男女で、という客もいるが、2人きり、というよりは、3~4人でテーブルを囲んでいるようだ。
ただ、ピンクの彼女は、身長が高そうな細身の男と一緒だった。
彼氏か!?
軽くショックだ。
別に話したことがあるわけでもないし!ちょっと可愛いなって思っただけだし!
あっ!でも、その彼氏らしき男の足元に、あの格好いい犬の小さいのが伏せていた。チワワくらいなんだけど!?でかいのもかっこよかったけど、小さいのはメチャメチャ可愛い!!
長い間、廊下からジロジロ見すぎたか!?男がこちらを向いた。
俺って、不審人物なんじゃ!?ヤバいヤバい。
急いで立ち去ろうとすると、その男と目が合った。何故か、そいつはニコリと微笑んだ。
えっ!?何で??
意味が解らず、逃げるように店を出たが、ちょっと、背筋がゾワゾワっとした。
次の日は、アカリと約束の日。皿洗いは6時間にし、客で混む前に出てきた。
目下、俺の悩みはどこの店で食事をするかだ。
やっぱり女の子の好きそうな店にするべきか。ただし、[欧風居酒屋 小人の切り株]しか知らない上に、実際に食べたことがあるわけではない。
ここは、絶対に美味しいとわかっている[大衆食堂 とりまる]にすべきかと思うが、お洒落かどうかといわれると…うん。親しみやすい店内なんだよな。
2000ゴールドのお返しに、[肉と旬菜 炎]は、高級料理過ぎる。まぁ、本気で落としに行くのなら、アリかもしれないが、俺としては、友達・仲間であって、変な誤解は生みたくない。
道を行ったり来たりしながら、他の店も覗き込むが、入ったことのない店はリスクが高い気がする。
あぁ~!!こうゆうときに、ネットで口コミを調べたい!!
パブリックオフィスの前、座れそうな高さのところに腰を下ろす。結局どこに行くのか決まってはいない。色んな店を覗き込んでみたものの、人を連れて入る勇気はなかった。
だって…、今まで…、女心とか、どうせ理解できないって決めつけて、考えたこともなかったから…。無理だ…。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって。」
結局、なにも決まっていない状態で、アカリが到着してしまった。慌てて立ち上がる。
記憶にあるアカリとなんだか違うような…。ダークグリーンのワンピースとストレートの黒髪が落ち着いた印象を与えている。歩くたびに膝丈の裾が、ヒラヒラしていて、ドキッとした。
ぶっちゃけ、この前の格好なんて覚えていない。自分のおかれている状況がわかっていなくて、ボーッとしていたのだ。未だに何でこの世界に来てしまったのかわからないが、生活できるようになってきたので深くは考えないようにしている。
「あ、大丈夫。行く店、まだ決まってなくて、煮込みハンバーグと、唐揚げのどっちがいいかな?」
うわ~。もうちょっと気の利いたこと言えないのかって感じだろ!?「今、来たとこ。」とか言えよって、心のなかで自分に突っ込む。
「唐揚げ!?」
少し食い気味の反応に、驚きつつ、「やっぱり唐揚げ最高だよな~。」って、勝手に親近感を覚えた。
「俺が皿洗いに行っていたところなんだけど、唐揚げは絶品なんだ。他のものは食べたことないんだけど、見た目はうまそう。おじちゃんもおばちゃんも優しいし、唐揚げにしようか。」
少し俺の圧に驚いたようだったが、クスリと笑った。
「じゃあ、唐揚げね。」
「そんなに遠くないから行こう。」
俺が歩き出すと、アカリが隣を歩く。たまに俺の方を見るときに髪が揺れて、サラサラ~ともとに戻る。
ヤバい。経験したことない状況に緊張してきた。
[とりまる]につくと、おばちゃんが接客をしていた。
「おばちゃん、今日は食べに来たよ。」
「あら、いらっしゃい。リョウ君が来てくれるなんて嬉しいね~。」
にこにこ笑顔のおばちゃんに促されて、席に座ると、唐揚げを始め、食べたいものを注文した。アカリが言うには、満腹ゲージ回復の関係で、一つの皿を二人でつつくことが出来ないらしい。その代わり、ちゃんと一人前ずつ小皿で出てくる。アカリもほとんど俺と同じものを注文した。
今日は、お礼で食事に来たのだから、これだけはしっかり伝えなければならない。少しだけ畏まって、頭を下げる。
「この前はありがとう。色々教えてくれたお陰で、働くところも見つかって、まぁ、今はいい感じだよ。やってるのは、もっぱら皿洗いだけどね。」
アカリは、驚いた顔でこちらを見たが、すぐに笑顔になった。
「アカリさんは、どこで働いてるの?」
ププッと吹き出すと、
「アカリでいいよ。私は、しばらく飲食店のホールで働いていたんだけど、時給はいいけど性に合わなくて、今は町近辺で採集をしているの。」
「採集!?」
なんと、魅力的な響き!冒険の第一歩だろ!?
唐揚げを始め、ポテトサラダとか少し懐かしさを感じるものが運ばれてくる。
「そう。まだ、野草とかハーブとかとるのがやっとなんだけど。・・・うわ!この唐揚げ、おいしい~!!」
唐揚げを一つ頬張りながら嬉しそうなのを見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなるようで、ニヤケそうになる顔を何とか不自然ではない程度にとどめた。
「うまいだろ!?採集できてるなんて、レベル高いってことだろ?すごいな!」
「ちゃんと町のなかで働いていれば、町の外にちょっと出るのに十分なレベルとお金は手に入るから、リョウ君だって採集できるようになるよ。」
「レベルと武器が必要ってことだよな。今のところ、まだ先が長いんだよな~。」
うわ、ポテトサラダもほっこりする味で美味しい。さすが[とりまる]のおじちゃんだな。
「ふふふ。私、念願だった部屋が借りられたの。最近忙しかったのは、部屋探ししていてね、悩んじゃって大変だったの。」
「え?部屋?いいなぁ~。」
マックさんも部屋のこと言ってたし、マジで羨ましい。俺でも借りられる部屋ってあるかな?
「でしょ。」
アカリは、めちゃめちゃ嬉しそうだけど、俺は羨ましすぎて、絶対、部屋を探してやるって心に決めた。
アカリは、注文したものを食べ終わっているけれど、探索にいけるレベルってことは、たくさん食べないと満腹にならないはずだよな?俺はもう満腹だけど、俺の奢りだし、遠慮しているのかな?
メニューを手渡しながら、
「俺よりレベル高いんだから、もう少し頼みなよ。」
真っ赤になって手渡されたメニューで顔を隠している。女の子だし、たくさん食べるのが恥ずかしいのかな?
「俺も早く強くならないとな。そうしたら、メチャメチャおしゃれなところ知ってるんだ。まぁ、バイト先だけど。」
メニューに隠れながらこっちを覗いている。
「唐揚げ食べる?」
小さく頷いたので代わりに注文してあげた。
運ばれてきた唐揚げを、ちょっと恥ずかしそうに、でも幸せそうに食べているのを眺めていたら、なにか気にさわったようだ。
「恥ずかしいから、見ないで!!」
おぅ!そんなこと言われるとは思わなかった。女の子ってそんなもんなの?
店から出たあと、
「送っていこうか?」
と聞いたら、
「大丈夫~。そんな遠くないから~。」
って、「今日は、ありがとう~。」って手を振りながら走って帰ってしまった。
なんで俺ってそういうとき、なんで「送っていくよ。」って言えないんだろうって、ちょびっと後悔した。
アカリが帰ってしまうと、急に一人になった寂しさが襲ってきた。
そういえば、何でこの世界に来ちゃったのかとか、どこ出身だとか、そういう話しもすればよかったと、チラリと思ったが、そんなことは夜の闇に溶けるようになくなっていた。